83
琥珀の手を取り俺たちはともみさんが待つ木を探しに出かけた。琥珀が扉を躊躇なく開けた時は聊か驚いたが、特に何もなくて良かった。
「まあ一番手っ取り早いのはオセに聞くことだが、脱出の力になるとか言ってるのにそのボスに直接聞くのは愚行だな。」
あいつの実力は本当に未知数だからな。「ここに木ってありますか~。」みたいに馬鹿正直に訊いたところで絶対に怪しまれる。地道に探したほうが安全か。
「でも き って一言にいっても木とか機とか器とか色々あるんだよね。それによって場所も変わってくるし。」
「きっとそれは桜だと思う。」
そんな確信を持ったような俺の言葉に琥珀は首を傾ける。
あの短歌はきっと本当に彼の心象を表していると思う。いつまでも明日があると思っていた。だけどそこに嵐がやってきて彼女は散っていった。彼女はきっと彼の心の儚い桜だった。
『どうか彼女を救ってください。』
「任せろ。」
「......そうだね。きっとこの文は彼の最後の想いだったんだろうね。だったら後輩として先輩の悲願を果たさなくちゃね。それじゃあ木さがし改め、桜さがしとやらに出掛けますか。」
それからは場所場所へと歩みを進めた。前も言ったがここには木一本とて生えていない。もしかしたら見落としてるかも知れないと期待していたが、少なくてもいける範囲は1つを除き全部行った。そしてその最後の1つ、廃棄場。ここは本来従業員?みたいな人たちしか来ない。かと言って別に生徒が来る事を禁止してはいないが……
「くっさ!!何これ!?C兵器レベルだよ!!はやく出よう!……夜一?」
まあこんな感じで好き好んで来る人はいない。
おっと、あれはなんだろうか?天井に何やら染みらしきものが見える。ピンク?
そこにまたもあいつの声が背後に聞こえた。
「本当に臭いのぅここは。なんや坊主ここに何の用じゃ。可愛らしぃ女子まで連れて。」
よりにもよって1番会いたくない時に来んなよ。いや、今はそれよりも何とか誤魔化さないと。
「ちょっとゴミを出し忘れてて。それに一応ゴミ捨て場の場所も把握しておきたくて。」
当たり障りのないように言ったつもりだが落ち着かせようとする度目が泳ぎそうになる。「ほぉう……。」と何か検討するような鋭い目で睨みつけられる。
「あの、もう行っていいですか?ほんとにここ臭くて、体調悪くなってきました……。」
隣の琥珀が女優顔負けの演技か本当に体調が悪いのかは分からないがそんな助け舟を出してくれた。その言葉と表情に「そりゃあよかないなぁ。はよぉ出な。」と言われ俺たちは何とか逃げる口実ができた。
「あの染みは一体何ですか?」
去り際最後にそれだけ訊いた。
「ん?確か前になんかの粉塵爆発を起こしてしまったって生徒がいたそうな。多分その時のかと思われるそうな。何でピンクなのかは知らないそうな。」
それだけ聞くと軽く会釈をし琥珀と部屋を出た。
夜もだいぶ更けていたので夕飯、お風呂を手早く済ませ布団に潜った。廃棄場でのオセの言葉で2人とも十分に理解できた。
きっと彼は咲かせたのだろう。ゴミ山とピンクの爆煙でできたひどく不恰好な桜の木を。真っ白な世界に泡沫の桜吹雪を。
翌日、授業が始まる前の朝早くにもう一度あの場所に行った。天井に染まった桜色が最も色濃いパネルを調べてみると隙間に挟まったUSBメモリが見つかった。
餅は餅屋に。それに従い俺はウィズにそれを渡した。
「昨日の謎解きと言ってた答えがこれなのですかな?まあ確かに自分はパソコンも持ってますしそれ相応の知識も持ってるから適任ですか。ですがパソコンは今部屋で留守番をさせているのでわかるのは放課後となりますがよろしいか?」
パソコンの知識は俺の知る中ウィズが最も長けてるし、それなりに信用はできるやつだから問題ないだろう。
放課後琥珀と共にウィズの部屋へ伺った。必要最低限の物しかない部屋を一瞥し早速作業に取り掛かる。パソコンを起動しUSBを挿す。ウィィーン……と何か動いている音が響いた後、画面が突然ブラックアウトした。
「神倉殿!?これは一体何のUSBですか!?」
「すまん、わからん。」
いまいちパソコンなどの電子機器はまだ勉強不足でこれがあまり良くないということくらいしかわからない。原因の解明のためかウィズはすごい速さでタイピングをしている。画面に青い画面に白文字の英語がたくさん並ばれていく。が、それもまたすぐにブラックアウトしてしまった。「相棒ーーッ!!」と泣き崩れたウィズにどう謝意の言葉を並べようと考えていたら、再度画面がついた。そこにはカメラ越しに映したような女性が映っていた。
「あなたがともみさん、ですか?」
琥珀が訝しげに問う。
『そうだよ〜。私が友美だよ。よろしく!』
画面の中の彼女は想像してたよりも遥かに元気だった。てっきり『鳥籠に閉じ込めた』なんて書いてあったからどこかに閉じ込められていたりするのかと思ったが、寧ろそこは雲1つない青空とどこまでも続く花畑が見えた。印象として桃源郷を想起させるような場所は、少なくともこの施設ではないたろう。……となると自ずと答えは見えてくる。
「友美さんはもう死んでるんですよね。」
『うん、そうだよ。これは生前の私がのデータを基にして作ったAI。作ったっていっても作ったのはあたしじゃなくてエイジなんだけどね。エイジってのは私と同室だった人であの書き置きの本人。ここで出会ってここで別れた、私が大好きだった人。』
一片の恥ずかしさも感じられないその笑顔がそこにはあった。