30
シンガポールから帰ってからは数日間は宿題を終わらせることに専念した。7月中には終わらせる予定だったのに、手を付けたのは結局8月の頭になってしまった。何たる不覚。急いで終わらせたときにはすでに8月の半ばが近づいていた。特に「自分の志望校のオープンキャンパスに行き、書類にまとめ提出しなさい」というのが最も面倒だった。2年の夏に志望校が決まってる人はそんなに多くないと思うし、行きたい人だけ行けばいいじゃないか。なんていいつつ、これがダメな例なんだろうなと思ったり。
時刻は18:25。夕飯まで時間もあるし久々に鉋とでもゲームするか。鉋の部屋に着きノックをする。応答なし。ドアノブを回すとゆっくりと扉が動く。キキキと音を立てて開けると暗い部屋の中、机の電気だけがつき、その上にばらまかれたプリントが目に入った。大学の書類か何かだろうか。
「そこの少年!年頃の子の部屋に勝ってに入っちゃいけないんだぞ!」
えーと、なになに?誰だこのおっさん。どっかの教授か?んで、こっちは火災の事件?さっぱりわからないな。
「無視してんじゃねえよ泣くぞ。」
他には...。お?こっちには何やら写真が...。
「あんま見んじゃねえよ。」
そう言われると俺も引き下がるしかない。これは恐らくマジ切れだ。この頃鉋の感情が分からない。俺はそそくさとその場を後にした。
今日は珍しく母さんも出かけていて、夕飯は俺と篝が担当だった。俺は無難にカレーを提案したのだが、一方の篝は
「それじゃつまらないよ!」
と言ってフランス料理本を取り出してきた。ついでに篝は料理が、その、あれだ。ただいま花嫁修業中だから止めようと思ったさ。でもさ、付箋とかマーカーとか、メモとかがびっしりとあってだな。この夕食のためにすごい勉強してきたんだなって思うと、あれ?目にゴミでも入ったかな?
結果から言うとあんまりおいしくはなかった。それでも必死に作ったというのはとても伝わり、妹の成長にどこか寂しい気持ちを覚えたりした。それはみんなにも伝わったらしく、涙ぐんだ夕食となった。
「明日、あかりちゃんと花火大会行くけど来る?」
不意にひかりにそんなことを言われた。花火大会、それは夏のイベントで常にトップを争っているものである。特に高校生の時期はその効果も絶大なもので、ぜひあの子と一緒に行きたい!という人も多くいることだろう。そしてついキャッキャウフフな展開なんかも期待してしまう。だけど現実は残酷だ。容赦なく理想なんかぶっ潰す。暑い、人が多い、商品が高い、花火がいまいち見えない、電車が地獄などなど。そして微妙な雰囲気の気まずさで終わる。故に!
「いや、いいや。」
こうなるわな。
「へぇ。」
なんなんだその顔は。まるで俺が行かないのをはなからわかってていたような。
「あかりちゃん可愛いからな~。ナンパとかされちゃうかもな~。一人暮らしでお金も満足に使えなくてかわいそうだな~。この前も必死に浴衣の着方勉強してたから浴衣で来るんだろうな~。そうなるとさらに汚れた雄共が群がってきそうだな~。私も女の子だからな~。いざ強行手段で来られたら負けちゃうだろうな~。花火とか電車とかでも痴漢とか怖いな~。こういう時男の人がいてくれれば心強いんだけどな~。どっかにお金に余裕があって、時間が空いてて、頼りになって、ナンパとかも追い払ってくれるような人はいないかな~。(チラッ)」
ピッ。
「海雪、明日暇だよな?」
「ん?まあ。」
「ちょっと!!」
「いだいっ!」
ぶたれた。割と本気で痛かった。
「か弱い女の子が花火大会行くっつってんでしょ!?」
どこがか弱いんだよ。男子高校生を一発のビンタでなぎ倒すお前のどこにか弱さがあるんだよ。
「だからそれらすべてに当てはまる海雪さんを連れてけばいいじゃないですか?」
「はぁ....。」
そう言うとひかりは俺の携帯を奪いブツブツと何か呟いた。そして真っ暗な画面の携帯をこちらに寄越す。
「なんか明日急に予定入ったらしいよ。もう電話するのも迷惑になっちゃうからやめようね。」
いや、なんで携帯電源つかなくなってんの?返事してよ、相棒。この女、そこまでするのか。...ならば別の人柱を。
「こうせ「幸生は部活よ。」」
…...。
「おき……なんでもないです。」
「で、行くの?」
「イェス、マム。自分行きたいであります。」
「全く、最初っからそう言えばいいのに。素直じゃないんだから。」
本当にそう思うよ。
そして明くる日。昼近くに起きた俺はてきとうにご飯を済ませ、夕方の花火大会に備えた。お金は十分すぎるほど持った。いざというときに金欠なんてダサい真似はしたくないからね。ひかりはあかりの家に行き準備を整えるそうな。しかし、ひかりとあかりの浴衣かぁ。傍からだとだいぶ絵になりそうだな。はあぁ、苦労しそうだな。でもなんか少しだけ胸が高鳴ってるんだよな。これは何なのだろうか?
そして長らくお待たせしました。ついに夕刻になり、俺は待ち合わせの駅にて待っていました。妙に緊張してしまい集合30分前に来ました。耳に突っ込んだイヤホンから流れる音楽も、今や全く頭に届きません。足もさながらバイブレーションの如く。そんな状態で待ちつつ5分、10分、20分、30分。
「ごめんね、待った~?」
「すみません、お待たせしましました。」