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さよなら、うそつき  作者: わたぬき たぬき
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春夏秋冬を素早く降ろすとすぐにオセに殴りかかった。全体重をかけたパンチは簡単に受け止められ、ようやくこちらを見る。「邪魔をするな」と言わずとも伝わって来たが、それに臆せず次々に蹴りやパンチを放つ。

「お前琥珀に何しやがった!!」

「何にもしてないって。ちょっと間違えちゃっただけ。」

殴って受け止められ、蹴って受け止められ、やがて俺の体力が尽きかけた頃に「いい加減うざってぇよ」とオセから胸部に1発蹴りをもらった。その威力もかなりなもので(あばら)が軽快に折れる音が体に響く。心臓が僅かな間止まった感じがした。口から抑えきれない血が流れ出す。意識が朦朧とする。その間にも琥珀は叫び続けている。俺は彼女の元へ這いずっていった。

「...ぉはく、俺だ、よ....いち、だ。ちょ、と...まって...」

しかし手が届く一歩手前でサッカーボールのようにオセの蹴りが思い切り顔面に()り込む。視界が暗転しそこで俺の意識は途絶えた。


「結局何にも守れてないじゃないか。」

夢の中とはいえ自分に怒られるのは何やら不思議なものだ。

「怒ってない。呆れているだけだ。」

何と。向こうにはこちらの気持ちがわかるのか。まあ確かに自分自身のことだからわかるものなのか。

「何が守るだ、くだらない。春夏秋冬の事だってあれで守れたとか思ってるのか?全く間に合ってないだろ。あいつが立ち去る前に止めておけばこんなことにはならなかっただろう。」

本当に自分の嫌なところグサグサついてくるな。

「いづれお前のその弱い精神じゃすぐにこんなこと耐えられなくなる。そしたら今度は忘れるという自己防衛が働くだろう。そして大切な人を作ることをやめる、人との関わりが消える。人間として死んだも当然だな。自分からの忠告だ、受け取っておけ。ま、この会話も忘れられるかもしれないけどな。」


目が醒めると体に激しい痛みが走る。その呻き声に気づいたのか、誰かが「大丈夫か?」と声を掛けてくれる。「大丈夫」と言い顔を上げると以蔵がお粥片手に立っていた。「食えるか?」と渡されたお粥をありがたく受け取り、それを食べながら寝ていた間の事情を聞いた。


俺はあれから3日間寝ていたらしい。その間は以蔵と京の部屋にお世話になっていた。どうやら春夏秋冬が必死にお願いしてくれたらしい。『あなたたちは好きではないけれど相部屋で了承が取れて、比較的信頼できるのはあなたたちしかいないから。どうかお願いします。』と頭を下げてまでして。一方の琥珀は一昨日から教室には来ているが元気はなく、とりあえず1人でいたい、という感じらしい。

一通り以蔵から話を聞くとお礼をして部屋を出ようとする。けれどやはり体を動かすと痛みが走る。流石に3日で治るのは土台無理な話か。けどあの野郎に一発ぶん殴ることは叶わなくても、問い詰めないと気が済まねぇ。壁伝いなら何とか歩いて行ける。

そしてやっとの思いで扉に着きそこを開けると、まるで予知していたかのようにその野郎が親切に車椅子まで用意して待っていた。

「おっ、やっと起きた。僕に尋ねたいことがあるんだろう?だったらこれに乗って。余計な意地とか捨ててさ。僕からも話があるんだ。さあさあはよはよ。」


「それにしても委員長君にはがっかりだよ。君に負けるしそれに倒されるの早すぎるでしょ。最初の頃の方がまだよかったな。……ああ、今君が聞きたかったのは琥珀君のことだったね。3日前に間違えたって言ったのは覚えてる?うん、覚えてるね。まずね、琥珀は朝昼晩と必ず薬を飲まなきゃいけないんだよ。あれ?知らなかったか。でも朝晩はともかくお昼とかどこかいなくなるでしょ?多分その時飲んでいるんだろうな。その薬が切れた時に3日前みたいになるの。一種の精神安定剤だね。それもなかなか強力な。それは過去の出来事が起因するんだけど聞いたかな?……んー、なるほど。間違っちゃいないけどって感じかな。まあ想像にかたくないかもしれないけで、拉致された後年端もいかないのに乱暴を受けたんだよ。話すとそれだけだけど実際激しく人に恐怖を覚えるのには十分過ぎたね。それでどこぞのお爺さんに拾われたって言ったの?ハハッ、どこぞとは失礼な。彼は前にこっちの界隈では誰もが知る凄腕の殺し屋だったんだよ。拾われた時には既に現役はとっくに引退してたけどその技量やら知識やらは本物だ。意味もなく子供を助けるわけないし、やっぱり可能性を感じたのかな。そうなると琥珀君の才能は天性のものか。そして琥珀君はそれを受け継ぎ見事彼を殺してみせた。寿命?あの怪物がそんな簡単に死ぬわけないと思うけどな~。兎にも角にも、言うなれば彼女は伝説の殺し屋の免許皆伝だよ。それをみすみす逃す僕ではない。」

ちょっと待てよ。情報が一気に入ってきて混乱する。確かに以蔵を普通に捕まえていた時は何かあるかも何か軽く考えてはいたが。でもそれなら入学試験の時に俺が勝てたのは一体何でって話。

「それは彼女が人を傷つけるのに抵抗があったからとかじゃない?まあ思う事もあるだろうからそれは本人に直接訊いてみればいい。もうすぐ着くからね。訊いて応えてくれるかは知らないけどね。」


最早それは狂気の沙汰だった。獄室のような部屋を覗くと視界の限りにオセの顔写真が張られていた。4台それぞれの角に監視カメラが配置してあり赤いランプがついている。その部屋の隅っこで震える少女が琥珀だと信じたくなかった。きっとご飯も碌に食べていないだろう。顔色も真っ青で前見た時よりやせ細っている気がする。

俺がオセに怒鳴りつけようとするとオセがその扉を開いた。そしてその瞬間中からけたたましい悲鳴が響いた。しかしその声も酷く枯れていて空しい咳に変わる。そんなものに一切の躊躇もなく琥珀に迫り冗談みたいな太さの注射器を首筋に刺した。「うっ」と声がした後、力も段々抜けていき、やがて眠った。

「鎮静剤。5分もすれば目も覚めるだろう。後は任せる。」



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