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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
13/103

のほほん領主、川面にて大口の化け物に襲われる

読んで下さり、ありがとうございます。評価、ブクマ、感想等とても励みになっております。

 密林に、深い夜の闇が訪れる。たき火を囲んだファンオウ一行は、未だ戻らぬエリックの帰りを待っていた。たき火の周りでは、ラドウとその部下たちが油断なく周囲を見回している。ファンオウの傍らにはイーサンとイファ、そして村人たちが眠っていた。

「まだ、戻らないの?」

 木陰から、小さな人影が姿を現す。

「ふむう。まだじゃのお。そちらは、何か収穫が、あったのかのお、レンガさんや」

 たき火の前にやってきた団子鼻にくりくりのくせっ毛を持つ女ドワーフ、レンガにファンオウは声を返す。

「ダメだったよ。あいつら、言葉が通じないんだもん。その上暴れ出したから、また気絶させて転がしてきたよ。一体全体何だっていうんだろうね、この密林は」

 肩をすくめて首を振り、レンガがファンオウの隣へと腰掛ける。

「少し、休んだらどうじゃ、レンガさんや。火の番くらいなら、わしでも出来るからのお」

 ファンオウの言葉に、レンガはにっこりと微笑んで見せる。

「あたしは、大丈夫。疲れたらまた、指圧でもしてもらうからさ。ファンオウさんこそ、眠らないの?」

 レンガの問いかけに、ファンオウは顔を俯かせる。

「エリックのことが、気になってのお……目を閉じても、眠れぬのじゃ」

 ファンオウは小さく息を吐き、たき火を見つめる。幾つもの虫の死骸が、灰となって周りに落ちていた。

「あいつなら、大丈夫だって。殺したって、死なないようなエルフだよ? 確かに、忠犬よろしくファンオウさんに付き添ってたあいつが、戻って来ないのは変だけど……きっと、大丈夫。あ、何なら、あいつが戻ってくるまで、あたしが側にくっついててあげようか?」

 気楽に言って、レンガが身を寄せてくる。ファンオウは顔を上げて、微笑を浮かべた。

「気持ちだけ、貰っておこうかのお。わしは、若いおなごにくっつかれるのは、慣れておらぬからのお。余計に、落ち着かなくなってしまうからのお」

 そう言ったファンオウへ、レンガが手を伸ばす。座ったファンオウの腕を取って、ぐいと抱き寄せてくる。

「指圧のときは、あんなとこまで触ったくせに。初心なんだね、ファンオウさんって」

 悪戯っぽい瞳が、ファンオウを上目遣いに見つめてくる。虫や鳥の声が、遠くに聞こえる。目を離せず、ファンオウはじっとレンガを見返した。ぱちり、と爆ぜるたき火の火の粉が、ひどくゆっくり漂っている。

「うわあーっ!」

 突如、聞こえて来た悲鳴にファンオウとレンガはぱっと身を離した。さっとレンガが立ち上がり、腰に差した戦槌を抜き出して構える。

「どうしたの!?」

 問いかけに、応えるように男が駆けてくる。見張りについていた、元賊徒の男だった。

「か、河の中から、大口の化け物が!」

 男の後を追う形で、ずるずると何かが這い寄ってくる。闇の中に、黄色い眼がぎらりと瞬いた。

「こ、のっ!」

 レンガが、近づいてきたモノの頭へ戦槌を振り下ろす。ぐしゃり、と鈍い音がして、化け物の緑の頭部が陥没した。

「ファンオウさん、下がって! あんたたちは、皆を護れ!」

 川面を見やったレンガが、声を張り上げる。

「全員、円陣を組め!」

 ラドウの号令が響き渡り、密林の樹上から大きな鳥が飛び立った。ファンオウを中心に村人たちが身を寄せ合い、その周囲へ元賊徒の男たちが背を向けて囲み円陣を作る。それを待っていたかのように、川面から幾つもの化け物が這い出して、レンガへと殺到してゆく。

「土の壁!」

 レンガがラドウ達の足元へ手を向けて、土魔法を放つ。周囲の土が盛り上がり、壁となってそそり立つ。

「これで、良し。さあ、かかっておいで!」

 勇ましい声を上げて、レンガが戦槌を振るう。

「我らも、弓で援護を!」

 ラドウの声に、化け物を叩き潰したレンガが顔を向ける。

「無用だよ! この程度なら……」

 隙を見せたレンガの右腕へ、化け物が大口を開けて食らいつく。平然とそれを受けて、レンガは左手に戦槌を持ち換えかぶりついてきた頭部へ振り下ろす。

「あたし一人でなら、どうとでもなる! あんたたちは、隠れてて!」

 動かなくなった化け物を振り払い、レンガは足に咬みついてきた化け物を打ち払う。

「ラドウ様、あまり、強くないようです! 我らも加勢を……」

 土の壁から身を乗り出しかけた男を引き倒し、ラドウは殴りつけた。

「馬鹿野郎! あれは、化け物が弱いんじゃない! あのレンガの姐さんが……恐ろしく堅くて強い、ってだけの話だ!」

 素の口調で怒鳴りつけ、ラドウは太い木の枝を一本、化け物に向かって投げつける。ラドウの腕の倍はありそうなくらいの枝は、化け物の牙にあっさりと噛み砕かれてしまう。ラドウへ注意を向けた化け物は、直後、レンガの手によって打ち倒される。キッ、ときつい目線をレンガに送られて、ラドウは神妙な顔を見せて下がった。

「レンガは、大丈夫なのかのお」

 ラドウたちのやり取りを見ていたファンオウが、声を上げる。ファンオウの背丈では、土の壁の向こうを見ることはできない。震えてしがみつくイファの背を、ただ優しく撫でることしかファンオウには出来なかった。

