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伸紘がナイフを投げてくる。咄嗟に避ける。躱す隙を突いて腹を殴って来た。これは躱せないか。せめて受け止めて..….。しかし受け止めた手に激痛が走った。今度はメリケンサックかよ、どんだけ武器持ってんだよ。骨、折れたか?そして今度は蹴りが飛んできた。今度はまともに食らってしまい吹っ飛ぶ。くそったれが。口から血が出てきた。
「おい、どうした。立てよ。こんなものじゃないだろう。必死に頑張って来たんだろう?」
「...っせーよ。そもそも武器なんかに頼って勝ち誇ってんじゃねえよ。情けなくないのか?」
「俺だってもう40だぜ?こんなおっさんに何のハンデもなしに勝てってほうが無理だろ。」
そしてさらに数発蹴りをもらう。
おかしい。なんでこいつこんなに強いんだよ。多分武器なんか使わなくてもステゴロでも強い。
「お前は3年だったっけか?」
は?
「俺は7年くらいだったからな。いや、ほんときつい。何度も死にたくなる。だけど人間割と本気になるとできいるもんだな。あの野郎ほんと容赦なさすぎる。」
ポケットから煙草を出し、吸い始める。
「……煙草は禁止だったはずだろ。忘れたわけないだろ。」
なるほど。この男がこうも強い理由がよくわかった。いや、そんなことはどうでもいい。なんとかしてひかりだけでも逃がさないと。そういやひかりどこに行ったんだ?周りを見ても姿が見えなかった。
「あの女ならとっくに逃げたぜ。まあしゃあないよな。お前が、弱いから、誰も、守れないから。」
...良かった。ひかりはもう逃げたのか。これでいい。ゴホッと咳と同時に血が噴き出る。
「さてと。あんまりのんびりしてると面倒事が増えるだけだし、とっとと逝きますか。何か最後に言いたいこととかあるか?」
「お前さ、俺を殺した後、どうすんの?」
今思ったことを尋ねてみた。こいつにとっての生きる理由がなくなるのだ。そういや幸生はひかりがいなくなると思った時、自殺を図ったな。
「さてね。どうしたものか。その時にでも考えてみるよ。んじゃ「選択を.…..。間違えるなよ。それこそ今まで以上に苦しむぞ。」」
正直もう話すのもきつい。あと数発でもパンチや蹴りをもらえば意識はなくなるだろうな。
「おい、どういう意味だ。今ここで吐くか、全て失ってから吐くか、どっちがいい?」
伸紘は煙草を俺の撃たれたところに擦る。尋常じゃない痛みが襲うが、ここで意識を失うわけにはいかない。もう少しだけもっててくれ。
「今のお前は、人を不幸にすることだけでしか喜びを感じてないんだよ。わざわざ俺を殺すなんて無駄なことはやめて、もっと自分のために生きろよ。人を憎む事を目的にする人生なんて、そんなのないだろ。」
伸紘の顔には表情が感じられなかった。無機質な瞳がわずかに潤んだ気がした。それでもまだ俺の言葉は足りなかった。
「まさか息子にこんな風に言われるとはな。...そしてその言葉にわずかでも俺の心が動くとは思いもしなかったよ。だけど悪いな、もう終わりだ。」
伸紘はポケットから銃を出す。
「じゃあな。」
パンパンパンと、弾丸は胸部に3発命中した。誰かが俺を呼ぶ声が聞こえたが、そこで俺の意識は消えた。ほんともう、きっついな...。
私は作戦当日、自宅、ではないですが最早ほとんど自宅と言って差支えない神倉家にいました。ひかりさんと夜一さんだけで行くと聞いた時は止めたかったですが、私が出て行っても何にも役に立てないのも事実。ただ2人の安心を願うことくらいしかできません。家族の皆さんもただ時間が経つのを待つばかりでした。お昼になってもお腹は全くすきませんでした。篝さんが気を利かせてお茶を持ってきてくれましたが、一口しか飲めませんでした。
そして突然玄関の扉が開きひかりさんが飛び込んできました。大量の涙を見て事態は最悪に進んでるとすぐにわかりました。
「夜一が、夜一が死んじゃう...。私、逃げることしかできなかった。ごめんなさい、ごめんなさい...。」
私は家を飛び出し公園まで全力で走りました。走ってる最中、色々なことが過りました。夜一さんと初めて会った時、父親から守ってくれた時、篝さんと3人でショッピングに行ったとき、私を家まで送ってくれた時、テスト勉強をしたとき、家でたくさん遊んだ時。他にも数えきれないほどの思い出をもらいました。
ようやく公園に着くと、たくさんの人だかりができてました。警察の人も私とほとんど同時に着き、中に入っていきます。遠目に見てるなんて耐えられません。私も警察の方を無視し、夜一さんのところに向かいます。
夜一さん、あなたが死ぬなんてことはありませんよね?「危なかった~」とか「マジで死ぬかと思った...…」言って戻ってきてくれますよね?
…...私どうしても叶えなくちゃいけない願いがあるんです。せめて...
「パン!パン!パン!」
乾いた音が私の耳に響きます。そしてその方向に立ち尽くす男の人。そしてその足元に夜一さんがいました。
嘘、ですよね?まさか死んだりなんかしませんよね?
「夜一さん!!」
急いで夜一さんに駆け寄ります。腕や口から血が流れ、意識はありません。でもこれなら致命傷にはなりません。しかし胸に空いた3つの穴。
「よ、夜一さんのことだからきっと、防弾チョッキ、みたいなものを、」
縋るような思いでした。ですがわずかにでも希望があれば...。
服の中に手を入れると肌ではない固い感触がありました。そしてそこで銃弾がそこで止まっていました。
涙が途端に溢れてきました。
「うっ...うっ...。良かったです。」
やはり夜一さんは死なないですよね。良かったです、ほんとうに。
「ちょっと君どいて!」
救急の方たちにどかされ、私は3歩ほど下がりました。未だ足に力が入らず座りこんでしまいました。夜一さんを殺そうとした伸紘という方は、高笑いしながら警察の方に捕まり連行され、後ろ姿しか見えませんでした。他にも何人かが警察に連行されていきましたが、あの方たちは伸紘さんの仲間でしょうか。
これで一件落着。皆さんもなんとか無事で何よりです。
本当にそう思いたかったです。
「この男性呼吸ありません。心臓停止しています!」
え?
なん.….で ? こう なるんですか?