39
盗賊の女の子は彼女を自分の家まで運びました。そしてご飯を与え、水を与えました。王女様も最初は断っていましたが、盗賊の女の子の残念そうな目を見ると、降参し、おいしくいただきました。それから何日か経ち、王女様と盗賊はとても仲良くなりました。しかしそんな日も長くは続きませんでした。国を裏切った王女を捕まえ処刑すると、各地に兵を送りました。王女様たちは外で談笑しているときに襲われ、その際盗賊の女の子が足を大けがしました。難を逃れたものの、捕まるのはもう時間の問題です。王女はこれ以上この子に迷惑はかけられないと、別れようとしました。
「私が捕まればあなたは助かる。だからここでお別れにしよ?.....じゃあね。すごい、すっごい楽しかった。」
涙をこらえきれず、王女様はその場を去ろうとしました。けれど盗賊の女の子は手をしっかりと握り、離してくれません。
「私が君を助けた理由を知ってる?」
突然の質問に、王女様は振り向きます。
「私は前、あなたの住む城の近くに住んでました。明日生きていくことも困難で、何度も死にたいと思いました。あなた様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、あの時もらった励ましのお言葉と笑顔がどんなに嬉しかったか。私はその時、初めて生きたいと心から思えました。もしわたくしの願いが叶うならば、このままずっと良き友人としてお傍にいたかったです。」
「何で今、そんなことを言うの?」
王女様は何となくその理由はわかってました。
「私は盗賊にございます。変装もお手の物です。ずっと汚く汚れたものだと思ってましたが、今は自分が盗賊であってとても嬉しいです。」
王女様は盗賊を抱きしめます。精一杯の力を込め逃がさないようにしますが、優しい王女様にはそんな力はありません。
「嫌です!絶対に嫌です!あなたは助かるんです。生きて幸せになるんです。もう2度と、誰も私のせいで死んで欲しくないのです!」
盗賊は優しく王女様に語りかけます。
「王女様はご存知ですか?王女様が捕まったと聞いた時、民はみな城に攻め込んだんですよ。まあ結果としては武装した兵には全く敵わず、ほとんどが殺されてしまいました。ですが勝てないことなど最初から百も承知の上でした。」
「皆さんは、餓死ではなかったのですか。..….でもなんで?」
盗賊は優しく王女様を抱きました。
「それでも王女様を助けたかったのです、たとえ負け戦になっても。それほどにまで、あなた様はみなから愛されていたのですよ。もちろん私も愛してます。その王女様を助けられるなら、私は喜んで死を受け入れましょう。」
「やだ……やだ!やだ!」
王女様は泣きじゃくりました。今まででどんな時よりも泣きました。駄々を捏ねる子どものように。
「この先王女様は私をお忘れになられますか?」
「忘れない!絶対に、忘れない。……死んでも、忘れない。」
盗賊は静かに微笑みました。まるで後悔や恐怖が微塵もないように。心の底から幸せだと思えるほどに。
「なら大丈夫です。あなた様がお忘れにならない限り、私はいつまでも生き続けます。傍にいて、見守らせてもらいます。……すみません、厚かましい限りですが、どうか私の最後の約束を聞いてもらえますか?」
「なんで、そんなことを言うの?あなたは、生きるんだよ?」
大粒の涙を流す王女様に盗賊は満面の笑みで言いました。
「生きてください。たとえどんなにつらくても。そしてその優しさをどうか忘れないでください。……大好きですよ。」
王女様が何か言う前に、彼女の意識は消えてしまいました。盗賊は大量の涙を流しながら王女様を茂みに隠し、そして王女様に成りすましました。「さようなら」と小さく呟くと、もう2度と後ろを振り返りませんでした。それからしばらくした頃、王女の処刑が行われました。最期までその王女は笑っていたそうです。
海雪は話終えるとこちらを見てきた。「どうだった?」という意味だろうか?
「いや、まあ悲しい話だなって思ったよ。彼女には是非幸せな人生を送ってほしいな。」
「ついでにこの話、嘘じゃないからな。」
はて、何かの史実にこんなのがあったのだろうか。シェイクスピア4大悲劇とか?いやでも違うか。
あれこれ考えていると扉が勢いよく開けられた。
「ちょっと海雪さん!何言ってるんですか。やめてくださいよ!」
顔を赤くした訪花がずかずかと海雪の机の前まで行き、バンバンと机を叩き始める。あれは壊れるのも時間の問題だな。
「別に他人に言わないでとは言われてないし。」
「うるっさいです!」
ベキョ、と机が悲鳴を上げる。会心の一撃だ。何の罪のない机がかわいそうでたまらない。
「夜一君も」
急にこちらに火花が飛んできた。
「他言無用でお願いね。」
「あはは....…はい。」
訪花、それは約束とかお願いではなく脅迫とか恫喝っていうんだ。じゃあなんだ、もしかして目の前のこの女性が元王女様なのか。それならなんだかすごい経歴の持ち主だな。あれから大きくなられましたな。
「ところで海雪、なんでこの話を俺に聞かせたんだ?なんか意味あんのか?」
本人に黙ってこんなことをするのはよくないなんてわからないはずがない。誰にだって話したくない秘密の1つや2つはみんな持ってるものだ。海雪にだって、もちろん、俺にだって。
「お前は俺に何か聞きたいこととかってあるか?」
それが俺の質問の答えに繋がるのだろうか。海雪は本棚で何かを探しつつ俺に言った。だが正直に言って海雪に聞きたいことなどない。というかこの場合はたとえあっても聞かないだろう。そして恐らくこの後に続く言葉はこうだ。
「「俺はお前の質問になんでも答えよう。だからお前も俺の質問になんでも答えろ。」」