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体育館にいた生徒はあまり強くはなかった。数こそ多いが然程時間は掛からなかった。そしてその数が半分を切った頃、漸くオセがいないことに気がついた。「下種が...」と以蔵もどうやら気づいたらしい。まさか逃げるとも思えないから恐らくは次の一手のために動いているのだろう。それでも部下を簡単に捨てたことに何度目かわからない嫌悪と苛立ちを覚えた。
それから5分ほどでそこにいる全員を叩きのめした。文字通り、刀はただの模擬刀。無論真剣でも戦えるがもう簡単に命が奪われる世界なんて懲り懲りだ。それは以蔵と春夏秋冬にも言えること。以蔵は真剣を使っているが全て峰うちで倒していき、春夏秋冬はゴム弾の銃を使用。みんな相手を殺さないようにも必死だった。
体育館を出るとすぐに出口へと駆け出した。わざわざ全員と戦う必要なんて全くないんだ。避けれる戦闘は基本避ける。けれどこちらとは対極に向こうは殺す気でやってくる。さっきは今年入って来た人たちだったのか、あまり強くはなかったが、問題はもしこれから先選抜組が出てきたりでもしたら、俺らでも易々と勝てる気がしない。端から考えてはいたことではあったが......。
なんて考えているうちに今度は先ほどの半分ほどの塊が押し寄せてきた。恐らくは2年生。
「......俺らモテモテだな。」
『そうだね、うん、夜一はモテるね。イラつくほどに。』
「は?」
「嘆かわしい...」
「は?」
イマイチ意味がわからない。いや、全く意味がわからない。でもここでその意味を確認なんて悠長としていられない。心を切り替え鞘を抜く。そして向かってくる後輩に真正面からぶつかった。
数こそ少なかったが、やはり先ほどよりも時間は掛かった。一人ひとりの力が先ほどよりもずっと強かった。1年生は一人一太刀で十分だったが2年生は二、三太刀は必要だし、中には足が折れていようとも立ち上がる者もいた。そんな人に再度に攻撃をするこっちの身にもなってほしいものだね、全く。
さて、そうなると今度は俺らの同期との戦いになるのかな。とはいっても俺は知り合いなんていないから別に躊躇いなどはないけれど、彼の懐かしきloserやα達が立ち塞がっているかも知れない。もし勝てないとわかったら即座に逃げることに専念しよう。案外もしかしたら「間に合いませんでした」みたいなオチが待ってるかも知れない。
少しだけ息を整えてまた走り出した。
それにしても違和感が残る。あいつが「クリアできるもんならしてみろや」みたいなこと言ってたくせにただ生徒と戦わせるだけなんて少し手を抜いている気がする。当然あの出口に繋がるエレベーター前には最大戦力で構えているだろう。しかしここを去る少し前に気付いた事だが、この施設には至る所に武器が備えてある。恐らく予期せぬ事態などに使われるであろうそれらは管制室などでスイッチ1つで動く、とウィズが言っていた。今それらが動いてないと言うことは敢えて殺さずにしているのか?
「っと。来なさったか。」
順番からいって俺らと同世代の連中だろう。なんとなく見覚えがあるような顔ぶれが何人かいた。全体で15人くらい。他の人はどうなったのか、ほんの僅かだけ気になった。
「うっわ......」
その奥に見知った顔があると思ったら何時ぞや振りの委員長。
「とりあえず俺が速攻であいつぶっ飛ばすから春夏秋冬は下がってて。」
理由は言わずもがな、コクコクと頷いた後足早に後ろに控えた。とりあえずこれでよし。
「でも近づきたくないなぁ......。」
「泣き言言ってんじゃねぇよ。」
「じゃあ以蔵代わってよ。」
「絶対に嫌だ。」
俺だってやだよ。何だよあれ、筋肉が歪ならかたちで発達し、髪もボサボサ、口も半開きで何かをブツブツ呟いているし。周りの連中だって少し距離置いてるほどだぞ。
「うぉぇ......」
「じゃあ俺は周りの奴らを止めてるから、頑張れ。」
以蔵はそう言い残し一足先に逃げると、委員長以外の連中も付いて行きそこには俺と委員長だけが残った。機転の利いた連中だこと。序でに春夏秋冬もそちらの集団に向かっていった。向かった。実質俺と委員長のサシとなった。
「......言葉は、通じるか?」
「く、かか......こ?」
なんて?
「まぁいいや。めんどくさいから一言で済ませるぞ。」
俺はお前が心から欲していたオセからの期待を望んでなくとも奪っていった。お前柄のプライドだってへし折った。その所為でお前はそこまで壊れて、最早自分さえわからなくなって、そしてまた俺の前に立つ。だからもう休んだほうがいいと思うぞ。
委員長がまた過去のように走ってくる。けれどそのエネルギーは前とは比べものにならないもの。きっとその拳で殴られれば1発で勝負はつくだろう。そして次の瞬間目にも止まらぬ速度で拳が下から上へ突き上げてくる。けれどあまりにも平明な動きで。俺はそれをいなすように左へ逸らす。そのままの勢いで左足を軸に一回転。右足で地を蹴り勢いをつけ大きく上から振りかぶり一閃。
首筋にヒットした委員長は勢いよく床に倒れ、起き上がってはこなかった。首の骨はいってるだろう。もしかしたら死んでるかもな。
「......俺を憎んでいいよ。」
俺は2人の元へ向かった。
向こうの戦局は厳しく、苦戦を強いられていた。以蔵は頑張っているが春夏秋冬の様子が何となくおかしい。集中できていないというか。とりあえず俺も急いで加わり刀を振るう。以蔵にしこたま扱かれた剣技で薙ぎ払っていく。もう相手のことを考えてなんて余裕はなく、腕や足を折る程度のことに躊躇いはなかった。
そしてやっと最後の一人を倒した。流石に今回は肩で息をするほど苦戦した。以蔵もだいぶ疲れたらしく下を向きながら荒い呼吸を整えていた。春夏秋冬は床に座りこみ、そして額からは血が流れている。
「春夏秋冬!?その怪我大丈夫か?......よかった、少し切れてるだけだな。とりあえず拭いとくな。......ん?」
春夏秋冬の髪で見えなかったが耳の奥に何やら入っている。補聴器というよりもイヤホン?
「春夏秋冬、まさか音楽聞きながら戦ってたなんてないよな?」
その瞬間春夏秋冬と何故か以蔵までビクつく。これにはさすがに何かを感じる。俺は無言で春夏秋冬に迫ると嫌がり抵抗する春夏秋冬から強引にそれを奪った。その光景に以蔵は何かを諦めたように溜息を一つ。俺はとりあえずイヤホンを耳に突っ込んだ。そこから聞こえたのは......
「もうそろそろ、やばいな......」