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それから夜までずっとシンガポールの観光を楽しんた。コースは全部訪花に任せてしまったが、お陰でとても楽しい一日を過ごせた。
「夜ご飯はホテルでみんなで食べますか。」と訪花から提案があり、夕方にはホテルに戻った。
「シンガポールは満喫できたか?」
俺たちが観光してる間ずっと仕事をしていたのに、全く疲れを感じさせない顔で聞いてきた。
「まあ、それなりに…あ、いや、めっちゃ楽しかった!ぜひまた来たい!」
途中まで言ったが、訪花がとてもがっかりしていたので、急いで訂正はしたが間に合っただろうか。見ると訪花はにこにこしていた。これは、誤魔化せた、のか?
「海雪と大事な話がある。」
真剣な面持ちでそう言って訪花と篝には席を外してもらった。帰り際、「大事な話ってなんですかね?」「篝ちゃんにはまだ早いかな〜。」などと聞こえたがそれはとりあえず置いておいて。
「お前、篝も嫁候補に入れてるのか?」
「…は?」
「篝となんか大切な話し合いをしてたんだろ。篝も内容教えてくれないし。俺は断じて認めんぞ。」
「落ち着け。」
「うるさい。それに訪花とはどういう風になったんだ?結婚するのか?それなら篝は愛人枠か?ん?どうなんだ?お?何か言ったら「落ち着けっての。」ゴフッ!」
腹パンくらった。軽い力とはいえ場所が悪い。
「大したことは話してない。それ以上詮索するな。訪花についてはまだ考え中だ。篝をそんな風には思ってない。まだ聞きたいことあるか?」
「人間は、会話により、意思の疎通が、できる。なぜに、暴力を?」
「会話が不可能と判断したからだ。」
「ウゥッ…」
海雪に運ばれ部屋に寝かされた。ここでお姫様抱っこなんかするから、篝にも変な誤解が生まれるんだ。そういえばベットに放り投げられた際、今回の給料を渡されたな。どれどれ。うわぁ……。これはやっちまったぜ。ま、いっか。もう疲れたから寝よう。
翌日、目を覚ますと車の中にいた。外を見ると綺麗な青い海が広がっていた。隣にはちゃんと篝がおり、ひとまず安心。
「で、あの。……は?」
俺に気づいたか、運転手の方が説明してくれた。
「昨日夜中頃、急に海雪さんに仕事が入りまして、遠くに行かなければならなくなったのです。そのため、海雪さんがいない以上、あなた方はホテルにはいられなくなってしまうのです。熟睡なさっているところを無理に起こすのもよくないと、このような形を取ってしまった所存です。どうかお許しください。」
運転手は運転中のため少し頭を下げるしかできなかったが、ほんとに申し訳なさそうだった。言いたいこともあったが今は黙っておいた。篝の髪に付いていたゴミを払うと篝も目を覚まし、少し話した後、俺たちは飛行機に乗り帰国した。
「お帰りなさい。楽しかった?シンガポール旅行とバイト。」
「お疲れだったな。今日はゆっくり休め。」
なぜ両親が俺たちの事情を知ってたのかは別にいいとして、久々に帰る家はなんだか真新しく感じた。
「ひかりと鉋は?」
なんとなく、ほんとになんとなく会いたくなった。約1週間ほど離れると思いの外家族が愛おしく思うものである。
「鉋は……ちょっと聞いてないからわかんない。ひかりはバイトだから夕方には帰ってくるはず。」
俺は夕方までは寝ることにした。飛行機でも軽く寝ていたが、やはり布団の方が寝やすかった。
起きたのは夕食頃で鉋に起こされた。久々に見た顔はやはりいつも通りで、なんとなく笑ってしまった。
リビングに行くとすでにみんな集まっており、いつも通りだったその景色がとても懐かしく思えた。やはり我が家が1番だ。
夜も更け、寝ても疲れがまだ抜けきってないのか、だるさが体に残っている。早めに寝るとするか。
「……」
何か父さんと母さんの話し声が聞こえた。いつもなら気にならないがなぜか気になった。なんとなく嫌な予感がして。虫の知らせというやつだろうか。
「見つかったかしら?」
「連絡がないならまだなんだろう。」
「なんで今更になって…。」
「そういうことを言うな。」
何か探し物でもしてるのだろうか。
「なんだね夜一君、盗み聞きとはいい趣味とは言えないぞ。」
「鉋か。いや、なんか父さんと母さんがヒソヒソと探し物かなんかの話をしていて。なんか心当たりある?」
俺の言葉に耳を貸しつつも奥の2人の会話をしばらく見たあと
「そういえばお前さんらが旅行中、隣の人の家の猫がいなくなったらしくてな。うちにも聞きに来たんだよ。そのことだろうな。ずっと姿見てなかったから変だとは思ってたが。」
あまり大したことでなかったのが残念だったのか、そのまま帰ってしまった。俺は猫がいたというのがそもそも初耳だった。うちの両親は隣とは別段仲が良いわけではない。そんなに真剣に話し合うことなのだろうか?それとそのニャンコがそれほどまでに好きだったのだろうか。見つかったなら俺にも是非紹介してほしい。