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俺は作戦の前に色々と考えていた。伸紘は10年以上俺を憎んで生きてきた。それならきっと逮捕され釈放されても、また俺のところにくるだろう。何度でも殺しにくるだろう。つまり根本的なものをどうにかしないと解決しない。そうなれば簡単。俺はあいつに殺されたように見せればいい。そうすれば殺人未遂でさらに刑務所に長くいることになるし、釈放されても、俺は死んだと思ってるからもう姿も現さないだろう。そうなると周りに人がいるとだめだな。死んだふりをしてもすぐにバレる。まあ、ひかりには事前に「何かあったら逃げろ」と言っておけばいいし、十中八九ボディーガードの中に裏切り者はいるからいっか。みんながわちゃわちゃやってる中、俺は伸紘の殺される。確かあの公園は明日イベントがあったはずだから、その時に事が起きればきっと誰かが警察だったり呼ぶだろう。そうして無事伸紘は俺が死んだと思ったまま捕まり、俺は無事生還。
「こんなものか。」
「確かに、夜一さんの作戦は本当にすごいです。伸紘さんの釈放後なんて考えてもいませんでした。...でも夜一さんは傷つきました。自身を危険に晒すことを前提にしていることは絶対良くないです。」
「だったら他に良案でもあったか?」
あかりがそんなもの持ってるはずがない。持ってたらとっくにそれで反論してるだろうしな。ちょっとこの言い方は酷いかも知れないけど、別に俺が傷つくことなんかどうでもいい。
「夜一さんは、心のどこかで傷つきたいと思っていたのではないですか?」
「変な事を言うな。誰が進んで傷つきたいなんて思うんだよ。今だって生きてるけどそれなりには重症だぞ。」
「蓮香さんが亡くなったことに、あなたには何の罪もありません。もしも贖罪としてあなたが傷つくことを望んだのなら、それは御門違いです。」
なぜいま蓮香さんのことが出てくるのだろうか。俺は疑問に思いながら同時に、なぜか一抹の苛立ちを覚えた。
「結局夜一さんは過去に縛られてるんですよ。全て自分の責任にして。」
あかりの言葉に苛立ちが増す。知ったようなことを言うなよ。
「だったら、忘れろっていうのか。過去から目を背けて、なかったことにするのが正解なのか?詭弁だろ、そんなの。」
あかりは首を横に振り、少し懐かしむような目で囁くように言った。
「『過去を忘れるな。しかし縛られるな。いつかそれは思い出話になるから』。私が昔聞かされた言葉です。すごい無責任な言葉ですよね。でも、私は好きですよ。」
ほんとに無責任な言葉だな。つい拍子抜けしてしまった。おめでたい考え方このうえない。つい笑ってしまいそうになるほど。
「仮にも母親が目の前で父親に殺されてんだぞ。そんなのが思い出話になるかっての、全く。そいつの頭の中なんか詰まってんじゃないのか?」
「...…そうかもしれないですね。きっと何か詰まってたんですね。」
「夜一、見ず知らずの人の悪口言っちゃだめだろ。」
「モブは引っ込んでなさい。」
「主要だろ!」
何だかもう、どうでも良くなってきた。とりあえず事は終わったんだ。たまには頭を空っぽにして、難しい事を考えたくない。
それからは本当に他愛のない会話が続き、気付けば夜に差し掛かっていた。
「そろそろお暇しないとですね。」
「じゃあ俺はちょっとトイレ行ってくるわ。」
幸生が部屋を出ていき、あかりが帰りの支度を始めた。
「ありがとな、あかり。何かモヤモヤしたものが取れて楽になった気がする。なんだか俺が助けられてるみたいになっちゃったな。」
「それはお互い様ですよ。それに私たちは友達じゃないですか。」
…...友達、か。
「.…..そういや3日後、俺の退院と合わせて蓮香さんの墓参りに行くんだがあかりもよかったら来るか?急だから予定とかなければ。」
「予定は特にないので皆さんが良ければ是非私もご同行したいです。」
なぜだか途中からずっとあかりの元気がない気がする。元気がないというか、憂いているような。懐かしんでるような感傷的なような。こういうときにはなんと声をかけるべきなのだろうか。
「さっき言ってた言葉さ、俺も好きだよ。アホみたいに楽観的だけど、なんか気に入った。もしできるならその人に伝えてくれないか?『ありがとう。』って、『少しだけ前に進そう』って。」
少し恥ずかしいセリフだな。あかりさん、黙ってないで何かアクションを。言葉のキャッチボールをしよう。
あかりの顔を見ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。そこまでの事を俺は言ってしまったのか。もしかしたら痛々しいとか思われてるのかも。
「ああいや~すまん今のは聞かなかったことにしてください。(裏声)」
「いえ、伝えます!...…絶対に伝えます。ありがとう、ございます。」
「あかり...…?」
目の前の少女の目にはたくさんの涙がたまっていた。弾けるように笑うと簡単に零れ落ちていった。彼女が泣いた理由はわからなかった。けれどそれは知らないままでもいいと思った。
「はぁ~い、夜一君。僕がトイレに行ってる間に何してるんだい?釈明、弁明、言い訳、遺言などがあれば聞くよ?」
「異議あり。最後のは本件と関係がありません。あかりさん、自分が無実で証言を。」
「秘密ですっ。」
こりゃダメだ。
「judgement.guilty.」
「...あ、嫉妬?」
「ぶっ殺してやる!!」
その後またも看護婦さんにしごかれた。「今度騒ぎを起こしたら~、私、間違って別の薬で討っちゃうかも」と注射針で首筋を撫でまわされたときは、死を身近に感じた。
「じゃあまた時間が空いたら来ますね。それではお元気で。」
「学校に戻ったら今度こそぶっころs...あ、じゃあね。お大事にね。」
2人に別れを告げ、看護婦さん監視のもと、また部屋に戻った。さっきまでいたはずのその部屋が途端に寂しく感じた。あかりも家に帰るとこんな感じなのだろうか。
窓から身を少し乗り出し風を感じる。まだ生温い風だが微かに秋を感じさせるものだった。窓から見た景色はいつもより鮮やかに見えた。
「明日ありと 思う心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは……」