55
文化祭は9時から13時までが前半、13時から17時までが後半となる。先ほど13時を迎え、水無月さんとバトンタッチをした。その際水無月 さんからカメラと「文化祭実行委員」と書かれた腕章を授かった。これで忽ちあなたもモッテモテ!ついでにカメラは水無月さんの私物。
「もし傷1つでもつけたらひかりちゃんに『昨日神蔵さんに唇奪われた』って言いますから。
え?私からしてきた?何言ってるんですか?あなたが振り向く際に偶然を装ってしたんですよ。
は?君となんかキスしたくなんかなかった?そんなの私もですよ。人生最大の恥辱です。昨日どれだけ唇を洗ったと思ってるんですか。
ん?何でそもそも昨日呼び出したか?……減らない口ですね。これ以上詮索するようならひかりちゃんと鎧塚さんと佐藤さんに『乱暴された』って言いふらしますよ。」
てな訳で俺は絶対にカメラを傷つけるわけにはいかなくなった。とりあえずは落下防止のため首からかけておくことにした。
それにしてもお腹空いたな。どこか近くにご飯を食べる場所が……あった。
「あ!夜一さん来てくれたんですか!よかったです、昨日午後の方しかいないって言ってなかったので。どうぞこちらへ。」
案内されたのは2人席。1人の身としては何だか申し訳ない。
「俺は1人席でいいよ。こういうのはカップルとかの為にあるようなもんだし。」
見ると明らかにそんな感じの雰囲気が出ていた。何というか、ハートの主張が激しかった。少しは抑えなさいよ。こんな恥ずかしいの誰が座るの。
「あ……。実は今日休みの子が出たので、私が代行してほとんど1日働くんです。だからご飯まだ食べてなくて……。あ、いえ、なんでもないです。……1人席、ご案内しますね。」
あかりは力なく笑い、足先を変え、1人席に向かう。何を言いたかったのかはさすがにわかる。あー、もう!俺はその手を掴み歩みを止めさせる。困惑の表情を浮かべるあかりに、俺はなんていうのが正しいのかわからない。
「1人のご飯は、寂しい。もしあかりが良ければ一緒に食べたい。」
わからないから素直な気持ちをそのまま伝えた。すると俺の言葉にあかりは困惑から一気に笑顔となった。弾けんばかりの満面の笑み。大きな声で「喜んでっ!!」と言った時の笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
席に着くと周りからなんとなく視線を感じたが、多分気のせい。「海雪は?」と聞くと飲み物を飲んでいたあかりは、目線を調理場の方に向けた。調理場は壁に囲まれていて見えないからその姿を見ることはできない。と思っていたら両手いっぱいに料理を持った海雪が出てきた。どうやらウェイターとして働いてるらしい。女性客に料理を持ってくと写真をお願いされていた。周りの女性客も羨望の眼差しで見つめている。
「お客さん独り占めですね。」
「あかりもそうだったんじゃないか?」
さっきから入り口付近で「桜花さんはどこいますか?」と尋ねる男子が頻繁に訪れてる。さぞ人気があったことだろう。悪いが桜花さんは借りてますよ。
しばらく他愛のない話をしていると海雪が料理を持ってきてくれた。焼きそば。定番だね。
「お前らって付き合ってんのか?」
開口一番に何を言っているのか。冷静な俺の反応とは反対に、あかりはジュースを噴き出すという漫画でよく見る、しかし実際見たことない見事な反応を見せた。発射されたオレンジジュースを俺は見事顔面キャッチ。いや、キャッチはできてないんだけど。まあともかくびしょ濡れになった。
「ご、ごめんなさい!すぐにタオル持ってきます!」
言うが早いかあかりはどこかに飛んで行ってしまった。
「……海雪。」
「なんだ?」
「わかってやったろ?」
「あそこまで見事に反の「ソイヤッ。」…う…。」
2人仲良くずぶ濡れになりました。
置いてあった体操服に着替え、ご飯を食べ、謝り続けるあかりに別れを告げた後、俺は委員の仕事に明け暮れていた。壊れてしまったカメラは海雪が責任をもって今日中に直すとのこと。俺はその代わりに借りたデジタルカメラを首から掛けている。正直水無月さんのカメラは取った写真を確認できないタイプだったからこっちの方が使いやすい。店を出てからはこの腕章のおかげであっちこっちに行く羽目となってしまい、気付いたら終了まであと少しだった。その時になってまだ自分のクラスに行ってないことを思い出し、少し速足で多目的室まで向かった。
多目的室にはもうお客さんは見えず、受付の水無月さんの姿も見えなかった。終わってしまったか。でも多分写真は水無月さんが撮っているから平気だろう。そして入り口には見知った顔があった。
「あ、夜一兄さんだ。ひかりちゃん、夜一兄さん来ましたよ。」
「ほんとだ。ちょっと、仕事が忙しいのはわかるけど妹ほったらかして、自分のクラスにも来ないってどうかと思うんですけど?」
ぐうの音も出ない。ド正論だ。しかしひかりが少し怒ってたのも一瞬だった。
「あ、そうだ。そのカメラで記念写真撮ろうよ。」
俺は何となくカメラが好きじゃないので断ることにした。
「俺は遠慮しておくよ。それより2人撮ってあげるから、なんかポーズとかあればどうぞ。」
ひかりは大きく手を前に突き出し、大きな笑顔でピースサイン。篝は微笑み、顔の横に小さなピースサイン。なかなかいい写真になりそうだな。
「……。」
「な、なんか言ってほしいかも。」
「え、あ、ああ。はいはいチーズ。」
「「雑……。」」
カシャ、と無機質な音が響いた。
俺は2人に聞こえないよう、小さく溜息をついた。