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配られたパンフレットのようなものには何やら虎?みたいなものが二足歩行で「案内だよ。」と言っている奇怪な絵が描いてあった。とりあえず無視し中を見ると建物案内、施設案内と利用時間、今後のスケジュール、授業時間割、そしてここでのルール、アドバイスまで事細かく書いてあった。
それにしても思いの外施設が充実しているんだな。ジムやプール図書館まであるとは。...射撃場や軍事演習用地まで。ご飯もてっきり「塩むすび」とか「乾パン」といった質素なものかと思ったが、「オムライス」や「ハンバーグ」といった割と一般的なものだし。授業もまあ然程大それたものでもないかな。50分×6と一般の中学とあまり変わらないし。科目は国語、数学、理科、社会、外国語、体育、音楽、芸術、技家。...あまり見慣れないのが実践訓練、処世術、性別授業、心の安らぎ。…最後のはすごい不安があるんだが。
そしてルールとアドバイス。
『理由なき殺人や傷害、その他犯罪行為が報告された場合相応の罰あり。何か意見や相談があればオセに申し出ること。このクラスにいる時に生じる不運な事故は全て個人責任。相当なことがない限り、又オセが許可が出ない限りこのクラスからは出られない。もし卒業したい者がいればいつでもオセに言うように。ただしそれなりの覚悟をするように。ルールは絶対遵守で。』
『オセは嘘をつきません、多分。
酒、たばこなども禁止で。百害の一理なしってことで。
オセは基本的には口出しはしません。
アドバイス:君たちはいつだって負け組だってことを忘れずに。』
暗に意味する言葉がずらりと並んでいた。この言葉は忘れないようにしておこう。さて、一通りパンフレットも眺めたし部屋に戻るとするか。
突然にそれは起こった。
俺は『45』と書かれた部屋に着いた。疲れが溜まっていた俺はつい油断してしまった。渡された鍵を開け扉を開く。瞬間部屋に人がいることに気が付いたが時既に遅し。オセは部屋の鍵としか言ってない。つまり俺以外にも部屋を使う者がいることは考えればわかる事。
そしてその人は先ほどまで死闘を繰り広げたあの少女だった。そして最悪なのがその子が着替えをしていたこと。全裸でこそなかったがそれに近しい姿をしていた。これの何が最悪なのか、むしろ年頃の男子としては喜ばしい状況なのではないかと思うか?笑止。先ほどのルールに添えば『理由なき殺人及び傷害などの犯罪行為の禁止。』とあったが今ここに理由ができてしまった。このままの姿でこの子が叫べば忽ち俺は強姦行為を働いた事になる。この子にはその動機もある。…なんで見たくもないもの見せられて罰せられなければいけないのか。
「早く閉めてくれないかな。あまり見られたくないんだ。」
「あ、はい。ごめんなさい。」
扉を閉め外で待機した。彼女を見た際、彼女のお腹に少しだけ痣のようなものが見え、幾ら勝負だったとはいえ申し訳なく思えてきた。数分後に「入っていいよ。」と声がしたのでゆっくりと扉を開ける。少女はどこから新調してきたのか、真新しいパーカーとジャージを着ていた。
「…怒らないのか。その、さっきのことを。」
「僕も部屋を個人で使うものと勘違いしていたから僕にも罪はあるさ。見たところ故意ではなさそうだし。もしかして決闘の時のことを恨んでるとか思ったかな?あれで私怨を持つのは御門違いってやつだよ。それにこうやってここに居られるし、それでいいかなって。」
「それでも謝らせてほしい。本当にすまない。先ほどの件も決闘の時、お腹に思いっきり砂袋喰らわさせてしまったことを。」
「決闘のこともお互いなしにしてくれないかな?僕の方こそ弓矢を使ってあんな姑息な戦いをしてしまったんだ。申し訳ない。」
そんなお互いヘコヘコした会話をしばらくしていた。次第にそんな会話も馬鹿らしく思え、2人して笑った。こんな笑うのはいつの日ぶりか。勿論疑いが消えたわけじゃない。ただここでようやく気づいた。俺は根っからマイナスになることができないんだと思う。期待はしないなんて自分に言い聞かせているあたり、どこかで期待してしまってるんだろうな。でもそれはきっといいことで、正しいことなんだと思う。
「そうだ、君の名前を聞いていいか?俺の名前は夜一。」
そういうと彼女は自分の目に人差し指をあて言った。「琥珀。僕の最も大切な人がくれた名だ。どれだけ負け組に落ちようとも、これだけは絶対捨てられないものだ。」
かっこよかった。そう言い放つ彼女にそう思った。
「僕の生い立ちを簡単に話すとね、僕は結構高貴な家庭に生まれたんだ。でも兄や姉とは違い出来が悪かった。えっと、今で言うネグレクトというやつだね。いっそ捨ててもらった方が楽だったね。関心を持たれないというのはときに殴られるよりも遥かに辛い。そんな時に拉致……されたんだ。ほらお金持ちだったから。だけど両親は取り引きには一切応じなかった。寧ろ喜んでたと思うよ。『拉致された愛しい娘が無残に殺された』っていう絵ができるからね。きっとみんな同情してくれる。その結果、僕は何処とも知らない場所に捨てられたよ。両手両足縛られたままいきなり荷台からポイっとね。ああ、このまま死ぬんだなって思ってた。当時は悪い気はしなかったけどね。2日経った昼前くらいかな。通りすがりのお爺さんが僕を見つけて助けてくれたんだよ。勿論何処から来たーとか親はどうしたーとか聞かれたけど答えなかった。優しいひとだったからね、言ったらきっと家まで行って親に怒ってくれただろうね。でも帰りたいとはどうしても思えなかった。そしたらお爺さんはそれ以上何も言わずに僕を置いてくれたよ。それからは僕の事を本当の子のようにしてくれた。勉強や家事、狩猟などもそこで教わったんだ。…だけどしばらくしてお爺さんは死んでしまった。多分寿命だったんだね。とても悲しかった。死のうとも考えた。でもそれはきっとお爺さんは望まない。生きてほしいから助けてくれたんだと思う。そう思うと無下に死ぬなんてできなかったよ。そこからは多分ここにいるみんなと同じ、必死に生きる術を探してこの学校を見つけて入学したってわけさ。だから僕には大それた夢とか叶えたい野望とかはない。ただ精一杯に今を生きてるだけ。......以上ご清聴ありがとうございました。」