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『助ける義理はなかったんだけどな。友達でもないし。』
そう書いた紙をこちらに向ける。友達になることを断ったのをだいぶ根に持っているらしい。
「それでも助けに来てくれた。ありがとう。」
深々と礼をすると彼女は後ろを向いてしまった。あまりこういうことをされた事がないのだろう、どんな顔をすれば良いかわからないのか。
俺が馬乗りにされ殴られてる時、彼女が脱衣所の外にいるのは見えていた。だけど最後の踏ん切りがつかなかったのだろう。そこで助けることは出来るが、それでは結局ただいいように俺に使われてるに過ぎないと思っていたのだろう。本当に俺の本心の言葉が彼女に届いてよかった。
「あっ、早く琥珀のところ行かなきゃ。ほんとにありがとな。今度ご飯一緒に食べような。」
すでに岡田が琥珀のところへ向かって5分ほど経つ。なんとか2人が会うまでに間に合えばいいのだがと思いつつ、痛む体をなんとか動かし走り出した。その後ろから『ここまで来たら面倒事が終わるまでついて行ってやる。』と彼女がついて来てくれた。多分彼女は友達というものに何かしらの強い思いがあるのだろうなと、ふと考えた。
暖簾を潜り浴場入口の扉を開ける。
「あれ、琥珀?」
「あ、夜一みーつけた。」
かくれんぼじゃねえよ。
「岡田に会わなかったのか?」
「ん?ああ、多分その人なら今部屋に閉じ込めてあるよ。」
笑って答える琥珀に俺も笑わざるを得ない。
「ニコッ。」
「あはは、酷い顔だね。」
ひどい。人の渾身の笑顔を。
部屋に戻り岡田に色々と質問した後、拘束を解いた。「こんな簡単に解いてしまっていいのか?」と当人から言われたが別に構わないと思った。別に仕返しとして抵抗できない人を嬲る趣味はない。
「今回のことは内密にしよう。お前らのやったことは間違いなく悪いけど、俺も確かに節度というかを外してちょっと浮ついてたところがあった。これからはそういうのには気を付けていく。」
そういうと琥珀はちょっと残念そうにしていたが一応納得はいっているようだった。そうだ、俺たちは決して戯れるためにここに来たのではない。自分の叶えたい願いのためにそれ以外を全て捨てる覚悟でここに来たんだ。そのはずだ。
岡田は俺と琥珀、それに後ろにいた声を出せない彼女を見た後、大きく溜息をついた。
「しかしそれはそれで気持ち悪い。お前には頭の悪そうな絵面が似合う。あいつには俺から説得しておくから、今回のことはさっぱり忘れてまた今まで通りお前らの好きにすればいい。気が向いたらまた殺しにいってやるよ。」
「どういう風の吹き回しだよ。」
「気が変わった。ただそれだけだ。」
そう言うと何事もなかったように45号室から去っていった。先ほどはああ言ったが岡田の言葉にホッとした自分がいた。やはり今の関係を壊したくないという気持ちがあったのだろう。
まあそんなかんなで忙しかった入学初日は終わりを告げた。
「……いやお前も帰ろうな。」
『冷たいなおい。』
翌日からは普通の学校のように始まった。懐かしの登場の委員長の号令で授業が始まり、昼は食堂でご飯を食べた後、また授業とほんとに流れは一般の中学と変わらないものだった。違いと言えばやってる内容が間違いなく中学のそれでないこと。初日こそみんな(一部を除いて)多少焦りが見えたが、新しい知識の習得に貪欲だったためすぐに内容を理解し、その先に進んでいった。ついでに教える人は常にオセ1人。本人は「担任だからね。」と言っていたが全ての科目、それも決して生半端な知識では手も足もでないところまで軽々と教えていた。やはりこいつも化け物かというのが素直な感想だった。
それといまいちわからなかった実践演習、処世術、性別授業について。
最初の実践演習は先輩との決闘から始まった。先輩は少なかったが1年が簡単にやられるので問題はなかった。というか先輩が強過ぎた。ちなみに俺らは1年は46人いる。部屋数は50個ありで2人部屋。そうなると多分2、3年合わせて54人ほどになる。最初から2、3年は少なかったのか、もしくは減っていって今になったのか、それは分からなかった。
処世術は一言で言えば世渡りをより上手くすること。聞き上手だったり、より良い笑顔の作り方だったり、簡単に言えば相手をどこまで煽て上げられるかといったもの。これは俺には全くできなくて苦労した。
性別授業は名前の通り男女別で行う授業だった。それぞれ日にちが違いこれもまたオセが教えていた。この授業はどんな風にしたら異性を惚れさせるかとか最大限の利用方法などといった内容だった。「まあこれは男子より女の方が得意な分野だけど一応知識として知っておくように。」と担任自らも言っていた。俺自身もこの授業は人の感情を利用してるようであまりやる気にならなかった。
そして一番の不安要素、『心の安らぎ』。これは1人1人が個室に呼ばれて面談のようなものをする、と思う。その間他の人は自習のため何をやっているかはわからない。分かってるとすれば50分の間に2、3人が呼ばれること。それは番号順で呼ばれその番号は入学した順になっていること。そして帰って来た人みな暗い顔をしていること。そしてその日は俺が呼ばれる日だった。
「はいじゃあね、今日は夜一君からだったね。じゃあついてきてね。」
さすがにわかっていたとはいえ緊張するな。間違いなく良い事ではないからなおさら。絶対に安らぎなんか嘘だろ。詐欺師め。
軽い足取りで教室を出ていった担任を俺は重い足取りで追いかける。席を立つ際、琥珀には「頑張って、僕も頑張るから。」と言ってもらえたが、その声は震えていた。本当に琥珀は偉いと思った。自分も不安なはずなのにそれを極力出さず、他人を応援する気概に心打たれた。それと同時にここにいるべきではないとも思った。尊敬、憧憬、感動、悲しみ、虚しさ。沢山の感情が混ざる。
「?なんで僕は頭を撫でられてるの?」
「なんか、なんとなく。」
「……同い年、だよ?」
「……すまん。」