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あまり明るくない場所だからか、電灯に近づくまで顔はよく見えなかった。とりあえずいきなり襲うということはなくすこしほっとした。話し合いをする気はあるらしい。そして電灯の下あかりと5mほどの距離で止まった。はっきりとその顔が俺からも見えた。
なにが面白いのか、少し笑った顔。
血色は悪く髪もぼさぼさ。
体は変に太り粘りの強そうな汗が額に見えた。
目が虚ろになり焦点も定まっていない。
傍からみてかなり怖かった。遠目に見る海雪も少し険しい表情に見える。もしも話し合いに失敗したら止めなくてはならない。理性の欠如した人間は何をするかわからない。不安がさらに膨らむ。呼吸が苦しい。
「前のことは本当にごめんねぇ。いまは改心したから大丈夫だからね?一緒に暮らそう?ねえ?ずっと君たちのことを考えていたんだよ。必ず幸せにするから、ね?」
気持ち悪かった。いつまでも耳にへばりつくような、そんな声だった。だけど俺がその男に抱く印象としてはとても脆く、否定されれば簡単に壊れそうな人だった。
「ごめんなさい。あなたとはやっていけません。もうこれ以上関わらないでください。」
ぎこちないながらも笑顔で対応するあかりは本当にすごいとは思う。それは至極最もな意見で正しい答えだった。
でもいまその男に正しさを突き立てたら壊れることなど、おれも容易に想像できる。話し合いはおそらく終わるだろう。俺たちは覚悟を決め走り出す準備をする。
「嘘だよな。おい。俺はこんなにもお前たちのことを思ってたのに。なんでだよ。子供が親に逆らってるんじゃねぇよ。あんなにも手紙書いただろ。ふざけんなよ。おま「ふざけてるのは、あなたです!あなたはただ過去に犯した過ちを償うために頑張ってる自分に酔っているだけです。あなたに私は見えてなんかいません。見ているのはいつも自分だけです。」
あかりの叫びに男は黙った。しかし少しずつその顔に歪な笑顔が浮かぶ。
「あははははははははははは!!!!そうかそうか。死ね。」
男は何の躊躇もなくナイフをあかりに向けた。やっぱり話し合いなんか無理だったんだ。俺と海雪が同時に走り出す。距離は10mほど。作戦では俺はあかりを、海雪はスタンガンで父親を気絶という役目になっていた。男はこちらに気付かず一直線にあかりに向かう。あかりも護身用の包丁を取り出す。
「こっちだキモイの!!」
俺は男の注意を引くため叫んだ。だが男にはまるで聞こえなかった。少しでもこっち向いてくれなきゃ間に合わない。くそったれ。男があかりを襲う寸前、動きが止まった。ギリギリ間に合うか?俺は一か八か、2人の間に飛び込んだ。
血が滴り落ちる。
「なん、で?」
あかりが目を見開き、驚愕の顔を浮かべる。
「なんで、か。」
あかりは力をなくし、地面に座り込む。
「どんな方法でも止めなくちゃいけないと思ったからな。悪く思うなよ。」
こんな言葉になんの意味もないことなんかわかってる。こんな答えでは納得などしまい。だけど俺には100%正しいことなんかわからない。
「わかんないよ。なんで君が、神倉君が血を流してるの?」
泣き出してしまった。全く、おれの方が泣きたいよ。漫画とかでよくあるけど包丁とかを手で止めるってすごい痛いんだな。それでも澄ました顔で笑う主人公とか流石だわ。
「とりあえず手、貸せ。治療しといてやる。」
男の処理を終わった海雪がやってきた。男はすでにスタンガンでダウン。ビックンビックンと気持ち悪い動きをしている。それと警察にも連絡しておいたらしい。しかし治療道具を持ってるあたり、俺が怪我をすることは前提にあったらしい。ふむ、けしからん。
「じゃあ血を流す理由は『友達を助けるため』でだめか?」
まあ納得しないだろうな。
「だめです。」
ですよね。
「あかり、お前最初からこいつを殺す気でいたろ。」
「...」
黙っていたがそれを肯定ととって話を続けた。
「最初に話し合いをしようとするあたりから疑問には思ってた。..….知り合いに虐待に遭ってた人がいて、その人に訊いたが、普通こういうような場合怖くて関わりたくないらしい。ましてや会ったりなんかしたら絶対におかしくなるとのことだ。相当に、それこそ殺したいほど憎んでるやつなら話は別だろうけど。一応包丁を持ってくって時点でなんとなく予想はついたよ。正当防衛に見せて殺すんだなって。目撃者が2人いればなんとかなるだろ。事情も状況も明らかにあの男が悪いんだしな。」
「そこまでわかって、なんで止めなかったんですか。」
ようやく泣き止み始めた。
「「話し合いですめばそれで解決」その言葉を信じたかったからな。俺も海雪もそれを望んでいたし。」
「...」
またも黙る。だが別に答えは求めてなかった。
それから警察がくるまで、誰も口を開かなかった。