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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
21/103

のほほん領主、調練に悩む元賊徒の頭を励ます

続きまして、ラドウとファンオウのお話です。どうぞ、お楽しみください。

 黒の悪鬼討伐のため、ファンオウの部下たちはそれぞれに忙しく立ち働いていた。ファンオウもまた、イファに医術の手ほどきをする仕事があったが、イファは食料となる木の実の採集に出かけることもあり、手持無沙汰な時を過ごすこともあった。

 そんな日のことである。元賊徒の頭で戦士たちの練兵をエリックに任じられたラドウが、ぶらぶらと歩いていたファンオウをつかまえた。

「ファンオウ様、少し、よろしいですか?」

 呼びかける声に、ファンオウは振り向いてうなずく。

「おお、ラドウではないか。どうじゃ、練兵の方は。順調に、進んでおると報告が上がっておるがのお」

 イーサンたちの伝令による報告で、進捗具合は何となく解っていた。各部署の報告はエリックへと上がり、それをファンオウに分かりやすく説明してくれるのだ。少なくともエリックからは、今のところラドウからの問題は何も上がってはいない。

「はっ、ファンオウ様よりお預かりいたしました戦士たちは、皆勇敢な兵として、育ちつつあります。よろしければ、調練の模様を、ご覧になられますか?」

 ラドウの提案に、暇のあるファンオウは二も無くうなずいた。

「おお、良いのか。一度、調練の様子は、見ておきたいと、思うておったのじゃ。どのような経緯で怪我をしたのか、判れば治療もやりやすいからのお」

 快諾したファンオウに、ラドウがほっとした表情を見せる。

「それは良うございました。丁度、相談したいことがあったのです。では、どうぞこちらへ」

 ラドウに連れられて、ファンオウは屋敷の近くの広場へとやって来た。木々が刈られ、踏み固められた地面は硬く整っている。百人ほどが列になって駆けても、なお余りある広さがあった。

「ファンオウ様、あれをご覧ください」

 ラドウに言われファンオウが目をやると、五十人と五十人に分かれた戦士たちが木の槍を掲げ、対峙していた。片方は整然と隊列を作り、そして片方はばらけていた。武器も、ばらけた方は槍の長さがまちまちである。

「あれは、何をしておるのかのお?」

「はっ。戦士たちの中でも特に技量に優れた者たちと、そうでない者たちで分けました。列を成し、陣を組んでいるのが後者です。こちらには、最も技量の劣る者に合わせた長さの槍を配っております」

 離れて見れば褐色の戦士たちは、どれも変わらず屈強に見える。だが、言われてよく見れば確かに、陣を作っている方は少し頼りなさげに見えた。

「これより、両者にぶつかり合いをさせます。調練ですので、死ぬ者の出ないようには配慮させていますが、一応、本気のぶつかり合いです。ファンオウ様は、どちらが優勢であるか、お分かりになられますか?」

「それは……技量に劣る、陣を組んだ者たちが蹂躙されてしまうのではないかのお?」

 ファンオウの答えに、ラドウが微笑んだ。

「ファンオウ様のお側には、エリック様がおられるのでしたね。であれば、そう考えられるのもおかしくはありません。ですが……エリック様は、エルフです。あの者たちの技量の差は、さすがにエルフと人間ほどには開いておりませんので……まあ、結果をご覧になったほうが、早いでしょうな」

 そう言って、ラドウは右手を大きく掲げる。

「始めよ!」

 ラドウの大音声が、広場へと響き渡る。それを合図に、ばらばらと散っていた戦士たちが陣を組んだ戦士たちへと襲い掛かった。雄たけびを上げながら襲い掛かる戦士たちの目の前で、ずらりと揃った槍が掲げられ、一斉に振り下ろされる。一糸乱れぬその一撃は、襲い掛かった戦士たちを一気に叩き伏せた。再び掲げられる槍を前に、戦士たちが突撃をやめて、じりりと後に下がる。

「よし、止めい!」

 ラドウの合図で、陣を組んでいない戦士たちがへなへなとその場へ座り込む。その光景を、ファンオウは目を丸くして見つめていた。

「技量の劣る者たちが、勝ったようじゃのお」

「はい。陣を組み息を合わせれば、兵の力は何倍にも膨れ上がります。今の調練は、新たに加わった戦士たちに、それを教えるためのものです」

「それは、兵法なのかのお。ラドウ、お主は、兵法を学んでおったのかのお?」

 ファンオウの問いに、ラドウが首を横へ振る。

「いいえ。これは、エリック様より教わったことです。賊徒であった頃は、俺もあのへたりこんだ者たちと、何ら変わらぬ戦い方をしておりました。強い者がそれぞれに戦うのではなく、最も弱いものに合わせて武器を選び、息を合わせて陣を組む。それだけで、ここまでの成果が出ることには俺も驚いたものです」

