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「失礼します。」
「ん?誰かと思えば神倉くんじゃないかー!どうしたんだいその怪我は。はっ!?まさか欲望に負けて襲ったら返討ちに遭ったとか!?ぶははは!!愚かなり!雑魚め!!よし、これで其方の罰は決まった。はい死刑。それじゃあ行ってみよー!Let's execute!やっぱり合法っていいよね!」
「料理でミスりました。ガーゼと消毒液、あと医療用補助テープください。」
「わぉ!無視!!よいぞよいぞ!!」
……っせーよ。だけどふざけてる割には手だけは早いんだよな。というかなんでこいつこんなにテンション高いんだよ。
しかし受け取ろうと手を差し出すが一向に渡してくれない。
「揶揄ってます?」
少し苛立ちを持っているように睨んだ。だがそれ以上に目の前の相手に睨み返された。
「自分こそなめてるんちゃいます?料理で利き手切れるわけないやろ。仮にあんたが両利きでも、普通そこまで深く食い込むことないわ。下手な嘘つくなやしばくぞ。」
「これはここで起きた不運な事故だ。それにあんたは基本的に口出しはしないんだろ。そもそも被害者も加害者もいないんだ。つまりあんたが想像してることはないんだよ。」
やや大きめの声量で言った。しばらくの沈黙が流れる。口ではこう言っていても、実際オセの言う事が合ってる。だけどここで言い返さねば琥珀が罰される。それはあんまりだ。
「…先生には敬語を忘れるな。それと俺がこんな情緒不安定なのは私の事を極力知られないためだ。……べ、別に君の前だとつい緊張して話せないとかじゃないんだからね!?」
「夜分失礼しました。」
「明日が入学テスト最後の日だ。そして明後日からついに学校が始まる。今のうちに死んで後悔するもの残すなよ。私からは以上だ、おやすみ。」
俺は特に何も言い返さずその部屋を後にした。
部屋に戻り簡単に処置をすると俺も横になった。琥珀は壁に寄り完全に布団に覆われている。横目でそれを確認すると溜まっていた疲れがどっと湧き、眠りに就くのに時間は掛からなかった。
7:00起床。ここは地下なので日の出を拝むことはできない。そのためいまいち朝という感覚がない。大きく伸びをした後布団を畳み押し入れに突っ込む。相方はすでに朝食に向かったらしく綺麗に布団がしまわれていた。朝食はクロワッサンとコーヒー、コブサラダとどこぞのヨーロピアン。……ヨーロピアンなのか?10分ほどで食べ終わると図書館に行ってみた。仮にも図書館と名乗るだけあってそれなりの本は置いてあった。どれも難しそうなものが多く適当に取ってみたところ「\Delta =x\prod _{{n=1}}^{{\infty }}(1-x^{n})^{{24}}=\sum _{{n=1}}^{{\infty }}\tau (n)x^{n}……ちょっとよくわかんない。
その後しばらく図書館を漫歩きしていると琥珀に呼び止められた。
「……そろそろ試験が始まるらしいよ。映像、見に行かないの?」
「あ、そうなんだ。今行く。」
琥珀の視線が昨夜怪我したところにいっていることに気づく。やはり気にしているらしい。とはいえこれ以上気にされるとさすがに面倒くさい。
「……じゃあこの怪我の代償として、今度なんか俺の命令を1つ聞く。それで終わりな。」
もちろん命令する気なんてない。こういうのは時間が経てばうやむやになってくれる。
少し間を置いてから琥珀は首を縦に振ってくれた。
モニターの前に着くとすぐに映像が流れ、闘技場で2人の男が睨み合っていた。どちらもやる気満々らしく早速殴り合いが始まった。5分間ずっと殴り合いというむさ苦しいものを見せられた結果、遂に片方が倒れた。勝った方は何やら雄叫びを上げている。
「あんなの入学して欲しくないわ〜。獣臭くてたまらない。次ので落ちてくれないかな〜。もし入ってきたら速攻退学させてやろ。」
なんだかいまいち場違いなギャルのような女が言う。その隣には昨日のいぞー君とやら。やはり知り合いだったらしい。
男は門を抜け治療を受けた。その後案内人に付き添われ地下の広場に着いた。その途端男が案内人に襲いかかった。
「おおっ!キタキタ!こういう展開大好きですぞっ!そこ!フック、ワン・ツー、ジャブ、ジャブ、ストレーートゥ!いったれー!」
誰だよ解説役。急に叫ぶなや。その漫画でよく見るようなぐるぐるメガネめちゃ似合ってるな。
けれどその解説もすぐに「あぁ〜、これは無理ですな。」と冷めて倒した椅子を戻し座った。画面を見ると案内人が一撃で男を倒した。男は白目で口元は緩み見るに耐えない姿をしている。
「あのクイズがわかんなかったのかな?」
隣の琥珀が問う。
「多分そうだろうな。」
解説を入れるとこの問題は一言で言えば誤変換。それだけで全て解決する。委員長が言った「案内人が継ぐ」→「案内人が告ぐ」,案内人の「失礼お覚悟は」→「漆零陸玖伍捌」つまり「706958」。最後は「丹念を怠らずに」→「反捻を怠らずに」となる。偏見だがこの人にはそういう柔軟性はあるようには見えない。
「バッカだね〜。一目見て普通の人が勝てないってわかるでしょ。まあそれでも!以蔵は勝てたけどね!」
俺と琥珀が同時に2人を見る。女は誇らしげに話しているが、当の本人はやめてくれと言わんばかりの顔をしている。経緯は分からないが以蔵という人も案内人を倒したらしい。俺は以蔵と呼ばれた少年をこのクラスでも相当上だと感じた。
その後は2組が挑戦、脱落。正直な感想はなるようになった、だ。この間みんなつまらなそうに画面を見ていた。欠伸をしたり寝転んだり寝ていたり。
そして最後の1人。この人は圧巻だった。まさに大トリに相応しい怪物。身長は180はあろうかというほど。筋肉が見事に凝縮した滑らかな肢体。腰まであろうかという長い髪は血で一部が固まっている。向かって来た相手の首を掴むと宙吊りにし、恐らく首を折った。いとも簡単に何の抵抗もなく。これを止める為に仮面をつけた集団が男の手足を銃で狙撃したが、当人は全く意に介さず門を抜けた。治療も受けず、謎かけも考える様子もなく1分経たずにクリアした。
人間とは思えなかった。それはまるで質量のある殺意の塊。絶望を振りまく傀儡。