25
ここに来るのはいつぶりだろうか。小さい頃はよく来たが、年が経つと共に段々足が遠退いていった。懐かしい景色を横目に俺は佐藤を探し走っていた。そして丁度ひかりを見つけた場所の近くに、佐藤とひかりの姿を見つけた。電灯がまるでスポットライトのように2人を照らす。なんとなく俺がそこに入るのは違うと思い、2人の近くにあった木に隠れ、様子を窺うことにした。
「佐藤君。死のうとしたの?」
「したというよりかはするの方が正しいかな。この会話が終わったらこの川で入水自殺でもするつもりだよ。」
「そんなこと聞いて私が自殺させると思う?」
佐藤の顔から察するに本気だろう。もしもの時は俺も全力で止めに入るが。
「ここで初めてあった時も自殺するつもりだった。絶望しか知らない俺にとって、ひかりは希望そのものだった。あんなもの見せられたら死にたくだってなるさ。」
自嘲的に話すその顔は、すでに昼間や夕暮れのそれとはまるで別人だ。
「私も初めてみんなを見たときはそう思ったよ。自分がおかしいって気付いちゃって、今までの普通が全て壊されて、幸せってものを見せつけられて、知らなければよかったって何度思ったか。」
ひかりはそんなことを思っていたのか。俺たちの笑顔が一時とはいえ、そんなにもひかりを苦しめていたなんて考えもしなかった。
「それでも私を救ってくれた人がいたから、私に生きて欲しいって思ってくれる人がいるなら、それに応えるべきだと思った。」
ポツポツと雨が降りだしてきた。それに構わず2人は会話を続けた。
「ひかりはわかんないだろ。自分の命の恩人が、最も大切な人が奪われそうになる気持ちを。それが嫌で必死にもがく気持ちを。それでも全く届かない気持ちを。……正直に言って気持ち悪かったろ?学校でもあんなに執着して、バイトまで同じとこ通い始めて。本当に悪かったな。」
この前バイトでひどく疲れて帰ってきたときのはそれだったのか。
するとひかりの体が小刻みに揺れ始めた。
「..….何よ。勝手なこと言わないでよ!いつ私が気持ち悪いなんか言った!?俺の気持ちなんかわかんないだろって、勝手に決めつけないでよ!」
その声に俺も、多分佐藤も驚いているだろう。その声と顔は今までに見たことないほど怒りに満ちていた。佐藤が何も言わずにいると、ひかりは佐藤に近づきポン、と軽く胸に拳をあてた。
「気持ち悪くなんてないよ。確かに少し重いとは考えたけど、それなんかより遥かに佐藤君が生きていこうとする姿に嬉しかったよ…。大したことはできなかったけど、救えたのかなって思えた。
だけど……なに?気持ちがわかんないだろって?わかるよ。すごいよくわかるよ!私だってあかりちゃんに夜一が取られそうでやだよ!怖いよ!この前だって私だけ話し合いから外されるし、お弁当作ってもなんか別のこと考えてるし、あかりちゃん家に招くし、結婚とか言っても全然反応してくんないし、その上あかりちゃんを家まで送るとか…。私だって、この気持ちは全然届いてないよ…。」
俺は自分の愚鈍さが情けなかった。人のことを知ろうとしたあの日から全然変われてない。こんな近くにいる人の気持ちすらわからなかったのだ。ひどく胸が苦しかった。
「私は夜一は好き。でも夜一が他の人を好きになって本当に幸せになれるなら、私はその応援をしたい。好きだけどそれ以上に感謝してる。もし助けてもらわなかったらこんな気持ちさえ知らなかった。...多分この恋は叶わない。それでもこの気持ちは知れて良かったって心から思える。」
俺は幸せ者だ。こんなにも俺の事を思ってくれる人がいる。それがどれほど嬉しいことか。……だけどごめん、俺もひかりは勿論好きだけどそれはきっとひかりのとは違う。
「なんで」と小さな声で佐藤が呟く。
「なんで叶わない恋をし続けることができるんだ?神倉はひかりのこと好きにならないって気づいていて、なんで諦めないんだ。」
本当に理解できないといった顔でひかりを見つめた。
「そんなの簡単だよ。」
だけど助けを求めるように喘ぐ佐藤に、ひかりは簡単に、佐藤にその答えを与えた。
「それでも、好きなんだもん。もうどうしようもないってくらい好きなんだよ。」
気づくと俺は泣いていた。たくさんの感情が渦巻いて何がこの涙の原因かはわからなかった。ひかりは本当にいい人だ。あの時助けられて本当によかった。
「ひかりは、俺の前からいなくなったりしない?」
「しないよ。」
「見捨てたりしない?」
「しないよ。」
「嫌ったり」
「しない。」
「...…よかった」
泣き始めてしまった佐藤を、そっとひかりは抱きしめた。
「とりあえずさ、これからはお昼ご飯とかいっしょに食べようよ。楽しいよ、みんな。夜一もほんとにいい人だからさ、私は2人には友達になってほしいな。」
ひかりはちゃんと佐藤にとっての"ひかり"になれたんだな。俺ができることはもうないだろう。せめて2人のために傘を持って来るか。
その後、俺は2人に傘を持って行き、流れで家に招いた。探してくれたみんなにはすでに連絡を入れておいた。夕食を食べ、みんなでゲームをして盛り上がった。俺も少しは仲良くなれた、と思う。
帰り際、俺は佐藤を玄関まで見送りをした。
「なあ、神倉。」
「なんだね?」
靴を履きながら佐藤は俺の名を呼んだ。
「これから学校で昼飯、一緒してもいいか?」
恥ずかしさを隠すように、靴紐を結んでいる。ほんと人間は好きな人に弱いものだな。
「全然構わねぇよ。それと夜一でいいから。」
あくまで何もないように平静を装ってるのが、俺の目は誤魔化せねぇぜ。ついニヤニヤしてしまいそうになる。
「ありがとな。じゃあ俺も幸生でいいから。それじゃあな。」
雨はすでに止んでおり雲の隙間からわずかに月が見えた。幸生が少し慌てて出て行った後、俺はさすがに疲たので壁に寄りかかった。
幸生、幸せに生きるか。いい名前じゃないか。