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『拝啓 神倉夜一さんへ
この手紙が読まれているということはきっとそこに私はいないのでしょう。この手紙を読んでいるあなたが夜一さんであることを願います。もしそれすらも叶わなかったのならこの手紙にあまり意味はないかも知れません。それでも構わないと言うのでしたらご自由にどうぞ。
さて、では...どこから話しましょうか。いざとなると話口が見つからないです。
とりあえずですね、今までこんな私と何度も助けてくれてありがとうございました。本当は最初の父の件が終わったらそこで終わらせようと思ってたんですけどね。夜一さんの隣が心地よくて、ついもう少しだけと願ってしまいました。
1年もしない期間なのにたくさんのことがありましたね。篝さんと3人でショッピングに行きましたね。私の家まで話しながら帰りましたね。体育祭の夜一さんが駆ける姿はかっこよかったです。海雪の家で一緒に勉強会しましたね。夜一さんと寝てしまいました。伸紘さんとの争い事の時は本当に心配しました。文化祭の時はジュースかけちゃってごめんなさい。水無月さんと抱き合ってた時は動揺してしまいました。その後目覚めた後思いっきりビンタしちゃってすみませんでした。ハロウィンのお菓子は美味しかったですか?海雪さんの家でのプールやバーベキューは楽しかったですね。京都に一緒に行けなくてごめんなさい。久しぶりに会えた時は泣いちゃいそうでした。みょんさんを助けに行く夜一さんを止めようとも思いましたが、きっと私には止められないとも思いました。だったらせめて夜一さんの足を引っ張るのではなく、その背中を押してあげる存在でいたいです。......いたかったです。きっと私はあなたの傍にはいれないので。その後はほとんどICUにいて窓越しにしか話せませんでしたね。最後にほんの少しでも触れ合えればと願います。
でもここで私はあなたに謝らなければいけないことがあります。
嘘をつきました。
もしかしたら頭の良いあなたならとっくに気づいていたのかもしれませんがここに記します。いっそ最初のうちにバレてしまえば最後まで抱えずに済んだのかも知れませんね。何度もバレそうなタイミングはあったのに。
桜花あかりはとうの昔に死んでます。
原因は脳の病気です。確か小学生ぐらいの頃でしょうか。あまりはっきりと覚えてはいませんがあまり語ることなくその人生に終わりを告げたと思います。幸せな家庭の元、両親に愛されながら。そうです。かつて水無月さんが見た「遊園地から両親と楽しそうに帰る姿。」はきっとその時のものでしょう。あの時の私の言葉は全て嘘です。
じゃあ私は誰だ、となりますね。
これは少し言い方に困ります。その人をその人と定義づけるものは何でしょう。顔、性格、記憶、血筋、生い立ち、戸籍、色々あると思います。でも大雑把に分けると内面と外面だと思います。そうなった場合だと、私は内面は桜花、そして外見は鈴木でしょうね。いきなりこんな事言っても分からないと思うので順を追って言います。鈴木というのは小学生の頃、あなたと少しだけ一緒に居させてもらった女の子の名前でしたね。そう、あの日、鈴木は飛び降り自殺をしようとしました。けれど不運にもあの日は雨が降っていました。そのためほんの少しだけ柔らかくなってしまった地面に鈴木は落ちたのです。しかし即死しないまでも救急車で運ばれた鈴木の体の中はボロボロでした。少しでも遅れれば剥き出しの鈴木の臓器はダメになり結局死ぬ羽目になったのです。臓器提供をするにもそんなにすぐには用意出来ません。それこそ脳だけ死んでしまい臓器がすぐに摘出できる事させなければ。...後はきっとお察しの通りです。桜花の臓器を鈴木に移植したのです。普通なら有り得ませんが一刻を争う時の中、可能性があるならと判断したのでしょうね。そして無事鈴木は命を繋げました。とは言っても慌てて手術を行ったからでしょうかね、今回のこの手術はこの移植した臓器の損傷でした。まぁつツケが回ってきたと思えば。
話を戻します。不運にもここで2つの要因が結びついてしまいます。1つは父親の家庭内暴力、そして唯一無二の友人を傷つけた自らを許すことが出来ず鈴木の心が完全に壊れてしまったことです。そしてもう1つは記憶転移と呼ばれる現象です。もしかしたら知ってるかもしれないですが一応説明させてもらうと、臓器移植を行った際、臓器提供者の趣味や趣向、果てには記憶といったものまで受け継がれると言うものです。そして鈴木の体には桜花の記憶やおおよそ心と呼ばれるものまで入っていきました。この2つが並行して起きた場合どうなるか、答えは明白かと思います。
それが私です。




