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時々敬語じゃなく、普通に話すことがあったよね。あれが本当の私だよ。本当の桜花あかり。実はあんまり行儀がよくなくて、演じるのが結構必死だったんだよね。もしかしたら寝てる時何か無意識だったから気づいてたかな?最近なんかは段々慣れてきて時々混ざっちゃうけどね。まぁ上手く演じれていたと信じるしかないか。この手術が終わったら全部言うつもりだから、それまでは絶対バレたくないなー...。佐藤さんは敬語じゃなかったって思うかもしれないけど、あの日からあなたに対する罪悪感で心を完全に閉ざすまで敬語だったんだよ。これは流石にあなたでも分からないんじゃないかな。私はただ臓器を提供しただけの存在だから、できるだけ佐藤さんになろうと思った。
......でも絶対に譲れないものが一つだけあった。佐藤さんはあなたのことを心から尊敬していると思うけど、私はもっと別の感情を抱いてたよ。
好きです。...好きです!だいすきです!心の底からあなたの事を愛しています!いつからか、ダメだと分かっていてもこの気持ちだけは捨てられなかった。好きじゃない、そんなわけないよ。あなたに告白された時、すぐに「はい」と答えたかった。けどこの体は佐藤さんのだし、そこで結ばれたらきっと私は満たされちゃう。そしたらきっと手術が上手くいかなくても後悔はないと言えちゃう。それなら私は今はこの気持ちを言わないで、手術が終わった後全てを打ち明けて、今度は私からあなたに告白したい。そしていつか、もし付き合うことなんてできたら幸せすぎて死んじゃいそう。
うん、これで言い残すことは何もないかな。そもそもこの手紙はもしもの時のためだしね。うん...じゃあ、お別れだね。
「ありがとう!じゃあね!!」
あかりちゃんの手紙を読み終えてから夜一の手紙を開けるまでだいぶ時間がかかった。あかりちゃんにそんな事情があるなんて全く知らなかった。話してくれたら良かったのに、とも一瞬思ったが心中察すればそれは難しいか。結局私は、私たちはあかりちゃんのそのほとんどを知らなかったんだね。でももしかしたら勘のいい夜一には少しは分かっていたのかな。
そんなことを考えながら私は夜一の手紙を開けた。このあかりちゃんの恋文に夜一はなんて応えるのだろう。
中には1枚の手紙のみ入っていた。最後の別れには少し悲しくも思えた。何が書いてあるのか勿論知りたいけれど、それと反対の感情も渦巻いている。これを見ればきっとそこで夜一の話は完結してしまう。思い出になってしまう。それは...怖い。...怖いけど、受け入れなきゃいけないよね。
私は一つ呼吸を置くとゆっくりとその手紙を開いた。
「ふふ、何これ。」
文章はたった一文で、それもとても短いものだった。あかりちゃんのに比べるととてもあっさりしていた。けれどそこに書かれている言葉は夜一の気持ちを的確に表していた。
「全く、どこまで知ってたんだか。」
でも、そうだね。あかりちゃんを、いや、彼女を表すのならこの言葉が1番いいかもね。
私は2人の手紙を同じ封筒に入れると立ち上がり、大きく息を吸った。そして笑顔で叫んだ。2人に届くように。この澄んだ青空の下で。
 




