17
目が醒めると隣でひかりが手を握っていてくれた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。少し力を入れてしまっていたので後で謝ろう。
「もうご飯だよ。」
優しく声でそう言われた。そういえばあの時ひかりにも迷惑をかけてしまったのだろうか?
ひかりはまだ家に慣れずにいたけど、ほんの少しずつ心を開き始めた時期だったな。
「なあ、ひかり。まだお前が家に来て間もない頃のこと、覚えてるか。」
「あー…うん。覚えてる。何をしたらいいですか?ってやつでしょ。もう、ほんと黒歴史だよ…。」
やっぱり覚えているのか。顔、真っ赤ですよ。
「そ、その後そういえば夜一なんかあの後一時暗い時期あったよね。あれ、どうしたの?もう解決したの?」
大丈夫とは言えないな。未だに引きずってるよ。
「心配すんな。でも今後もしよかったら少し相談に乗ってもらうとかはしてもいいか?」
ひかりは少し考えてから笑顔で答えてくれた。
「了解しました!でも、できれば少しじゃなくて全部相談してほしいな。」
結局俺は今もあの時も、誰かが側にいなければダメなんだな。
「よかった。元気になってくれて。」
頬を染めてそう言った。本当にありがとうな、ひかり。
ご飯を済ませテレビを見ている時、鉋が隣に座った。嫌な予感。
「君はこの頃何かに悩んでいるように見えるがどうかしたのかね?」
パーティグッズのハゲのカツラとチョビヒゲのメガネをつけながら。
敢えてそこは突っ込まず首を横に振った。悩みはあるができれば自分で解決したかった。過去のトラウマは自分で克服するのに越したことはない。
「そうかそうか。ひかりを派遣させたのは正解だったな。もしもの時はひかりに必殺お色気作戦をしてもらい、無理やりにでも元気になってもらう予定だったのだが。」
は?何言っとんねん。
「ひかりは凄く顔を真っ赤にしていたけどね。でもお兄さんは信じていたよ。あんな可愛い子に慰めて貰えば、たいていの男子はそれで元気になる。でももし君がさらに求める場合も考慮し…ん、どうかしたのかね?台所?え、待って。その包丁とまな板何。待って、ダメだよ危ないから!ほんとに!」
自室に連れ込み誰の目からも映らないように配慮。これが優しさというかは置いといて。
まな板を下に敷きました〜、手を固定しまして〜、大きく開けまして〜、なんだっけ?アルプス一万尺だっけ?まあ何でもいいや、
いい加減大学生なのだから学んで欲しいんだけどね。今回は少しきつめにわざと爪に当てたりしてみたら、「痛!く、ない?」などと言っていたな。俺も疲れたのでほどほどに止めた。
「もしかしてまた鉋兄さんがなんかしたの?」
と篝が聞いてきた。
「あまり良くないこと。か、篝には知って欲しくないことだよ。」
と言っておいた。
「珍しいね。私のこと篝って呼ぶの。」
まあ、そうなるよね。あの事件の時からも極力人との関わりを絶ってきたし。中学の時も寮生活みたいなのだったし。いつからか家族をも名前で呼ぶことも無くなってた。
とりあえず家族くらいはちゃんと名前を呼ぼう。
ご飯の時にそう考えた。いざ呼んでみたときはなんだか気恥ずかしかったが。おかげで舌を噛んでしまった。
「なになに〜、どういう心境の変化ですか〜?篝ちゃん、知りたいな〜。」
なん…だと。最悪だ。あと近いっす。どんなことがあっても篝だけには鉋のあれを伝染させてはいけなかったのに。クソッ、鉋一発殴ってやる。
「うるさい。あんまり詮索するでない。」
そうは言いつつも、自分でもわかるほど顔が熱くなり、つい後ろを向いてしまった。すぐに顔を覗き込んで来るかと思ったが、篝は覗き込んでは来なかった。
「やっぱり嬉しいな、名前で呼んでもらうのは。」
はっとして後ろを振り返ると、少し目が潤み、笑ってる篝がいた。俺は篝が何を考えているか全くわかってなかったのか、ここまでに。本当に、ダメな兄貴だな。全く。
「今度、どっか買い物にでも出掛けるか。ある程度なら奢ってやるぞ。」
「え!ほんと!行く行く!!欲しい服あったんだ!!」
なーんてちょっとだけカッコつけようとしてみたり。