23
長い体育祭もやっと終わり、日も傾き始めた16時30分頃。イスを片付け着替え終わった俺はひかりを待っていた。
「何が起きてもお前のせいだからな。」
さほど気にすることでもないとは思ってはいたが念には念を入れておく。あの佐藤という男が本当に何かしてくるとは思ってないし、佐藤の脅迫で怖がる俺を見たいのならそれはそれで別に構わない。
「ごめん、待った?」
少し慌て気味で俺のところにひかりが来た。女子が男子より着替えが遅くなってしまうのは当然のことだろう、別に謝る必要などない。
「いや別に。じゃあ帰るか。」
この時ひかりに佐藤のことを話すかどうか考えていた。今はあの2人もいないから俺以外が知ることはない。別にそんな大それたことでもないだろう。一応訊いてみるか。
「ひかりさ、うちのクラスの佐藤って男知ってるか?今日のクラスリレーでひかりにバトン渡した人。」
少し表情が曇った。あれ、何かまずいこと訊いてしまったのか。しばらくすると、ポツリポツリと話し始めた。
「知って、る。クラスで何度か、話してる。」
佐藤と何かあったのが目に見えてわかる。そしてひかりが何か大切な何かを話そうとした時、ひかりの目線が止まった。捉えたのは俺たちの10メートルくらい先に立つその男の姿だった。
「あ、いや、あの、佐藤君…」
ひかりのしどろもどろな声を何も聞こえなかったように、何もせず、何も言わず、何の感情もないような顔で帰っていった。沈黙の後、さすがに訊かないわけにはいかなかった。
「あの男とひかりには一体何があったんだ?」
ひかりは顔を伏せてしまいこちらからは表情が見えない。そして小さな声で言った。
「佐藤君は…私と同じ施設で育った人、だよ。」
意外なその言葉に俺は何も言えずにいた。施設ってひかりが前にいた施設だよな。ということは佐藤も孤児だったのか。
お前とは仲が良かったのか?なぜ今まで言わなかった?お前はあいつの事をどう思ってる?
たくさんの言葉が頭を巡ったがその言葉が出ることはなかった。「そうだったんだ。」「うん……。」あまり進んで質問できることではなかったので俺からはそれ以上何も訊かなかった。
家に帰るとお互いそそくさと自室に籠もってしまった。俺は頭のもやもやが消えず、つい布団に飛び込んでしまった。
「うぇ!?」
「おう!?」
布団がすごく硬い。超高反発布団。ついでに悲鳴も出す仕様に。まあそんな訳もなく、布団を剥がすと鉋がそこで頭を抑えていた。
「何してんだよ。」
「お前の布団を干してて取り込んだら、あまりの気持ち良さに逆に俺が布団に吸い込まれた。人類はもはやあの力には逆らえないのか…。」
またアホなことを…。
「それよりなんかひかりとなんかあったのか?いつもなら会話に花咲かせながら帰ってくるのに、今日は何の会話もなくそそくさ自室に帰って布団に飛び込むなんて。」
すぐ部屋から追い出すつもりだったがまあいいだろう、相談に乗ってもらうとするか。
「なんかクラスメイトの1人にひかりと同じ施設で育った人がいたんだよ。そいつがひかりに近づくなとか関わるなってすごいうるさくて。ひかりとも何かあったらしいんだけど、それをひかりに質問しづらくて。なんかわからないけどイライラする。」
つい口にしてしまったが俺は今、イライラしているのか。自分でもわからなかった。
「ほうほう。それは多分嫉妬ですな。もしくは父親が娘に彼氏が出来た時の心境ですな。」
ひかりには幸せになって欲しい。俺は自分が佐藤の事を嫌いになったからひかりにも悪影響を及ぼすと考えてしまったのだろうか。それならそれはもう父親のそれと同じだ。ひかりの幸せはひかり自身が決める事、そこに俺は干渉するべきでない。ならば俺の持つこの感情は間違いなのだろうか。
「お前は何もかも考えすぎ。とりあえずお前に俺の知ってる事を話すお前が他の人に言うかはお前次第だ。」
鉋がたまに見せるこの表情の時はいつも真面目な話の時だ。このときの威圧はいつもふざけてる鉋とは思えないほどだ
話を聞いた後、部屋につきひかりを呼ぶと「うぅ…」や「あぁ…」などとよくわからない言葉が聞こえたので、失礼は承知で扉を勝手に開けさせてもらった。ひかりと篝が頭を抑えているところをみると、どうやらこちらでも同じことが起きていたらしい。さすがは兄妹。
「ひかり、事情は痛いほどよくわかるがちょっと俺の部屋に来てくれないか。」
「わかった…今、行くから。」
壁をつたいなんとか歩き出したその姿になんだか申し訳なかった。
そしてまた俺の部屋に。とりあえずひかりを椅子に座らされ俺もベットに腰をかける。
「よし、じゃあ話を始めるぞ。まず佐藤についてだ。」