54
「遊びに来てくださいね!」と言うあかりの声を背に、俺と幸生は学校を出た。
「お前なぁ!」
うお、びっくりした。は?何?
「あのあかりちゃんがメイド服で『おかえりなさいませ、御主人様。』とかやるんだぞ!都会のバイトでやってる奴らとはレベルが違うんだよ!レベルが!」
「落ち着「何でお前はそのあかりちゃんを前にしてあんな冷静なんだよ!?ホモか?ロリか?ブス専か?2次元か?」」
肩を掴まれ熱弁されても。とりあえず都会のバイトの人に謝れよ。土下座してこいよ。と言おうとしたが理不尽に殴られそうだったので、あかりを見て思ったことを素直に述べた。幸生は「おぅ、おぉ…」とアシカのような声で照れ臭そうにしている。何でお前が恥ずかしがるんだよ。
「ねぇねぇ、夜一兄さん。明日時間あるとき案内お願いしてもいい?」
夕飯時篝にそう頼まれた。もちろんいいよ、と言ってあげたいのは山々なんだが、委員の仕事でみんなの写真を撮って回らなければならない。去年の文化祭で携帯の紛失、盗難が多く報告されたので、学校は文化祭当日はクラスの担任に預けるという形をとるらしい。そのために俺と水無月さんが学校を回って写真を撮らなければならない。委員会なんて名前だけのただの便利屋だな。そのため仕事の時間は受付を、休憩時間は写真撮影をと一切の休みも許されない。果たして俺はあかりとの約束を守れるのだろうか。そのために篝の案内は時間の空いた時にひかりにお願いすることにした。
その時携帯に一通のメールが届いた。
『学校で待ってる。
水無月 姫姜』
空気は夜になっても蒸し暑く、少し歩いただけでも汗が体中から噴き出してくる。
「あの野郎絶対に許すまじ。」
文化祭の準備のためか、校舎の門はまだ閉まってなかった。とはいえ中はほとんど校内は真っ暗で、壁伝いで行かないと危うく転んでしまいそうになる。そういえば学校で待ってると言ったが場所は多目的室でいいんだろうか。とりあえずは多目的室に向かったが、もしかしたらと思い、一応途中にある自分の教室も見てみた。
ビンゴ。
月明かりが仄かに照らす教室に水無月さんがいた。その姿に不覚にも絵になるな思ってしまった。こちらには気付いた様子もなく窓に背を預け外を見ていた。見つけたからには怒鳴ってやろうなんて考えていたが、なんだかそんな気も起きなかった。だけどこんな時間に呼び出すのは非常識ではある。
「一体今度はどうしたんですか。前日くらいは休ませてほしいんですが。」
「あ……、本当に来てくれたんだ。」
何だ?なんかいつもと違いすぎてペースが崩される。いつもなら「遅いです。女の子を待たせるなんて考えられません。人として論外です。最低です。話になりません。5回ダンプに轢かれた後東京湾にでも沈んでてください。」ぐらい言いそうなのに。
俺が立ち尽くしていると水無月さんはこっち来て、と手で招くのでとりあえず近付く。手招きをやめるころには1メートルもないくらいに近づいていた。傍から見たらこれはまずいですぞ。不純ですぞ。なんてふざけてる余裕なんてない。本当にこいつが何をしたいのか分からない。前に俺と海雪の事を怖いって言ってたはず。それなのにこの状況はいくら何でもおかしい。なんで自分からそんな真似をする。そこまでしてこいつが得られるものは何だ?俺から得られるものは一体なんだ。
熟考が仇となったか、俺はずっと俺の背後一点を見つめる水無月さんに気付いていなかった。その顔はまるで幽霊でも見たようなものだった。俺も急いで振り返るがそこには何もいなかった。
「誰もいな」
俺の言葉は最後まで続かなかった。水無月さんに視線を戻そうと首を向けると、先ほどよりもさらに近づいた、もはや目と鼻の先の水無月さんがいた。そして俺は抵抗する間もなく唇を奪われた。
「もうこれで十分です。」
窓越しに何かが光った気がした。
文化祭が始まると学校の活気は凄かった。俺は午前中クラスの仕事で受付、午後は委員の仕事で写真撮影が入っていた。水無月さんはその逆。幸生は午前に仕事、ひかりは午後に仕事だった。
思いの外受付という仕事は楽だった。「在学生ですか~」「お名前をこちらに~」それを言って記録するだけ。なるほど、悪くない。
そろそろ12時に差し掛かろうとした頃、ひかりと篝の姿が見えた。
「あれ、兄さんは何か仮装とかしないの?」
受付にそんなものを求められていないと思う。衣装係だってそんなに暇じゃない。
「大切なのは中身だよ。とりあえず楽しんできて。」
回転率の為あまり長話はできなかった。まあ別に同じ家に住んでいるんだから、帰ってからでも話はできる。
「なんか夜一、顔色悪いよ。ちょっと休んだほうがいいんじゃない?」
別れ際そんなことをひかりに言われた。確かに昨日はあまり眠れなかった。あの後結局水無月さんは小走りで帰っちゃうし、見回りの先生には怒られるし。それで朝来たら水無月さんに「あなたには申し訳ないことをするから、嫌ってもらっても構わない。それでも私は友達を危険な目に合わせたくない。」なんて言われたら、俺はいよいよどうすればいいんだよ。本当にわけわかんない。