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2人とも布団に入ったので俺も今日は寝るとしよう。とはいっても特に何かしたというわけではないから布団に入ってもなかなか眠れない。寝よう寝ようとする度、比例して意識が覚醒していくよう。そういえば昔「そういう時は頭に強い衝撃が加われば寝れるよ。」って言われたけどあれって頑張っても1、2時間もすれば起きちゃうんだよね。頭めちゃくちゃ痛いし。多分あれ寝るという行為じゃない。
そんな下らない事を考えて眠れずに暫く経った頃、みょんが布団から出ていく音が聞こえた。真っ暗な部屋の中ではその姿までは見えなかった。
「トイレか?」
暗闇に問いかける。
「あんまり乙女にそういう事訊くのは紳士じゃないよ。」
「そら失礼。気をつけろよ。」
やがて足音が扉に近づき開く。開かれた扉の向こうから若干の明かりがみょんの背中を映した。
「ありがとうね。」
みょんの顔は見えなかった。
いつの間にか寝ていたらしく、気付くと朝日が昇っていた。間もなくして榛さんが扉を開け入ってくる。俺は未だに眠っているあかりを起こし、またいなくなっているみょんを呼ぶために中庭に向かった。オカンか、俺は。
「ここにいると思ったんだけどなぁ。」
中庭のベンチには探していた彼女の姿は無かった。そのまま院内、屋上、トイレ(あかりを連れて)などを探したがやはりその姿は見当たらなかった。
「どこに行ってしまったんですかね。もう他に探せそうな場所はないと思うんですけど。」
昼食を挟んでからも探したがやはりいない。榛さんにもう一回会って何か訊いてみたほうがいいか。
「かくかくしかじか何ですけど何か知りませんか?」
部屋で布団でも干そうとしているのか、掃除をしようとしていた榛さんに質問した。にしても今日は午後から天気が崩れるというのにわざわざ干さんでも。
『やめろ、そんなわけない。』
脳裏に浮かんだ考えを即刻否定する。認めたくない。
けれど榛さんはそれを突き立てた。逃げようとする俺の背に剣を刺すように。
「......みょんちゃんなら、もういないわ。」
「...」
「うそ、ですよね......」
静かな部屋にあかりの咽び泣く声が響く。病院で患者がいなくなる理由なんて知れてる。なのに「どういう意味だよ」とその答えなど既に分かっているのにそう口から漏れた。
「昨晩の夜、廊下で倒れているみょんちゃんが発見されたわ。急いで治療は始めたけど......」
間に合わなかった、と。...そうだったな。俺らには時間がない。分かってた。いつこうなってもおかしくなかった。でもやっぱり......
「悲しいな......」
榛さんは部屋から出て行ってくれた。「ごめんなさい。」なんて残して。何故榛さんが謝る事があるのだろうか。あかりは俺に何か言おうとしていたが上手く言葉が見つからなかったのだろう。いつもより広くなってしまった部屋から出た俺はただ雨に打たれていた。この時期の雨はとても冷たく、いっそ風邪でも引けたのなら多少はこの痛みも誤魔化せたのかも知れないのに。
いつ布団に入ったのかも覚えていなかった。気付けば夜となりあかりも寝ていた。悲しそうな顔をしていた。頭を軽く撫でると僅かな声を上げて、また眠った。眉の皺は少し緩んだように見えた。俺はあかりの布団から離れ、今度はみょんの布団に近づく。昼間榛さんが敷布団までは変えなかったので、横になってみた。まるでみょんの温もりを探すように。
「おい、お前の布団で寝てるんだぞ。いつもみたいに何か文句言えよ。『キモイ』だの『変態』だの罵れよ。......頼むから」
返ってくる言葉はなかった。
朝になり榛さんが来て、朝ご飯を食べて、準備してた服に着替えて、みょんのいない日常が始まった。けれどそれをいつまでも引きずっているわけにもいかない。俺には俺で出来ることをする。
そんな折りにひかりと篝が久しぶりに部屋に来た。どうやら昨日あかりがみんなにみょんのことを連絡そうな。
「その...あんまり話した事もなかったけど、せめて最後に挨拶だけしておきたくって。篝ちゃんも。幸生と姫姜ちゃんはちょっと都合がつかないらしくて。」
ひかりの隣にいる篝は昨日散々泣いたのか、目元を真っ赤にはしていた。そして今もまた泣きそうな顔をしている。そんな姿に耐えかねて俺はそっと篝を抱きしめた。
「兄さんのいない時、色んな楽しい話してくれた。笑った顔がすごい好きだった。優しかった...。」
「そっか。そうだよな、あいつは......」
ふと、みょんの笑顔が過ぎる。悪戯みたいな事が好きで、人を振り回して、でも時々悲しみに明け暮れて。
「最後まであいつらしかったな。」
みょん。お前がいなくなってこんなにも悲しむ人がいるんだ。泣いてくれる人がいるんだ。だから...。
扉が開き榛さんが入ってくる。時間きっかりに、悲しそうな顔をして。俺はその目を見て覚悟を決める。
だから俺はお前を連れ戻す。




