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『私とエイジのことを少しだけ話すとね、まず彼とはここで会ったの。たまたま同じ部屋になって、最初は勿論気まずかったけど徐々に打ち解けていって、惹かれあって。でも幸せって長く続かないものなんだよね。ある時、私の体に腫瘍が見つかったんだ。もう手に負えないくらいの。エイジは酷く悲しんでたな。「もう大切な人を失いたくない」って男の子とは思えないくらいに泣いたりして。エイジはね機械にはすっごく強かったの。だからこんな形でも私を失いたくなかったんじゃないかな。だけどきっと心のどこかではこんな事意味ないって気づいてたと思う。頭もそれなりに良かったから。......以上が私の経緯だけど何か質問は?』
その後に友美さんは亡くなり、エイジさんはあいつの人形になったのかな、あの文章によると。
次に琥珀が廃棄場での事を質問した。
『生前の私は桜を見たことがなかったんだ。だからかな、死期がわかった時、ふと口から「桜を見てみたかったな。」って言ったの。そしたら彼、「じゃあ俺が見せてやる。」って。後は多分あなたたちの知っての通り。ひどいもんだったよあれは。なんか臭いしゴミ山にピンクの爆薬とか。私の桜の印象が全部壊してくれちゃって。』
そう笑って彼女は語った。少なくともその顔はプログラムには見えなかった。
そして脱出の力になってくれるという事と友美さんを鳥籠から出す事について質問した。『前と後ろがそれぞれの問いと答え。』とのことらしい。脱出の力になる条件が鳥籠から出す事で、鳥籠から出す条件が脱出の力になるということらしい。まあよくわからない。
とりあえずあの謎解きはここが終着点らしいのでこの件はここで終わりにし、俺たちはまたいつもの生活に戻った。
『なんだか最近視線をよく感じるんだが……。』
「それってもしかしてストーカーってやつじゃないの?春夏は可愛いからわからなくもないけど。」
『え』
「え」
季節も流れ、気付けば暦は師走を指す。寒暖差も天気もないここでは特に意味もないことだが、今頃上の人はクリスマスだの冬休みだなど盛り上がっているのだろうか。なんとなく口に両手を近づけ「はぁ~」などと息を吐いてみるが勿論白い息も温かみも感じるわけがない。俺はバカか。
最近の変化と言えばクラスの人がいなくなった。正確にはα~θと名乗っていた連中がまとめて消えた。当然消えたその日にオセに問い質したが「君にはまだ早い。」と一蹴されてしまった。俺自身もあいつらと仲が良かったわけではないので、寂しいといった感情は全く持ち合わせていないが、やはり行く末は気になった。確信はなかったが思うところはあった。それでも結局それを知ったとしても俺には何もできないだろうが。
そんな俺の考えていることとは程遠くこの2人は楽しそうな会話してるな。ここにストーキング何かする暇人いるわけないだろ。というかさっきの琥珀のセリフ、色々誤解生むと思うけど。でも必死に釈明してるから平気か。
『というかなんだ夜一。あたしの話を完全に無視してまで食べるカレーうどんは嘸かし美味しいんだろうな。ん?一口あたしにもくださいな。......あ、おいしい。』
一口どころか六口くらいしてようやく気付いたのか、未だ口いっぱいにうどんを含みながらも器をこちらに戻す。うどんはほとんど残っておらず汁がわずかに見えるだけ。掃除機顔負けの吸引力。
『ごめん、正直食べすぎたと思ってる。今度あたしも何かあげるからそれで許してくれないか。......何で立つんだ?いや本当にごめんって。いや、動くなよって言われても!ごめんなさい!だってつい美味しかったんだもん!今度あたしの大好きな煮卵2個あげるからっ!!それで許して!......へっ?』
何を誤解しているのか。俺はただ服に飛んだカレーを後に残らないように取っているだけなのに。
「これは最初に会った時のお返しだ。......あとあの時は少し冷たすぎたからここで謝っとく。すまなかった。」
『ゆ、許すぞ?』
許された。
春夏秋冬が視線を感じるようになったのはここ1週間ほどのことらしい。なんとなく、というだけで確固たる証拠もないがストーカーの被害者とは得てしてそういうものだろう。本人は『もしかしたらあたしの被害妄想かもしれない。』といっているが、今後春夏秋冬に注意を払っておこう。
「とりあえず今の段階で何か心当たりがはないのか?誰かの恨みを買ったとか、誰かから好意を寄せられたとか。」
『多分ないと思う。』
まあそうなるよな。そんな心当たりあったらわざわざこんな相談してこないだろうし。
「じゃあ一方的なものかもな。容姿とか仕草が気に入らないとか。好意だってさっきの琥珀みたいに同性からのもありえなくもないしな。」
「ばかぁ!!あれは俗世間的第三者の視点から見ての感想だよ!それに女子の目線から見ても可愛いというだけで犯罪なんかに走らないよ!じゃあなんだ、夜一は春夏が可愛くないと思うの?」
今迄そういう風に見たことないからなぁ。どうなんだろう。顔は、整ってるな。身長は年代別の平均よりかは若干低いくらいか。特に太ってはいない。筋肉がそれなりについてるので痩せてるということはないが程よい程度の肉つきといった感じ。髪は女子の中でも長い方だが毛先まで綺麗にされてある。性格も悪くないと思う。そしてそれらを自慢げにすることもない。
「少なくてもブスではないな。」
「夜一って女心知ってる?」
「おれは男なんだけど。」
「ガッカリだよ本当に......。」
?
「まあ話題を戻すぞ。とりあえず今後俺は春夏秋冬をなるべく監視してる。琥珀は極力近くにいてやってくれ。1人より2人でいる方が遥かに襲われたりしないだろ。それで春夏秋冬も何かあったら逐一報告すること。」
2人とも頷いたのを了承として受け取った。受け取ったんだが……
「なんで春夏秋冬そんな顔赤らめてるの?」
頷いた時から全く顔を上げない春夏秋冬の顔をのぞきこむ。うむ、やはり赤い。なんか変なこと言った?
『だって夜一がずっとあたしのこと見てるんでしょ?四六時中ずっと。あたしのあんな姿やこんな姿。夜寝る前とかも「あいつ今何してんのかな。』みたいなこと考えるんでしょ?そし「バカじゃないのか?」』
『……。』
「……。」
「ーーッ!!ーーーッ!!」
「噛むな!噛むな!!離せっての!俺が悪かったから!!頼むから!!……痛かったー……。あーあ、涎まで付いてるし、歯型もこんなにクッキリと。……。」
未だ顔を赤らめてる春夏秋冬のずっと向こう、無感情な瞳がこちらを見ていた。