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部屋を開けるとおっさんと見間違う、というよりおっさんにしか見えないような男、錦 春風がそこにいた。一目見たあたり感情が高ぶって見える。これはまた面倒な。
「あ?誰だテメエ。今すぐ失せろ。」
やはりかなりイラついてるらしい。俺はとりあえず椅子に座った。
「なんで座ってんだよ!!出てけって「黙れよ」」
多少目で牽制すると錦は黙った。こっちだってお前にいろいろ思う事あんだよ。こんな状況じゃなかったら、お前なんざとっくにぶっ殺してるよ。刑務所という安全な場所に守られてること忘れんな。お前を殺すなんて造作もないんだよ。
「今からいくつか質問する。役に立つようなことを言えばその分お前の罪は軽くなる。保障する。」
もちろん保障なんてできない。というかするつもりもない。どうせ会うのはこれきりだ。徹底的に利用した後に捨てる。そうとも知らずこの男の顔を見るあたり、俺の信じ切ってるようだな。おめでたい奴だこと。
「まず、お前に指示を出してたやつは誰だ。」
「それはわからねぇんだ。メールで送られるだけだったから。」
「なぜそいつに従った。」
「大金が手に入るって聞いて...。」
「お前はシンガポールで睡眠薬入りジュースを売ったか。」
「ああ、売った。」
「お前はシンガポールで火災を起こしたか。」
「あ、ああ。起こした。」
「日本で整形はしたのか。」
「ああ、帰ったらすぐにな。」
やはりこれだな。
「あの花火大会にお前はいなかったよな。」
「それなんだよ!そうだ、俺は行ってねぇよ。なのにあのほう「夜一、終わりだ。」」
俺は静かに席を立った。錦は何か言いたそうな顔でずっとこっちを見ている。退室の間際、大人げないのは百も承知で言った。俺が言える立場でもないのに。
「もし『あの訪花とかいう女が花火大会に行ったでしょってわけわかんないことほざいてんだよ』とか言うつもりなら今すぐにでも殺してやるが。」
今度は牽制ではなく殺意をこめて。錦はただ首を左右に激しく振った。俺はそれを見ると静かに扉を閉めた。
部屋を出てすぐに頭を下げた。
「すまない海雪。お前が我慢してるのに俺がつい感情的になってあんなことを...。」
恋人?の海雪ではなくたかだか友達の俺が言うべきではなかった。俺の沸点も低いもんだな。
海雪は溜息を吐いた後、歩を進めながら話をした。
「まあ過ぎたことはしゃあない。あの言葉に俺もかなりむかついたからな。正直夜一が言ってくれてすっきりしたところもある。それでも反省はしろよ、お前。たまに考えよりも行動が先に出ちゃうことあるからな。最後の言葉なんて脅迫じゃないか。もう2度と面会できないのは確定だな。ついでに犯罪予備軍のリストにでも入ったんじゃないか?」
「あはは...。」
ただ空笑いしかできなかった。
「それにしても。」
海雪は俺に指で車椅子を押せと指図された。ゆっくりと押すと電動なのか、とても軽い力で進んだ。文明の利器とはこのことか。
「なんで花火大会に来てないと分かった?確信はあったように見えたが。」
「ん?至極簡単なことだ。花火大会の時の男、仮に花男としておくぞ。ん?なんだその顔。...ネーミングセンス?なんだそれ、まあいいや。で、その花男は俺の事を「夜一君」て呼んでたからな俺の事をどこかで知ったんだな。けど一方の錦は俺の事はさっぱり覚えてなかった。ただそれだけだ。」
海雪はあまり俺の答えに満足がいかなかったのか、考え込むように手で髪を遊ばせている。無意識だろうが、これは海雪の癖である。そして今恐らく海雪が考えているであろうことを僭越ながら俺から話させてもらおう。
「そうなるとその花男は誰かって話になるんだよな。」
刑務所から出ると太陽がとても眩しく、目が開けられなかった。前にテレビで見た自称ラピュタ王の姿が頭をよぎる。油断大敵の代表例。大丈夫、俺ならあんなヘマはしない。
冗談はさておき、この後どうするか。今家に帰ると困るんだよな。ならまあ一択だよね。
「あのさ海雪。俺今日、家帰りたくないんだ。」
「...まあその理由も聞いてやるから、とりあえず昼めしにでもするか。」
目の前のバカみたくでかい車に乗り込み、少しすると車がゆっくりと動き始めた。警護?の人から返された携帯を見ると通知が999+と表示されていた。カンストって言うんだっけ。その中身のほとんどが心配してのメールだった。「今どこ!?」「なんで出ないの!?」「あと5分で警察に連絡する」など。全部見てると日が暮れてしまうだろう。俺は一斉にメールを送った。
『ちょっと海雪にお呼ばれしてしまって。ご心配おかけしました。もしかしたら今日は海雪の家に泊っていきます。』
瞬間、凄い量の罵詈雑言のメールが届いた。...通知off、と。
そういえばさっきの心配のメールの中で、1件だけ全く別のメールがあったな。
『ほんとに暇なんですけど~。遊ぼうよ~。』by幸生
『ひかりでも誘っとけ』
そういえば前にひかりに告白の現場見たとき、ひかりの好意はその、俺に向いてると言ってたし、このメールの内容はさすがにないか。文章を消し、書き直す。
『みんな忙しいんだからあんま迷惑かけんなよ。』
「これでいいかな?」
送信と。俺は携帯を閉じ、隣に座る海雪に話題を振った。
書き直す前の文章さえ送っていれば 通知なんて切らなければ 出かける前、1通でもメールすれば。
「ごめん...本当に。...ごめん。」
こんなことにはならなかったのか。
冷たい牢獄の中、ただ謝り続けた。