15
「助けて」
その手紙を見つけたのはここ何日ずっとあの女の子が俺に話をかけて来なかった時のことだ。姿を見なかった日もあった。またイジメだと思った。それにより俺に話しかけられないと思った。だから手紙を出し助けを求めた。名前は書いてなかったがすぐに彼女だということは明白なだった。
教室に着くと帰ろうとしていた彼女がいた。事情を訊きだすべく強引に手を引っ張り帰り道を歩いた。
「あの手紙はどういうことだ?」
「えっと、その…」
妙に汗をかいていた。いまいち状況が読めずにいた。
「……イジメられてるんじゃないか?」
彼女は黙っていた。少しずつ疑いが芽生える。そしてそのまま2人が分かれる場所に着いた。
「い、イジメられてなんかいませんよ!ただああやって手紙を出せば、きっとあなたは一緒に帰ってくれると思って!独りの下校ってちょっと寂しくて...。」
明らかに早口なその喋り口調や目の動きを見ればすぐに変だと思うのに、その時の俺は本当に愚かだった。
「ふざけんなよ。こっちがどれだけ心配したと思ってるんだよ。俺はお前の人形かなんかじゃないんだぞ。人をこんな風に振り回して楽しいのか?」
それだけ言うともう振り向かずに家に帰った。俺の中で彼女も悪に変わった。こんなにも簡単に。
翌朝机の上に置手紙があった。
『屋上で待ってます。』
短くそれだけ書かれた文章に苛立ちを覚えながらも、俺は屋上に向かった。
その日は雨が少し降っていたがあまり気にならなかった。そして屋上のドアを開けると彼女は雨の中、ずぶ濡れになって立っていた。
「今度は何だ?朝のホームルームまで時間潰しに付き合えばいいのか?悪いが何を要求されても応える気はないからな。お前との昼食ももう終わりだ。俺の中でお前はもう被害者から悪人に変わった。そんな奴と付き合うつもりはない。」
彼女は空を見上げたまましばらく何も言わなかった。
「ねぇ。その悪人て最後はどうなるの?」
彼女は後ろを向いていたのでどんな顔をしているのかを見る事はできなかった。見ていれば結末は変わったというのに。
「罰せられるんじゃないのか。」
静かに答えた。間違えていたと今なら言える。
そうか。嘘なんかつくもんじゃないね。雨音に掻き消されはっきりとは聞こえなかったがそう聞こえた。
「じゃあ私は自ら罰を受けるよ。」
柵を掴み登っていく。
「おい、何してんだよ。そんな冗談やめろよ。」
なんでもっと強く言わなかったのか。なんで急いで止めようとしなかったのか。
「私はね、あなたと友達になりたかった。決してあなたの思う嫌な人にはなりたくないの。」
言っててわかっていた。彼女は死ぬ気だ。自らの贖罪のために。
「さよなら、夜一君。短な夢だったけど幸せだった。……さよなら、私の、ヒーロー」
「おい!やめろ!----。」
その声は相手に届かず、その手が相手に届くことはなかった。泣きながらも笑っていたその顔が、本当に輝いて見えた。なんで死ぬ間際なのにこんなに綺麗に見えるのか。俺は最後になってその女の子の名前すら知らないことに気付いた。
後にわかったことがあった。俺と彼女が一緒に昼ごはんを食べているのを見て、よく思わなかったあの大柄の男がまた彼女をいじめていた。前回のようなミスはせず陰で動いていた。彼女はそれで学校を休むこともあったらしい。「もし誰かに言えば神倉をいじめの対象にする。」これが彼女が言い出せなかった理由らしい。それでも俺といるときは楽しそうにする彼女を見てついに耐えかねたのか、俺もいじめの対象になった。いじめが始まる前に気付いた彼女はその大柄男に、自分ができることならなんでもすると言った。そこであの手紙だ。あの手紙を見た俺が教室に来てあの手紙について訊く。そこで彼女が「しつこい」や「うざい」などの手のひら返しをし、俺を切り捨てる。怒った俺も二度と彼女と関わらなくなる。それが大柄男のシナリオだったらしいがうまくいかなかった。あの後も帰り道にまでしつこくついてきた男たちは、俺が怒り、一人で帰る姿を見て笑い、満足したらしい。もしあの状況でほんとのことを話したら間違えなく俺もいじめの対象になる。彼女は全て知っていてあの嘘をついた。俺を守るためだけに。そんなことのために。その後その大柄男のことは知らない。ただ彼女の手紙は本物だった。本当の救いを求める声だった。あと少しでも考えが巡っていれば、あともう少し彼女の言葉を聞いていれば助けられたはずだった。
俺のくだらない正義感が彼女を殺した。それからのおれは感情のなくした、壊れた人形のようになっていった。