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「ごめんね。まだ...全然、話せてないのにね。」
そうだよ、まだ全然話したりない。もっと話したい、色んなことを語りたい。全然、全然足りない。
笑う琥珀とは対照に泣くことをやめられない俺達。
「ねぇ、みんな...泣かないで。最後なんだから、笑って、お別れ...しよ?」
そんな琥珀の言葉にみんなが必死に涙を堪えた。「そうだな。」と最初に笑ったのは翁だった。そしてみんなつられるように笑っていく。だけど情けないことに俺だけは笑えなかった。
「ふふ...夜一は、泣き虫だね。」
「うるさい...。ごめん。」
ははは、と掠れた笑い声がする。その声に最早力はない。
「そうだ。あのね、夜一。...前に、春夏と、翁と、ウィズと馬鹿な話したって...言ってたよね。実はそれ、夜一の前に......春夏から、聞いてたんだ。『夜一が琥珀を、励まそうと...必死だった』って。」
「うん。」
「その時...僕、本当に嬉しくて。でも......他にも何か、嬉しい以外にも...別の感情も湧いてきて。」
「うん...。」
「その時から、夜一に、よく...わかんない思いを抱くようになって...。」
「ん...。」
「でも...今なら、わかるよ。」
琥珀は笑っていた。今迄で一番の笑顔で。
「好きだよ。夜一。大好き。」
「......うん。」
勿論俺も琥珀が好きだ。......でもそれはそれは琥珀の持っているものとは違う。でももしここで俺も「好きだ」と言えば琥珀は幸せな気持ちのまま向こうに行けるのだろうか。優しい嘘が大切な人を幸せにするのであれば...
「ありがとう。本当に嬉しい。俺も琥珀が大好きだ。」
「夜一......」
「......でもごめん。俺の好きはきっと琥珀のと違う。......それに俺には忘れられない女の子が1人いるんだ。恋ってものがどういうものかまだはわからないけど、俺はその子の事を忘れられないんだ。」
あの名も知らないあの子。その最後の笑顔。やっぱり琥珀には嘘なんてつきたくなかった。
「知ってる。......夜一、ほんっとに、優しいからなぁ......。」
「お見通しか。」
「好きな人の...考えてることくらい。......でも振られちゃったか。あはは...。最初で最後の恋......だったのになぁ...。」
「琥珀...」
「変に...気負い、しないでね。.......それに、なんでだろう...今...心が満たされていくんだ。...ねぇ...最後の、お願い......いい?」
「ああ。何だ?」
「キス......しても、いい?」
俺は頷くとゆっくりと琥珀の顔と自分の顔を近づけた。琥珀が目を瞑り、俺も目を瞑る。そして静かに口づけを交わした。柔らかい琥珀の唇、くすぐった吐息、弱いけれど確かな拍動。全ての感覚が鮮明に脳に刻まれる。そしてなにより、間近で見る琥珀はとても美しかった。僅かな時間だったけれど俺はずっとこのことを忘れない。
唇が離れると同時に琥珀の重さが一気に増すのを感じた。......どうやら時間が来たようだ。
「......あの...ね......夜一......」
その声はみんなにはもう届かない。きっと次で最後。だからそうだな、せめて笑って送り出そう。
「うん、何だ?」
「よいちと......であえて......よかった......幸せ......だった...よ.........」
琥珀との思い出が走馬灯のように駆け巡った。出会って、笑って、泣いて、また笑って。どれも俺の掛け替えのない思い出だった。
「俺も琥珀と逢えてよかった。色んなものを琥珀からもらった、ありがとうな......」
琥珀は最後にもう一度微笑むとそのまま瞼を閉じた。それはまるで幸せな夢を見ているように。