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腕の時計は0時半を指す。この時間大体の生徒は寝静まり施設内は閑静なものである。そんな施設の端っこ、軍事演習場のそのまた端に2人の男女がいた。
『なぜこんな事をする。』
そんな事が書かれたノートが女の子の近くに落ちている。女の子は手足を縄で縛られて拘束されているが、特に目立った外傷はないので暴力などは振るわれてはいない。だがそれも時間の問題だろう。女の子を束縛してる男の目は狂気に満ちている。今に何をしてもおかしくない様子。爪をガリガリと囓り一部は血が滲んでいる。すると今度は急に髪の毛を掻き毟り始める。側から見て精神に問題があるのは明確。最早オセに捨てられるのも時間の問題だろう。だけど彼にはもうそんな思考すらない。ただオセを崇拝し言葉に従うだけの人形。
「あっと5っ分、あっと5っ分。」
そんなカウントダウンと同時に体を揺らし始める。前にあった威厳や誇りはとうにどこかへいってしまっていた。最早別人といって差し支えないほど。
そして程なくしてその5分が過ぎる。唐突に体を揺らすのをやめて男は女の前に屈む。
「あの質問の意味、答えたげる。動機はねー、あの方に命令されたからだよ。下等な俺にはあの方の意図はわからないけど、あの方が言うんだもん。なら従うのみ。わかった?……あ、喋れないんだっけ?喋らないんだっけ?まぁいいや、一方的に話すよ。この後俺はお前を好きにしていいとのことだがどうしよっかな。んーーーーーー………。よし、犯そう。犯した後バラバラにして袋詰めすりゃあわかんないだろ。……お前、思いの外気強いんだな。でもそっちの方がヤりがいがあるってもんか。それじゃあ早速いただきますか。」
男は徐に女の上着に手を掛ける。そのまま脱がそうとするが手を縛っているので脱がすことができたない。しばらく脱がせようと苦戦するもやがて諦め、ポケットから大きな裁ちバサミを取り出し上着を破り捨てた。それでも女の顔は未だ毅然としていた。
「いいねぇいいねぇ!楽しませてくれるじゃん。その顔がいつまで保つだろうなぁ!」
しかし縛られた彼女の手はとっくに震えていた。
「次は服だ。」
今度は服にハサミが入る。首元に当てるとそこから一気に真下に両断する。さすがにそれには今まで保ってきた強気な顔が歪む。嫌悪、恐怖、厭忌、様々な感情が渦巻く。男は「うひゃひゃひゃ」と下種な笑い声を響かせる。女はせめて泣くまいと強く唇を噛み締めた。
そして今度はズボンが切られた。近づいたところを蹴り上げることもできたが、あまりにもリスクが高すぎるため結局なされるがままなされた。服とズボンは捨てられ今はもう下着姿となっている。
「何おまえ、結構いい体してんじゃん。着やせするタイプか?それとも実年齢はもうちょい上とか。まあそんなことはどうでもいいか。これはいいなぁ。」
男は女の足首から脛、膝、太ももと指を滑らせる。息遣いは荒く、顔も紅潮している。そして遂に下着に手を伸ばす。その姿に女は虫唾が走る。しかし女は振りほどくことも叫び声をあげることもできなかった。しようとも思わなかった。彼女はもう助かろうとは思わなかった。諦めた。認めた。悟った。
『私の声は誰にだって届かない。』
瞼を閉じたその瞳から一滴の涙が零れた。
何かがぶつかった音がした。ふと体が軽くなった。何かが通りすぎる音がした。そして何故だか安心する匂いがした。とても大切な人の香り。手と足の縛られた感覚が無くなる。ゆっくりと顔を上げるとそこに先ほどの卑俗な男はいなかった。そして目の前にはよく見知った彼の背中があった。
「何もかも1人で解決しようとする気持ちはわかる。それが他人に迷惑を掛けたくない気持ちからっていうのもわかる。だからってお前が全部背負って傷つくなよ。その傷を見て居た堪れない奴がここにいるんだよ。嫌なんだよ、俺は、お前が『しょうがない』なんて空っぽな言葉で何もかも受け入れるのが。」
その言葉に涙が溢れて止まらなかった。情けなくってとっても嬉しかった。夜一が放ってくれたその上着は暖かく、きっと必死に探し回ってくれたのだろうというのがわかる。......本当にここで夜一に出会えてよかった。ずっと不幸だと思っていたあたしの人生も今はすごい満ちたりてるよ。
「-----、--。」
俺は振り返らず着ていた上着を後ろに放ると、春夏秋冬に一言「すまなかった。」と謝った。その時春夏秋冬が何か言われた気がするが分からなかった。とりあえず今はこいつをどうにかしなければ。そして俺は溜まりに溜まった感情を委員長にぶつけた。
「ぶっ飛ばす!!」
叫び声と同時に少し空いた距離を一気に駆ける。向こうもふらふらと立ち上がるとこちらに走り出した。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺krkrkr」
委員長は大きく踏み込み跳躍し殴りかかってきた。俺はそれを躱し腕を掴むとそのまま背負い投げの姿勢に。しかし投げる瞬間委員長のもう一方の拳が左脇腹に直撃する。その痛みについ手が緩み腕を離してしまった。委員長はただ遠くに飛んだだけで着地も成功しダメージがない。委員長はその手を緩めることなくまたこちらに向かって走ってくる。今度は何もせずに来たので俺は反動をつけた右脚の蹴りを出す。当然蹴りは両手で止められ委員長のドロップキックが迫る。しかしそれより前に両手で止められた足を軸に逆の脚でジャンプし背中を思いっきり蹴る。それと同時に状態を反らし蹴りも躱す。そしてそのまま両手を地面の凹凸を掴み、右脚を掴んだままの委員長を地面に叩きつけた。なかなか 威力があったようで委員長の呼吸がままならないので一気にCQCで畳み掛けた。向こうも必死に抵抗するが勝負はもう明白だった。そして最後に顳顬目掛けて回転蹴りを食らわせると、委員長は吹き飛び脳震盪か、白目を向いて起き上がってこなかった。
それを確認すると春夏秋冬のところへ歩いた。脇腹は痛むがしばらくすれば治るだろう。服を捲ると多少の痣になっていた。……それにしても因果なものだな。初めてここで委員長に会った時、「あいつらはもう壊れてるからダメだぞ。」みたいなこと言ってたけど今の委員長はあいつらに限りなく近かった。そんなことをつい考えてしまう。敵だというのについ感情移入してしまう。
春夏秋冬のところに着くと怖かったのだろう、泣きながら抱きついてきた。今回ばかりはしょうがないと思い、泣き止むまで頭を撫で続けた。そしてようやく泣き止んだと思ったら今度は『手足を縛られた場所が痛くて動けない。』なんて言い俗に言うお姫様抱っことやらを要求してきた。今日だけ今日だけ、と自分に言い聞かせ渋々その願いに応えた。まあこんなに春夏秋冬が笑顔になるならよしとするか。
とりあえずは春夏秋冬が無事なことを琥珀に報告するため、そのまま俺の部屋に行った。なんなら春夏秋冬にはここて寝てもらい、俺は台所らへんで寝るとしよう。
「ただい
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の部屋には不気味に嗤うオセと見たこともない琥珀が叫んでいた。