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「あいつ何なの?バカなの?実の兄にテキサスクローバーホールドなんかプロレス技、使っていいと思ってんの?裁判やったら絶対勝てるよ?賠償金掻っ攫って務所ぶち込んでやろうか?」
俺が布団から急いで出ようとしたところ転んでしまい、そこを一気に畳まれてしまった。5分くらいしたら飽きたらしく、人形を捨てるが如く、部屋から消えていった。おかげで腰がヤヴァイことになってる。
「それは私ではなく篝さんに言うことでは...。」
ついでにあかりはこの間、ずっとうとうとしていただけだった。君には自覚してがないのか自覚が。
「おうよ。次会ったらコテンパテンにしてやるぜ。」
「呼んだ?」
「」
「~♪」
篝の延髄斬り!効果は抜群だ!夜一は活動不能になった...。
...10分後。
目覚めると布団にいた。今度はあかりはちゃんと?布団ではなく椅子に座って本を読んでいた。タイトルは「こころ」、作者 夏目漱石。少しだけなら俺も内容は知っている。あまり明るい話ではなかったと思う。ただそんな考えもすぐ消え、俺は朝日を背に本を読むあかりに見入っていた。...なんで鼓動が高まるのだろう。
ようやく俺の視線に気づいたのか、こちらに目をやる。
「おはようございます。」
静かに笑うその表情に、またも鼓動が高まる。本当に何なのだろう。
「お、おう。.…..おう。朝飯、食いに行くか。」
あかりは本を置き、俺は布団をはぎ、食卓に向かった。
朝ごはん、赤飯でした。
「夜一、ちゃんと責任は取りなさいよ。」
母さんの謎の発言に、隣でにやにやとうるさい篝、それに赤飯。...仕方ないか。
「篝、残念だよ。君とは仲良くやって来たというのに。こんな形でお別れなんて。」
立ち上がる。手には雑誌を丸めた棒状のあれ。1発叩くくらいはいいだろう。それと同時に篝も立ち上がる。
「そうだね。だけどこれはしょうがないよ。戦争を先に始めたのはそっちだからね。」
手には電動ドライバー。
「ちょっと待て。」
こいつマジモンのバカだ。まともにやって勝てるわけがない。というか何で女子中学生が電動ドライバーなんか持ってんだよ。ああ、目が。目が濁ってるよこの人。ハイライトハイライト。
「ありがとう。そして、さようなら。私の大好きな夜一兄さん。」
まさか最期にそんな告白を聞けるなんて思ってもなかったよ。兄さんもう、満足かも。
「憤ッッ!!!」
「「いだいっ!」」
結局母さんの拳で決着がついた。母は強し。その後の食卓は母さんとあかりが会話を弾ませてた。
朝から赤飯というのはなかなかお腹にくるな。朝食後は部屋に戻り色々としようとしていた。つまり色々はできなかった。
「……どした?」
「……。」
「朝から思ってたけどなんか今日あったのか?」
質問に対して俯くだけで何も言わない。しばらく経っても何も言わないので、仕方ないのでこちらから話させてもらう。
「ちょっと海雪と電話したいから部屋出てってもらってもいいか?すぐに終わるから、な?」
しかしなぜか強情に許してくれない。どうしたもんかな。
「お前に心配をかけてるのはよくわかってる。それについては謝るよ。昨日も何も言わないで出て行っちゃったし。でも今からの電話はほんとに大したことないからさ。あー…...すまん、大したことなかったらわざわざ部屋から追い出そうなんか、しないよな...。」
しまった、ドジ踏んだ。やっぱり嘘ついてるときはあんまり喋らないほうがいいな。今からまた嘘をついても無駄だろうな。
「はぁ...。みんなには秘密と約束してくれるのなら、教える。」
その後俺は今までの件とこれから俺がやることと、恐らく起きるであろうことを話した。彼女はただ黙って俺の話を聞いていた。
事のあらかたを教えると少し考えたいのか、どこかに行ってしまった。やはり秘密にしてただけ罪悪感が残るな。やはり事が大きいだけに理解が間に合わないのだろうか。だけど俺もあまり悠長にはしてられない。携帯を取り出すと海雪に電話をかけた。1コールで出た海雪は「来い。車は外だ。」と短く告げると電話を切った。俺はみんなにばれないよう、着替えとトイレを素早く済ませ、1人、車に乗り込んだ。
車は昨日とは違うルートを行き、しばらくした後、大きな刑務所に着いた。入り口には車椅子の海雪の他、数人の人がいた。
「錦の様子はどうなんだ?」
「それはお前が判断してくれ。」
そういうと刑務所内に案内された。そこで持ち物も預けられた。
中はとても静かで足音と車椅子の音しかしなかった。さすがというべきか、不気味な雰囲気が漂っていた。少し歩いてエレベーターを降り、また歩くと1つの部屋に着いた。恐らく面会室だろう。この先にあの男が...。
「時間は5分ほどだ。今後会える保証はないから、これが最初で最後だと思ってくれ。くれぐれも間違うなよ。」
小さく深呼吸を3つ。訊くべきことはわかってる。冷静に、的確に、手短に。
「開けてくれ。」
扉は音を立てずに開いた。