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次に扉を開けたのはみょんだった。「やぁ」とまるで学校で会うノリで話しかけてきた。
「うわブッサ。」
「ぶっ殺すぞ。」
ほんとぶっ殺すぞ。
「あはは、冗談だよ。大丈夫、イケメンだよ。カッコよすぎるぐらい。超美形。眩しいくらい。モデル顔負けだね。最早犯罪レベル。」
......。
「ん?いや、無言で迫られると怖いよ。聞いてる?ちょっと待って!ストップ!襲われるー!」
俺はみょんの腕をそっと掴む。俺ほどではないが、それなりの怪我をしているのが見えた。腕以外にも顔や見えないが脚にも怪我をしているのだろう。それに気づいたのか、みょんも動きを止める。
「こんなの大したことは無いよ。...それより、僕なんかよりもずっと夜一君の方が傷ついた。本当に、死んじゃうかと思った。」
全く、強がっているのが見え見えだ。きっとすごい責任を感じているのだろう。その気持ちは分かるけれど別に俺としてはそんな気負わなくてもいいんだが。
その後とりあえず俺が気を失ってからの話を聞いた。海雪は出血が酷く、一時危なかったものの、今は落ち着いているらしい。妹さんは軽く頭を打っただけだったので軽い処置で終わった。俺はこの屋敷にいた医療スタッフ総掛かりで大手術の後、何とか一命を取り留めた。本当にギリギリだったらしい。俺が斬ったあの4人についてはみょんも知らないらしい。大帝は平気だろ。
「じゃあ、改めて。僕を助けてくれて本当にありがとう。代わりにもならないけど、僕に何かできる事があれば言ってね。」
「......何でも?」
「...そう、言うなら。」
「言ったな?『やっぱなし』とかなしだからな?」
「う、うん...」
よっしゃ言質取ったり。さて何をしてもらおうか、何をしようか。色々な事を逡巡する。
「......いいさ、そうやってドス黒い欲情をぶつけるがいいさ。でも心までは奪えると思わないことだね。裸エプロンで奉仕させたり、口移しでご飯を食べさせたり、スク水に黒タイツを履かせてローションぶっかけて『全身ベトベトになっちゃったな』とか言ったり、アダルトな本を読ませて『お前、もしかして意識してるのか?』みたいな事言われたり、『赤ちゃんてどうやってできるの?』って訊いて、恥ずかしワード連発させて、最後には実践とか言って...ってそこなんで引いてるの?」
「いや...なんて言うか...そういう事して欲しいのか?」
暫くの沈黙。
「ほら!そうやって!すぐ僕に辱めを与えようとする!!」
頼むから否定してくれ。
「とりあえず明日になったらまた病院に戻るから。」と言い残しみょんは部屋を出ていった。そういえばここはみょんの家であるわけだけれど、みょんはこのままここに残るのだろうか。もしみょんの母親と和解したのならもしかしたらと考えてしまう。そもそもみょんがそんなに重い病気かも今では曖昧だ。あの母親が邪魔になったら都合よく消せるからと病院に閉じ込めてたかも知れない。いつの日か、みょんも病院の事を『檻』と言っていた。みょんはどこまで気づいていたのだろうか。ま、いくら考えてもこれ以上はわからないかな。
とりあえず安心したら一気に疲労が来たので、また眠ることにした。
そして次に目を覚ますと夜になっていた。体を起こすと今度は別の人が俺の前に鎮座していた、
「...まずは治療して頂きありがとうございました、って言うべきか?それともよくもまぁこんなボロボロにしてくれたなって言うべきか?」
「幾つか訊きたい事があるの。」
この女...。
「あなたが澪音を助けた理由は?」
「助けてって言われたから。あとまぁ色々とあるけど、別にあんたに分かってもらおうとは思ってないよ。」
「あの子に惚れてるの?」
「いや、友達としては好きだが。」
「あなたは何であんなに強いの?」
「強くなんかない。弱いから必死で頑張ってるだけだ。」
「お金は出すから私の部下にならない?」
「冗談やめろよ。」
何とも淡々とした会話だった。質疑応答といった感じ。一体こんな事訊いて何になるというのか。
「もういいわ。意識が戻ったのなら明日になったら即刻出ていきなさい。何だったらあの子も連れて行けばいいわ。」
という事はみょんをこの家に置いておく気は無いってことか。和解とまでは行かなかったらしいな。
「結局仲直り出来なかったのかよ。」
皮肉満々で言ってやった。
「もう縛り付けるのは終わりにしたのよ。精々社会の荒波に呑まれるがいいわ。」
この言葉は少し意外というか、何というか、本当に少しだけ母親のような言葉だった。どうやら話す事はもうないようでコツコツ足音を響かせながら部屋を出ていった。もし反省の1つでもしてなければこんな体でも1発ぐらい男女平等パンチをお見舞いしてやろうと思ったが、何だかその気は失せてしまった。勿論あの人を許したわけではない。けれど元々俺があまり介入すべき事でもなかったんだ。
『これで終わったのかな。』
『別に僕の復讐なんてしなくてよかったのに。もういない人の事いつまで考えても仕方ないよ。』
『いるじゃん。今ここで話してるじゃん。』
『わかってるでしょ。これは夢。直ぐに覚めて忘れちゃう夢。いい加減、さよならしなくちゃ。』
『...復讐なんて言いつつ、本当は琥珀の事を忘れちゃいそうで怖かったんだ。記憶から徐々に色褪せていきそうで。』
『仕方ないなぁ。』
琥珀にそっと抱きしめられた気がした。
『じゃあ向こうで先に待ってるから、もし夜一がこっちに来たら沢山の話を聞かせてね。沢山だよ?今じゃまだ全然足りないからね。もっと生きて、一生かかっても話し足りないくらいのお話、ずっと待ってるから。』
『...わかった。約束だからな。今度はみょんと3人でたくさんの話をしような。絶対だからな。......だから......』
『...うん。』
『ばいばい』




