150
誰かが換気扇を回し始めたらしく、煙は急速に消えていった。それに伴って春夏秋冬とその相手の姿も見え始める。見た感じ春夏秋冬は肩を抑えてはいるが対した外傷はなく、一方のくノ一は切り傷や腹部から血が滲み出てる。けれど表情から察するにどうやら春夏秋冬が押されているらしい。春夏秋冬には焦りや恐怖が滲み出ているし、くノ一からは笑みが溢れている。
「ねぇ、足りないよ。全然、痛くないよ。」
くノ一が春夏秋冬に手裏剣を投げながら距離を詰める。俺も傍観してるつもりはないので2人の間に入り、それらを墜す。しかし振ったその刀を今度は重りのついた鎖で封じられ、反対の端に付いた小鎌を刺そうとしてくる。鎖鎌という物か。それを躱すと鎌を持つ手に鞘を叩きつける。多分折れはしたろうが、やはり相変わらずの笑顔だ。刀を鎖からするりと抜くと一旦春夏秋冬と一緒に距離を取る。
「肩をやられたのか?」
春夏秋冬は申し訳なさそうな顔をすると頷いた。
「ちょっと見してみろ。少し脱がすぞ。」
『!?』
スパーン......。
「......とりあえず休んでろ。それだと十分に動かせないだろ。」
春夏秋冬は何か言いたそうだったが、それを聞かずに前に立ちくノ一と対峙する。
元々俺が巻き込んだ件だし、出来るだけ自分の力で解決する事が望ましい。『仲間なんだから頼ればいい』何て言われそうだけどこれは俺の下らないプライドの問題。そう、本当に下らない、でも、譲れないもの。
血が流れ過ぎてそろそろ目眩が始まってきた。直に意識も朦朧として死ぬかも知れない。けれどあのババァに1発ぶちかまさないと気が済まない。...いや、それ以上にあかりにちゃんと伝えるまでは死ねない。
「来ない、なら、行くよ。」
5本の苦無をほぼ同時に投げ、それを俺が躱す間に近づく。そして太腿に巻いてあった短い双剣を取り出す。向かってくる双剣を弾き刀を振るうがギリギリのところで躱され懐に入られる。くノ一を飛び越える形で何とか避けるも直ぐにまた接近されてしまう。流石の身のこなし。後ろに下がりつつ双剣を弾く。どうしたものか、せめて一瞬でも隙を作れれば。
段々と体力も無くなり双剣が掠り始める。その度に体が痛む。けれどもう少しで掴める。傷も段々とと深くなりそろそろ限界に近いとき、漸く慣れた。相手が剣を振るうより早くその剣を叩き落とし、油断した一瞬でもう片方も吹き飛ばす。くノ一は今度は直ぐに反応し後ろに下がり新たな武器を出す。一体何処から出てくるのかは分からなかったが、今度は旋棍のような武器を出てきた。確かに今の俺には斬撃よりも打撃の方が間違いなく効くな。旋棍は双剣より更に近距離でないと攻撃出来ない為、また近づいてくる。今度は俺からもくノ一に向かい走る。そして刀の間合いに入った瞬間、構えていた刀を上に放り投げた。これにはくノ一も驚いたのか、隙が出来ていたので顔面目掛けてぶん殴った。もう一発くれてやろうと思ったが流石にそれは防がれ寧ろそこから一発くらってしまった。そこから一瞬で四、五発入り無様にも仰向けに吹っ飛ばされた。身動きの取れない俺にくノ一が跨る。
「ゴホッゴホッ!!」
口からまた血が滴る。
「よく、頑張ったよ。じゃあね。」
最後の拳が降りかかる。もう防ぎきれない。諦めて目を瞑る。
「......あーあ、一瞬、忘れてた。」
「もう普通にやっても勝てないってわかったからな。」
跨るくノ一に背中に深々と日本刀が刺さる。幸い俺の所までは届いてはいなかった。体から力が抜けたのか、俺の横に倒れた。痛みは感じなくても体はとっくに悲鳴を上げてたんだろうな。
「勝てないって、分かってて、やられたんだ。凄いや。」
「恨んでくれて構わない。じゃあな。」
俺は何とか立ち上がりみょんの方へと歩き出す。遠目にババアと何か言い合っているのは分かるが何を言っているのかはわからない。意識も朦朧として視界も歪む。こんだけ頑張ったんだからみょんには報われてほしいものだな。
ザクリ、とそんな音がした気がした。
「......うん。恨まないよ。」
振り返ろうとすると胸に衝撃が走った。自分に何が起きたのかも理解出来なかった。
「だって、痛くないの。教えてくれるって、言ったよね?それの代償。」
意識が削がれる。血が無くなるんじゃないかと思うほど流れ出る。もう......
「これは、返すね。」
背中に刺さった刀を引き抜いて倒れた彼の手に握らせる。軽く手を合わせて黙祷する。
彼は本当に強かったな。それにその理由も『助けたい人がいる』なんてかっこいいものなんて、羨ましいな。死んでた感情が少しだけ動いた気がする。でもやっぱり彼も痛みを教えてくれなかった。やっぱり、無理なのかな。
「.......少しでも、近づきたかっただけ、なんだけどね。誰でもいい、温もりが、欲しかった、だけなのに。」
目的も果たしたので雇い主の所へ戻る。私以外みんなやられちゃったけど所詮他人だし助ける必要もないよね。結局弱ければやられるんだ。
「...終わり、ました。」
「そ。じゃあ部屋戻っていいわよ。」
まぁ、それたけだよね。この人は私達を全く見てなんかいない。乱暴とかされないだけましか。そういえばあの銃の彼女は最後まで何もしてこなかったな。さて、帰って何しようかな。