 打ち倒された戦士たちの幾人かが、怪我を負ったのか広場の外へと運ばれてゆく。

「打ち身の者が、ほとんどのようじゃな。後ほど、わしが診ておこうかのお」

 まとめられた負傷者を見やり、ファンオウは言った。

「ファンオウ様御自ら診ていただけるのですか。それは、彼らも喜びましょう」

 相好を崩して言ったラドウであったが、その顔が不意に引き締められる。

「ファンオウ様に相談したいことと言うのは、他でもありません。御存じの通り、俺には学も兵法も、そして抜きん出た武力もありません。荒くれ男たちをまとめる方法を知っているだけの、元はただの賊徒の頭なのです。そんな俺が、戦士たちの命を一手に預かり、死地へと送り出さねばならない。俺はそれが、怖いのです、ファンオウ様」

 怪我をした戦士たちを見やり、ラドウが一息に言った。じっと、ファンオウはラドウを見つめる。出会った頃にあった、粗野な風貌はこの頃では一変し、一端の兵を率いる強者のような面構えになっている。こんな男であっても、弱音を吐くこともあるのだ。ファンオウは心中で、目を丸くする思いであった。

「……お主の、率いておった賊徒たちは、何という団であったかのお?」

 質問に、ラドウは頬を紅潮させて俯いた。

「……赤根団、でございます、ファンオウ様」

「それは、どのような由来で名付けたものなのじゃ?」

 重ねての問いかけに、ラドウが身を縮めた。

「……我らの通った後には、血の雨が降り注ぎ、草の根までもが赤く染まる。そのような、意味合いでございます。ファンオウ様、どうか、そのお話はご勘弁ください」

 恥じらいに身を小さくするラドウへ、ファンオウは朗らかに笑いかける。

「中々に、豪胆なことじゃのお。そのように恐ろしげな光景を、通り名とするとは。並みの賊徒では、考えもつくまいて」

「ファンオウ様……」

 じとり、と恨みがましい横目遣いで、ラドウがファンオウを見つめてくる。

「すまぬ、すまぬ。中々に見事な由来じゃったもので、つい、のお。じゃが、ラドウよ。今はもう、恥じ入ることは無い。そなたのその豪胆さこそ、エリックが、そなたに求めるものじゃからのお」

「エリック様が……?」

 怪訝な顔をするラドウに、ファンオウはこっくりとうなずく。

「お主は豪胆であり、そして繊細でもある。そんな男じゃからこそ、多くの兵たちを率いる役割を、お主に与えたのではないかと、わしは思うのじゃ。教えられた兵法を受け入れ、それを柔軟に調練へと取り入れることもできる。お主は、お主が思うておるほど、小さな器量の男ではない、ということじゃ」

 のんびりと間延びした口調で、ファンオウはラドウの背を叩きながら言った。

「わしに、兵法の心得の一つでもあれば、お主に重荷を背負わせることなど、させぬのじゃがのお……医術ばかりを学んできたおかげで、お主には、苦労をかけることに、なってしもうた。すまぬのお」

「も、勿体無いお言葉です、ファンオウ様。どうか、そのようなことを仰らないでください。エリック様に知れますと、俺の首が飛びます。もちろん、そのままの意味で」

 慌てた様子で、ラドウが言った。取りすがらんばかりの勢いのラドウを両手で制し、ファンオウはにっこりと微笑む。

「黒の悪鬼を倒した後に、お主が、どうしても務まらぬと言うのであれば、わしからエリックへと言って、お主を指揮官より外してもらおう。じゃが、今は非常事態なのじゃ。どうか、得心してはくれぬかのお」

 ファンオウの言葉に、ラドウが右拳を左掌へと打ち当て、武人の礼を見せる。

「はっ。俺のために、そこまで言ってくださって有難うございます。お陰様で、俺の迷いは晴れました。もはや、否やは申しません。兵の命を背負い、行けるところまでお供仕ります、ファンオウ様!」

 ラドウの中で、何かが変わったのをファンオウは感じた。

「うむ。お主も、民を守る大事な将として、頼りにしておるでのお。兵を鍛えに鍛え、そしてみんなで悪鬼を打ち倒し、未来をつかみ取ろうぞ」

 そう言ったファンオウの顔を、ラドウが眩しげな視線で見返してくる。

「やはり、ファンオウ様は俺の、いえ、俺たちの光です。太陽です。あのとき……エリック様の殺気によって気絶させられて、目覚めたとき、俺はファンオウ様の中の太陽に出会いました。温かく優しく、全てを包み込む光に導かれて、俺は今ここにいるのです。それを、思い返しました。俺は、もう弱音を吐いたりはいたしません。ファンオウ様を、そしてファンオウ様の民を守るために、この身が朽ち果てるまで尽力する所存であります!」

 感極まった様子で、ラドウが一気にまくしたてる。熱意と敬意の溢れる顔を前に、ファンオウは笑みを強くする。

「うむ。少しはお主の役に、立てたようじゃな。良かった、良かった」

 カラカラと笑うファンオウに、ラドウが平伏する。結局、その日のファンオウは調練による怪我人を治療して過ごしたのであった。

 その日以降、ラドウはますますファンオウに傾倒してゆき、後日任務から戻ったレンガに忠犬二号の称号を頂くこととなったのである。

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