「心配は、いりません。レンガ殿でしたら、無傷で切り抜けられると思われます」

「お主がそう言うならば、問題は、無さそうじゃのお、ラドウよ」

 間延びした声で、ファンオウはラドウに笑いかける。ラドウは跪き、右拳を左掌へと当てる。

「はっ! 私を、信じて下さり有難うござりまする! 万一、レンガ殿が突破されるようなことがあれば、我が身を賭して御守りいたしまする!」

「心強いことじゃのお。じゃが、進んで命を粗末にしては、ならぬぞ?」

「ファンオウ様……はい!」

 そんなやり取りをしていると、土壁の上からレンガが頭をひょいとのぞかせてくる。

「盛り上がってるとこ悪いけれど、終わったよ」

 声とともに、土の壁が崩れ去る。がちゃり、とファンオウの周囲で、円陣を組んだ男たちが身構える。だがすぐに、男たちの緊張感が弛緩していった。十数匹はいるであろう化け物たちは、そのすべてが頭を潰され、物言わぬ骸となり果てていたのだ。

「おぉ……」

 思わず息を吐くファンオウの前で、レンガはラドウたちに指示を下してゆく。

「こいつら、結構固い皮質だったから、剥いだらいい鎧が作れるかもしれないね。あと、たぶん毒は無いから、肉も食べられるよ。慎重に、解体していって」

 レンガの声にラドウたちはうなずき、一斉に動き出す。腕組みして作業を眺めるレンガへ、ファンオウは近づいた。

「レンガさんや、怪我は、無かったかのお?」

 問いかけに、レンガは泣き真似をしながらファンオウへとすがりつく。

「怖かったよ、ファンオウさん! 痛くて、怖くて、あたし……」

 間近に寄せられたレンガの肌を、ファンオウは診る。

「……かすり傷、ひとつ無いようじゃが、のお」

「あ、うん。やっぱりバレた? あれくらい、ドワーフの肌なら全然平気。ちょっとは、痛かったけれど……自分で自分の腕叩いちゃったから、それでね」

 言いながら、身を離したレンガが腕を見せてくる。わずかに赤い打撲痕が出来ていたが、すぐに治りそうなものだった。

「……なるほど、ワニに咬まれても何ともないとはな。やはり、土ミミズは頑丈だけが取り柄のようだな」

 ファンオウたちの背後の茂みから、そんな声が聞こえてくる。がさり、と草木をわずかに揺らし、姿を見せるのはエリックだった。

「おお、エリック! お主、無事であったか!」

 喜色を顕わにするファンオウの前までやってくると、エリックは跪く。

「参上が遅れ、申し訳ございませんでした、殿。御無事のようで、何よりにございます」

 流れるような所作で一礼するエリックを、レンガが横目でじろりとねめつける。

「本当に、どこ行ってたのよ? 殿様第一のあんたが、こんなに長く離れているなんて」

「黙れ。お前はそこのワニと共食いでもしていろ。鉄でできた爬虫類めが……殿、アレはさておき、殿にお見せしたいものが、ございます。今から、俺が案内しますゆえ、ご足労願えませぬか?」

 まあまあ、と二人の間へ入りかけたファンオウへ、エリックが問いかける。

「ふむう。今から、かのお?」

 ちらり、とファンオウが見やるのは、化け物の襲撃でたたき起こされた村人たち、そして円陣を組んでいたラドウとその部下たちである。そんなファンオウをじっと見つめたまま、エリックはうなずく。

「はい。そこならば、休息を取ることもできますれば。このような、獰猛な獣のいる場所よりは、幾分ましかと思われまする。ほんの少し、ご辛抱ください」

 強い調子のエリックに、ファンオウはゆっくりとうなずいた。

「お主が言うのであれば、そうしようかのお。じゃが、お主は、大丈夫なのかのお? 少し、休んだほうが良い気がするのじゃが、のお?」

「そう、診えますか、殿?」

 ファンオウを見返し、エリックが不敵に笑って見せる。全身に気力を漲らせるその姿には、寸毫の疲れも見えなかった。

「ふむう。いらぬ、心遣いであったようじゃのお。お主が良いのであれば、行くとしようかのお」

「誠に、かたじけなく存じまする、殿。これよりは、俺が御守りします。あの土ミミズのように頼りなくはございませんので、ご安心ください」

 エリックの声に、レンガが憮然とした表情を浮かべる。

「今すぐ出発するのはいいけれど、あのワニとかいう化け物の肉と皮、どうするの? 解体するには、まだ時間かかるよ」

 レンガの問いに、エリックはふんと鼻を鳴らす。

「そんなに気に入ったのであれば、持って行けば良い。お前の馬鹿力でな。行き先で、解体でも共食いでもすればいいことだ。さっさと行くぞ」

 言いながら、エリックがさっさとファンオウを馬に乗せ、出立する。

「まったく、勝手すぎるよ、あんたって……ラドウ、皆をまとめて出立だよ。あたしは、ワニを運んで後ろからついてくから、あんたは捕虜の二人を運ぶ手配をして頂戴ね」

「はっ!」

 一礼したラドウが、指示を飛ばす。静まり返っていた夜の空気に、騒がしい気配が混じり始めた。ファンオウと共に馬に乗ってゆくエリックの背中を見つめ、レンガはハッと目を見開く。

「あ! あたしの槍斧! どこにやったのよあいつ!」

 レンガの上げた大声に、樹上で大きなフクロウが飛び立った。そうして、荷を纏め終えた一行は再び密林の中へと分け入ってゆくのであった。

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