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職員室を後にし、そのまま下駄箱へ向かう。オレンジに染まる校舎。運動部の掛け声が微かに聞こえる。そしていつかのあの日みたいに彼女はそこに立っていた。けれどあの時とはもう違う。俺は彼女を知っている。
「遅かったですね、先生に怒られてたんですか?」
「俺はそんなヘマはしない。」
どうやら俺を待っていたらしい。俺なんか待ってないで早く帰ればいいのに。溜息を1つ。
「1人の帰り道はちょっと寂しいじゃないですか。」
俺の考えを見透かしたように、あかりは言った。長い時間一緒にいると考えがわかるものなのだろうか。確かにこの頃は1人でいると寂しさを感じるようになってた。やはり俺は孤独というのが嫌いらしい。
「なあ、あかり。」
ふと気になったことがあった。
「最初に会った時、覚えてるか?」
「それはもちろん覚えてますよ。」
それがどうかしたんですか?という顔をしている。そういやもうあれから4か月くらい経つのか。
「あの時さ、6限と7限の間だったけど、あの時あかりも帰ろうとしてたのか?」
俺はあんまり教室内でのあかりは知らないが、授業を早退するような生徒には思えなかった。間違いなくあかりは真面目な部類の生徒だと思う。
「体調不良で早退しようとしてただけですよ。あ、じゃあ私はこの辺で。」
軽く頭を下げた後、俺とは反対の道に歩いて行った。これからバイトでもあるのだろうか。
早退なら極力早く家に帰るべきだと思うけどな。あかりの返事をどこか納得できない自分がいた。
家に帰るとひかりが誰かと電話をしていた。俺は邪魔しては悪いと思い、そそくさと部屋に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待って。今、夜一に代わるから。」
え、俺?
「はい。」
いや、誰?
「...よお。」
「ああ、幸生か。今日どうしたんだ?学校なんか休んで。学校に戻ったらぶっ飛ばすとか言ってなかったっけ?」
「いや、そのつもりだったんだけどな。昨日の夜、俺が風呂入ってるときに電話があってな、『クラスの子から電話あって明日休みになったらしい。』って。だから今日昼過ぎまで寝てたんだが、実際今日学校あったんだろ?全く誰だよ、ほんと迷惑だわ。」
確かにそれは迷惑だな。
「でも今日は始業式の後に少しプリント配ったら終わりだったから別に休んでも問題はなかったぞ。」
でも少し気になるな。別に幸生は恨まれるような性格はしていない。寧ろ誰にでも明るくて好かれる性格だと思う。しかもほんとに今日休ませたところで何の意味もない。
「そのことはさっきひかりから聞いた。それよりもお前にはそいつを誰か暴いちゃくれねぇか?報酬はかわいい女の子を紹介する、で。それじゃあよろしく!」
俺にとって何一つメリットのない頼みだった。
投票で集まった紙は39枚。幸生がいなかったからそれはいい。でも白紙の中にあった紙はどちらも綺麗で、破かれた後は何もなかった。一方お化け屋敷に少し破けた紙が入っていて、何やら消した後も残っていた。作為的に俺の紙をお化け屋敷に入れたんだろうな、多分。そしてそれができるのは多分委員の水無月さん1人だけ。
なんか変なことになってきたな。
それからは授業と文化祭の準備が入り混じった日々が続いた。俺は委員のせいでだいたい遅くまで作業させられ、帰るのは7時半頃だった。そして日が近づくごとに比例して仕事の時間が増えていった。朝早く駆り出され、休み時間を削られ、授業後は遅くまで残って作業、土日出勤。まさに社畜。学生は青春のためにこれほどまでに努力するものなのだろうか。それとも文化祭に向けたこういった作業もまた青春の1つなのだろうか。
俺達は多目的室でお化け屋敷をすることになった。文化祭1週間前になり、この教室で授業もしないというので、今日から拠点がここになった。しかし多目的室というのは名前の通りとても広いため、そのための段ボールの必要数も量がすごい。
そんな訳で今は水無月さんと段ボールを取りに行ってる。が、これが気まずいこと限りない。別に同じ委員だからと言っても話すのはいつも事務的なことだし、「なんで俺の紙勝手に細工したの?」なんてことは確信もないのに絶対に言えない。なので少し遠まわしに攻めていこうと思います。
「水無月さんはお化け屋敷とか好きなの?」
「特に好きでも嫌いでもなく。」
「てっきり好きなんだと思ってた。結構一生懸命作業してるように見えたから。」
「失敗はしたくないので。」
なんとも微妙な……。よくひかりはあんな自然に話せるな。多分俺に全く興味ないからこんな返事なのだろう。でもさ、高校の放課後で2人きりだよ?こういう時なんかつい相手の事意識しちゃうやつあるじゃないですか。え?ない?そうですか。
「神倉さんは桜花さんと仲がいいんですか?」
藪から棒に。桜花さんとはあかりのことでいいんだよな?しかしなんでまたあかりの名前が。
「自分ではそう思ってるけど...。もし友達になりたいとかなら紹介するけど。」
「それならひかりちゃんに頼みます。それに友達になりたいとは思いませんので。」
素直な子ですね。自分の意見をはっきり言えることはいいことです。婉曲な言い方は時に相手を不快感にさせてしまうものです。
段ボールを持って帰ってくる頃にはすでに下校時間ギリギリだった。学校は閑散としており俺たちの足音だけが響く。いや、別に怖くはないからな。
「コっ!?」
なんだ消火栓のランプか。
「キョ!?」
なんだ鏡か。
「オッ!?」
「……さっきからビビりすぎでしょ。寧ろ水無月さんの奇声のほうが怖いわ。」
「……うるさいです。」
さっきまで気の強い子だと思ってたが案外かわいらしいところもあるんだな。
「それに...。」
今まではただ怖いといった感じだったが、今はおぞましい、畏怖、戦慄といった感情が読み取れた。
「私はあなたたちのほうが怖いです。」