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赤外線カメラの特徴に服を透過してしまう効果がある。それは布地が薄かったり、肌に密着しているほどに効果が表れる。しかし何よりひかりがターゲットだったのが最悪だった。残暑が未だ残るこの季節に密封された部屋は温度は高く、薄着になってしまうのは必至。さらにただでさえ汗だくになりそうなところをひかりは徘徊する役目だったはず。誰よりも汗を掻いているだろう。それに伴いカメラに映る回数も多くなる。恐らくこの映像にはっきりとあの火傷の痕が刻まれた姿が写っている。このカメラを壊せばそれは済む話だが水無月さんが既にあの傷を知っている以上、何度でも撮影のチャンスはある。……でも。
「やっぱりわかんないな……。ひかりとは友達なんだろ?もし俺や海雪がひかりに近づいて欲しくないならわざわざこんなことしないで言ってくれれば。」
言ってくれれば……どうするのだろう。海雪ならまだしも、俺はひかりからは離れられない。
「ほんとにわかってないんですね。……ここは暑いですし場所を変えましょう。」
俺の事なんて気にも留めず、水無月さんは部屋を出ていった。ここで閉められてはどうしようもないので、俺も後についていった。
鍵を職員室に返した後、水無月さんは屋上に向かって歩いた。俺も無言のままその後ろを歩いた。側からこれを見たら勘違いされそうだな。閉まってると思った鍵は開いており、出てみると辺りを一望できた。太陽が沈みかけ、眩しいほどのオレンジが街を染めていた。ふと下を覗くと大きな火の回りで踊っている高校生が見える。
「ひかりちゃんは佐藤君と踊っているんですね。なかなか絵になってます。」
俺と同じように下を覗きこむ水無月さんが楽しそうにそう言った。風でかき消されてしまいそうなほど小さい声だったが、俺には確かに聞こえた。そして2人のダンスが終わりどこかへ行ってしまうと、水無月さんは顔を上げ、俺と向かい合った。そして小さな声で「もし私がこんなことをするのか教えてほしければ、3秒以内に抱いてください。」と決して冗談を言っているような顔つきではなく、そう言った。
正直気は全く進まなかった。こんなことに何の意味があるのかわからなかった。しかし考える時間も無く俺は水無月さんを抱いた。これがきっと水無月さんの罠だと思いながらも。
バンッ、と勢いよく扉が閉まった。扉から僅かに見えた、黒く輝いたその綺麗な長い髪の毛はあかりだとすぐにわかった。
「もういいです。離してください。」
俺が解くより早く水無月さんは俺の手を解き始めた。俺はただ惟みた。この行動の意味、なんであかりが居たのか。だけどどうしても何かが1つ足りない。……きっとそれはこいつが知っている。
「言え!お前の知ってること全部ここで吐け!さもなくばここから突き落とすぞ!」
「落とせばいいじゃん!あなたは一度彼女を落として殺したんじゃないの!?その時と同じようにすればいいだけだよ!」
「俺は!…」
…………………………。
「…….ごめんなさい。君にそんな気持ちがなかったのは知ってる。散々ひかりちゃんに聞かされたよ。君は不器用なだけ。本当はとっても優しい人だって。」
「……俺もひかりを守りたい、水無月さんもひかりを守りたい。目的が一緒なら手をとり合うこともできるんじゃないのか?なんで俺達がぶつかり合ってる?なんでひかりのためと言って、ひかりがここにいない?ひかりが俺たちに一度でも助けを求めたか?」
ひかりは俺達なんかよりずっと強い。そんな矮小な存在ではない。そんなこと水無月さんだってわかってる。俺とこの人は限りなく近いところにいる。あと1歩でも近づけば触れられるほどに。
「私はどうすれば良かったのかな。」
「別に、カメラ壊してそれでまたいつも通りに過ごせばいいだけだろ。取り返しのつかないところにいるわけでもあるまいし。」
「そっか。そうだね。……あー。何だかなぁ。何か微妙な心境になっちゃったから今日はこれでもうお終い。」
「は?」
「君だって内心桜花さんを追いかけたいんでしょ?」
それはそうだけど。水無月さんをこのまま放置してもいいのだろうか。結局この人があかりを遠ざけたかった理由も分からず終いだし。
色々と考えてると背中を叩かれた。
「考えすぎだって、もう本当に何にもしないから大丈夫。それより少しは本能に従いなよ。君は今、何をしたい?」
まさかこの人にそんなことが言われるとは思ってもなかった。この人は多分俺が思ってるよりずっといい人だ。
俺は頬を叩くと全力で走りだした。
「朝、『私を嫌っても構わない』って言ってたけど、俺水無月さんの事嫌いになれないわ!水無月さんに悪役は無理だよ!」
「……うるさいです。」
さっきあんなにも怒ってたのに何故か今はそんな気持ちは微塵もなかった。俺はあかりのところまで全力で走った。