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それから数日間春夏秋冬を観察していたがそいつは襲い掛かるようなことはせず、あくまで遠くから眺めるだけだった。けれどそれだけで十分警戒する理由にはなるだろう。事実その目線は決して好意などといった優しいものではなく、狂気じみたものに他ならなかった。
「気をつけ、礼。」
またいつも委員長の号令から授業が始まる。委員長はとても真面目そうに授業を聞いている。何となくお察しの通り今回そのストーカーの犯人がこの委員長である。いつもはまともに見えるが人目から外れると何らかの薬を飲む姿を何度か目撃している。様子から見ると精神安定剤みたいなものだろう。小さな独り言で「あぁオセ様ぁ……。」と虚空に呟く程の状態である。大方あの「心の安らぎ」とやらに侵されたのだろう。委員長は第一印象が第一印象だったのでこんな事で屈するのとは思わなかった。このペースなら他にもだいぶ毒された人がいるたろう。そろそろ本格的にあいつのデウスエクスマキナの計画が進んできてるってことか。分かってはいたことだが自分も気を付けなければ。別に俺はあいつの人形になりにきたわけじゃない。
まあ今は委員長を先にどうにかしないとな。当たり障りのないよう何気なく近づいてみるか。ちょうど今ご飯時だし。
「ん?お前は確か……えっと、名前は……」
「神倉だよ委員長さん。相席させてもらうぞ。」
相手の返事も待たずに座り多少の罪悪感はあったが、委員長も特に気にすることもなく食事を進めているので何より。ここから何を話すべきか考えていると意外なことに向こうから話を振ってきた。
「前からだがお前、同室の女と仲がいいことは構わないが、それ以上の関係にはなるなよ。」
他人に全く興味がないと思っていたのでこれまた意外。それよりもこれはうまく訊き出せそうな流れが来てる。
「仲がいいことはいいことじゃないか。確かに他人を信じるなって気持ちはわかるけど、人間心のどっかで仲間を求めてると思うな。委員長もいないのか?そういう人間が。」
ここで全て白状してくれるとは思わないが、少しでも話してくれないかと淡い期待を抱いた。委員長がどういう気持ちで春夏秋冬を見ているのか。
「そうだな。うん、お前の言うことも一理あるだろうな。結局俺も求めてたんだ。心からそう思えるそんな人が。」
「それが春夏秋冬か?それともオセなのか?」とは思ったが口には出さなかった。好意的なのが春夏秋冬で崇拝的なのがオセとか、崇拝的なオセに命令され春夏秋冬を監視してるとか可能性はいくつか過ったがイマイチはっきりしない。結局は大きく踏み込むことは出来ず成果はないまま話は終わった。
『委員長はオセからの命令であたしを監視してるらしいね。理由はわからないけど。なんか聞こえた。』
「監視は2週間くらい前から始まってたみたいだよ。それで時々報告みたいなのを委員長からオセにしてるって。なんか聞こえた。」
「......お疲れ様です。」
なんか聞こえたって何だよ。こちとら本人に会ってまで話したのに何にも分からなかったんだぞ。
『え?!もしかして夜一だけ何もないの?∑(゜Д゜)あんなに仕切ってたのに、夜一だけが何にも情報ないの!?夜一だけが!?∑(゜Д゜)』
……うるっせーなこいつ。確かに俺に非があるけど、100%俺が悪いけれどもそれでも許せん。俺は男女差別しないから遠慮なくいかせてもらうぜ。俺は春夏秋冬の頬を縦横にビヨンビヨンと引っ張る。必死にペンを取り、多分痛いと紙に書こうとしているがそうはさせない。ペンと紙を奪い遠くに投げる。春夏秋冬はそれを横目に涙を浮かべながら手を伸ばす。……流石にこれはやりすぎか。
「いい加減にしなさい。女の子にこんなことしちゃ駄目だよ。」
頭を軽く殴られる。お前は母親か。
『うわぁーーん!ママァー!!』
「はいはい、痛かったね〜。痛いの痛いの飛んでけ〜。ほらもう大丈夫だよ〜。」
ひどい茶番だな。
『あ、そうだった。』
流れ解散しようかというタイミングで、何というか、わざとっぽいように手をパンッと叩き、鞄からスケッチブックのようなものを取り出す。ペラペラと音がした後、続いてビシャッ、ビシャビシャ、ビシャャァッと紙を破るような音が聞こえた。癇癪でも起こしたのだろうかと思ったが幸いなことにそうではなく、4枚の紙を渡された。そこには桜、海、紅葉、雪化粧の四季折々の景色が描かれていた。そしてそこにはいつものメンバーが楽しそうに写っていた。みんなで料理を囲んでお花見をして、海で泳いだりスイカを割ったり城を作ったり、紅葉を眺め松ぼっくりを掌で遊ばしたり、カマクラ作ったり雪を投げ合ったりして。
『いい絵でしょ。やっと完成したからあげるよ。いつかきっとこんなことしようね。必ずだよ。』
そんな言葉を残し1人春夏秋冬は満足そうに帰っていった。
「やっぱり不安だよね。」
夜も更け、時計は12時を指す。しかし眠気は全くと言っていいほどなく、代わりに膨大な不安が心にあった。琥珀には極力心配かけたくないという気持ちもあり、寝静まったであろう時間に動き出したがまたも見つかった。
「春夏のところ行くの?」
「ああ。何にもなかったら帰ってくるから。あいつの覚悟に茶々入れるのはよくないかもしれないけど、まだあいつと馬鹿やってたいから。」
俺は琥珀を部屋に残し春夏秋冬の元へ歩いた。
きっと春夏秋冬はこの問題の解決を1人でやろうとしている。俺達に迷惑がかからないように直接会って話し合うだろう。その後どうなるかはわからない。そのまま解決してくれるのが一番だが......。不安が増すにことに比例して歩く速度も上がっていった。