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俺は昔ヒーローに憧れていた。正義を掲げ、悪を滅するその姿をかっこいいと思ってた。この世には絶対的な正義があり、それを行使すればみんなが幸せになる。悩んでる人には答えを、困ってる人には欲しいものを。今思えば本当にくだらない、そして情けない。
小学生の時、俺はそれだった。授業中しゃべる連中を注意し、掃除をさぼる人を叱った。孤立するのに時間はいらなかった。けれど「ヒーローはいつも孤独」と考えていた俺はむしろその状況がよかった。これがエスカレートすればまた悪が生まれる。そうすればまた断罪ができる。いつからかそれが俺の存在意義となっていた。
「みんなと一緒に遊んだらどうだい?」
また先生が何かを言ってる。
「夜一君からちょっとみんなに歩み寄ったらどうかな?」
うるさいな。
あいつらは虫を殺して遊んでた。笑ってた。悪だ。なぜそんなものと遊ばなくてはならない。はてはこの人も俺を悪い道に誘っているのか。悪だ。
「...…。」
また誰かが授業中に話している。なぜ何度も言っているのに私語をやめないのだろうか。そろそろ暴力に出てもいいのだろうか。悪を滅するための善行であるから許されるだろう。
他クラスの女がクラスの前でおどおどしていた。事情を訊くととあるクラスメイトの人の連絡先がほしい、と言っていた。あまり個人情報は教えられないと言うと、親が必要なのだと言っていた。それならばしょうがないと電話番号を後日教えることにした。また困ってる人を助けられてよかった。
下校中、タバコを路上で吸いポイ捨てをしてる人がいた。注意したら殴られた。そこに偶然警察の人がいて連れていかれた。警察も早く捕まえれば俺が殴られることもなかったのに。だけど本当に運良く警察がいてよかった。
小さな事でもこれを積み重ねればきっと悪は無くなるはず。また明日からも頑張ろう。
今日は雨が降っていた。帰り道にまるで死んでいるように横たわっていた女の子がいたので、家に連れて帰った。まだ小さい子を捨てるなんて。その子が本当にかわいそうに思え、俺の正義はまた強くなった。
その翌日は少し早く起きてしまったので学校には20分ほど早く着いてしまった。着いたら掃除でもしていようか。どうせ1番だろう。ついでに花の水も変えておくか。心なしか花もだんだん元気が無くなって見えるからな。
なんてことを考えつつ教室のドアを開けると一人の女の子がいた。掃除をしているのか、必死に自分の机を雑巾で拭いている。そして俺に気付くと急いで机を隠した。明らかに見られたくないように隠すので不審に思い、彼女の席に近づき、嫌がる彼女をどかせそれを見た。どの学校にもある典型的ないじめの証拠だった。いつも一人で読書をしているから恐らくそれが原因だろう。俺の心に火が付いた。
今にして思えば、絶対の悪がついに目の前に現れて嬉しかったのだろう。でも当初は怒りを感じていた。それは決して許されないものだと思っていたから。
「誰にこんなことされた。」
言いつつも誰かなどは見当がついていた。
彼女が恐る恐る口にした名前とやはり一緒だった。その子は体が大きいためそれと比例し態度も大きいものだった。弱い立場の人をいじめていて、何度も先生に怒られていた。俺も今までは注意程度だったが、さすがに今回はその域を超えた。
俺はその子が来ると掴み掛かり、先生が止めに来るまでひたすらに殴り続けた。所詮は小学生の力だったので大した怪我にはならなかった。それでも俺の周りには誰も近づかなくなった。2人を除いて。
「この前はありがとうございました。」
お礼を言われるとは思わなかったので、少し驚いた。きちんと礼ができるのか。
「俺が勝手にキレて暴れただけだ。お前のためじゃない。」
本心かどうかはわからないが、その気持ちも確かにあった。
「おかげで嫌がらせは無くなりました。ほんとにありがとうございました。それで、もしよろしければお昼一緒しても構いませんか?」
了承した。特に断る理由もなかったし、もしかしたら1人が寂しかったのかもしれない。その日からその子と関わることが多くなった。
「この前、なかなか面白いことしてたじゃん。」
あの出来事から話しかけるようになった人が1人、海雪だ。当時は俺と正反対だと思い、最も嫌悪していた人物だった。
「用件はなんだ。」
元より用件なんてほとんど聞く気はなかったが。
「別に用はねぇよ。ただあの殴る姿見て面白い奴だなって思っただけだ。」
「いい趣味してんな。」
それだけ言うと足早にその場を去った。
しかしなぜかそれから海雪とも稀に話すようになった。正反対のはずなのに一切の遠慮のいらないこの関係が心地よかったのかもしれない。本音を言っても遠くに行かない存在が。
それからも無愛想ながらも俺の正義は行われていった。特に困ってる人を助けるという、という名目であの女の子の支えになるために、毎日昼飯は一緒にした。大した話題もなかったが、その沈黙を気まずいや嫌だとは思わなかった。こういうのが友達なのかと考える日もあった。
あの手紙が届いたのはその少し後だった。