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「ん。そんな待っ、てな...」
携帯から目線をずらすと、待っていた2人がそこにいた。
綺麗だ。
単純にそう思った。着物も髪飾りも履物も。これ以上にないくらいほどに、美しかった。
「どう?なかなかなものでしょ?」
「ああ。本当に綺麗だ。」
「お、おう...。」
「あかりも。」
「え?」
「正直ここまで綺麗だと夢にも思わなかった。」
「あ、どうも...。」
こっぱずかしいセリフだとは思わなかった。それは偽りのない本心だったから。
そして予想通り、祭りに着くと多くのナンパに絡まれた。
「ねぇ、彼女。俺らと一緒に回らない?」
「あの、俺、こいつの彼氏なんで。」
「いや、そっちに女の子いるじゃん。」
「いやいや、こっちも彼女なんで。」
「...…は?堂々二股?クズ野郎もいいところじゃねぇか。」
去り行く人たちを見て思った。ホントに俺もそう思うよ。
「あの、俺救援呼んでいい?せめてダブルデートとかに見せたほうがいいと思うんだよね。」
「「ダメ。」です。」
うんわかってた。でもわずかな希望でも信じたかったんや。
「じゃあ次はあそこのかき氷食べたい!あかりちゃんも一緒に食べよ!今日は夜一のおごりだし。」
「でもいいのでしょうか。私、何もお返しできるものがないんですけど...。」
「夜一は私たちのこの姿を見て満足だって。だったら私たちも満足するまで奢ってもらおう!」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます、ね?」
「あかりちゃん何味にする?食べあいっこしようよ。」
「じゃあ私はイチゴで。」
「なら私はメロン味!」
「はい、200円になります。」
「夜一、会計よろしく。」
「あっ、はい。」
「向こうのベンチで待ってるから。」
「あっ、はい。すぐ持っていきます。」
慌てて400円を用意する。そして渡す。
「はい、丁度。ふふ、あなたも幸せ者ですね。あんなかわいらしい女の子が2人もいて。」
「ははは…...。」
何おっさん笑うとんねん。今まさにパシリにされとんの見て言うてんのやったらその顔に拳食らわせたるわ。
「ふふふ。あの子たちとはどこでどのように出会ったのですか、夜一君?」
「え……」
急に悪寒が走った。男の顔は変わっていない。だけどなぜかその笑顔が怖くなった。なんで俺の名前を知って...…
「本当に幸せそうで、微笑ましくて、面白くて滑稽で無様で不細工で醜くて憎くて腹立たしくて忌々しくて馬鹿馬鹿しくて愚かで拙くてふてぶてしくて弱くて...。」
その男は俺を見て嗤った。
「また、壊すとするかなぁ...」
俺はその場を全力で逃げた。絶対にやばい。あの場に2人がいないのが不幸中の幸い、人は多かったが全力で走った。振り返るとその男はいなかったが、そんなのものはもはや関係ない。あの2人だけは守らないと。ベンチに座り2人は何やら話しをしていたが、「来い!!」と強引に引っ張りその場を去った。近くの道路に出るとすぐにタクシーを拾い、ここからすぐに離れるよう言った。男は追ってきてなかった。
20分ほどかけて家に着いた時、時間はまだ8時前。花火がもうすぐ上がる頃だ。俺の心臓は未だに強く打ち続けていた。
「あの、何があったのですか?」
俺を怖がっているのだろうか、心配してくれているのだろうか、俺の顔を伺いつつ質問する。恐らく前者だろうな。ひかりも何も言わず俺の顔を見る。
俺はありのままを話した。とは言っても、直接何かされたわけではない。ただ、あの男から嫌な予感がしただけ。考えすぎ、などと言われると思ったが「そうなんですか。」と言ってそれ以降黙ってしまった。それにしてもあの男、まさかあいつなのだろうか。いやでも、もしかしたら俺が忘れている人が他にいるのかも知れない。母さんが急いで俺たちの料理を作っている間、アルバムやビデオを探してみた。結果から言って、進展はなかった。
「また壊す、か。」
ご飯を食べ終え、ベットに寝ころび呟く。あいつの言葉で最も気になった部分、多分これが俺とあいつとの関係を示すものだろう。可能性として壊すというと思いつくのは小学生のあの事件かもしくは……。犯人として思い浮かぶのは小学生の頃彼女を間接的に殺し、それにより俺の心を壊した、大柄のあいつ。しかし直接の関わりは当初でもほとんどなく、それ以降は本当に何もないはず。そんな奴が今更、俺に対し脅迫じみたことをするだろうか。それに同い年には見えないほどに老けた顔だった。3、40代と言ってもわからないほどだ。本当にあの男なのだろうか。とは言ってもこれ以上考えても進まない。俺は小学校の唯一の知り合いに連絡した。もう一つの問題を解決するためにも。
「もしもし、どちら様ですか?」
「あ、海雪の友達の神倉です。夜分遅くにすみません。本人と変わってもらってもいいですか?」
「申し訳ありませんがこの頃大変忙しいので、こちらから時間ができ次第、連絡させてもらいます。」
嘘をつけ。
そのくらいわかる。海雪の携帯に連絡したのに別の人が出るのは海雪が出れない状況にあるからだろう。でもそれは忙しいからじゃない。
「単刀直入に言います。海雪は無事なんですか。」