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言葉にならない声で何やら悶えていた。多分台詞が滑ったとか寒いとかではないと信じたい。少し悶えた後、顔を上げたあかりは依然として真っ赤にだった。「……私は幸せ者ですね。こんなにも夜一好きになってもらって。その気持ちに今応えられないのが情けない限りですが。」
「安心しろ。俺はずっとあかりを好きだから。」
俺の顔を一瞬見ると、また俯いてしまった。「そういうところですよ……。」と小さな声が聞こえる。やがて覚悟を決めたように顔を上げると俺の顔を見る。しかし恥ずかしかったのか、一度背ける。そしてまた見る。何だこれ。
「明日、絶対成功させましょう。私はまだ生きたいです。夜一さんの隣はすごく居心地がいいので、またそこに戻りたいです。」
「バチコイや。」
そして2人で一緒に笑った。
部屋を出るとみょんが椅子に座って待っていてくれた。色んな事を考えていたのだろうか、如何にも不安という顔をしている。俺はそんなみょんの頬を引っ張る。みょーん、と効果音が出そうなほど。
「柔らかい……」
「いひゃいんひゃけひょ。」
「あんだって?」
「痛いんだけど!」
パシーンと腕を払われる。遊びすぎたか。でも少しでも気を紛らわさないと、みょんだって元気な訳じゃない。あまり心配はかけたくない。
「帰ろう。もう眠たくなってきた。」
「ねぇ……大丈夫?」
俺は軽く笑うと元気よく言った。
「大丈夫!むしろ何でも出来そうな気分。何も怖くない!」
みょんは俺の嘘偽りない言葉にホッとしたのか、「それがフラグにならないといいけど。」と苦笑いしていた。
その日夢を見ることはなかった。いつも何かが起こる前は夢を見ていたせいか、何だか安心できた。このまま何も起こらないということだろう。これ以上は何も無いという意味ではないと信じて。
翌朝、いつもより少し早く目が覚めてしまった。そして今となってはもう懐かしいみょん探しをした。とは言ってもだいたいみょんがいる場所は同じなので今日も同じくあのベンチへ向かった。結果は言わずもがな。
「自分でもらしくないとは思ったんだけど祈ってみたんだ。どうか力を貸してくださいって。僕には何も出来ないからね。」
神に願ったか、彼に頼ったかはわからないがその気持ちは素直に嬉しかった。
あかりの手術がもうそろそろという時に「特別に」ということでみんなが来てくれた。まさにオールスターズ。凄い最終回っぽい。ついでに俺もあかりを見送ったらその後準備に入る。
みんなが各々の言葉をあかりに掛ける。「頑張って」「私たちがついてるよ」「1人じゃないから」。俺はそんな中何と声を掛ければいいか考えていた。しかし悠長に考えている時間などなく最後に俺の前へ来てくれた。
「夜一さんも頑張って下さい。私も頑張りますから。」
「あ、ああ。お互いまた会おうな。」
こんな事なら事前にもっと考えておけば良かった。考えていた言葉はどれもしっくり来なかったとはいえ先程の返答よりはずっとマシだろう。
俺の後悔など全く関係なくあかりを乗せたストレッチャーは部屋を出て手術室へ向かっていった。
……違うだろ。まだ間に合うだろ!かっこいい台詞なんていらない!胸打つ言葉なんて言えないだろう。だから今ここにあるこの思いの全てを!ありったけぶつけろ!ダサいことなど百も承知。黒歴史なんてドンと来い。絶対にあかりに届けるって決めたろ!
気づけば走っていた。全く、これから手術が控えている人の行動とは思えない。だけどこれがきっと俺らしさなのだろう。
「あかりーー!」
遠くから叫ぶ声に体を起き上がらせこちらを見る。その顔には安堵のようなものが見えた。少しして追いつくとあかりは泣いていた。
「……やっぱり、最後があれだけだと、少し寂しいですよね。」
だから俺は精一杯笑って言った。
「最後なんて言うなよ。言ったろ、何度だって向かいに行くって。絶対に。あかりは目覚めが良くないからな。……だから……一緒に生きよう。あかりがたとえ俺のことを好きでなくても構わないから。こうやって話せるだけでも俺は幸せだから。だから……だから……」
それ以上は言葉が繋がらなかった。伝えたい思いはまだまだあるのに。笑顔はいつの間にか泣き顔に変わってしまい、いくら拭ってもそれが留まることはなかった。結局また泣いてしまった。
「夜一さん。」
「ん?」
「抱きしめてもいいですか?」
そうだな。上手く言葉に出来ないから多分こうした方が伝わると思う。
あかりはストレッチャーからゆっくり降り少し覚束無い足でこちらを向く。俺はそんな彼女を優しく、けれどしっかりと抱きしめた。あかりもゆっくりとその腕を俺の腰に回す。
こんなの傍から見たら間違いなく恋人同士にしか見えないと思うんだが、そうなれるのはきっとこの先だろう。けれどきっとそれはそう遠くはない未来。そう思うと心の底から頑張れる。
「伝えたいことは全部伝えたから。」
「はい。伝わりました。……約束、ですからね。」
「任せろ」という言葉と共に名残惜しいがその腕を解いた。そして2人は別々の方向に進んだ。




