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話すこともなくなったのか、海雪は俺と妹さんを残して部屋を後にした。それなら俺もここにいる意味はないし、少し1人になりたかったのもあって部屋を出た。
部屋に戻ると枕投げでもしていたのか、酷く荒れた部屋の中でみんな寝ていた。俺も適当な場所を探し横になれそうな場所まで歩く。途中、あかりを見た。この気持ちはやはり恋ではないのだろうか。そんな事を考えながら目を閉じた。
翌朝、1人早く起きた俺は顔を洗いに行こうと部屋を出ると昨日の妹さんに会った。深くフードを被っていて一瞬分からなかったが。妹さんは小さな声で「今日は皆さんと別行動でお願いします。9時に私の部屋の前で。」と早口で言うとそそくさと行ってしまった。それからみんなでご飯を食べて後、時間通り彼女の部屋を訪れた。「こちらへ。」と手を引かれるがまま家を出て車に乗り込んだ。
「この車はどこに向かってるんだ?」
既に車に待機していた海雪に尋ねた。
「オセのとこだよ。」
お茶を片手に答えた。俺は大きな溜息を一つすると肘をつき、ぼんやり外の景色を眺めた。
「安心しろよ、他の連中は今頃家でゲームでもしてるだろ。訪花もちゃんと見張ってるから平気だろ。」
別にそんなこと心配はしてないんだけどな。それよりも俺はちょくちょくこっちを見てくる妹さんの方が気になるよ。
すると小声で「兄さま、あまり意見するわけではないのですが、この方兄さまが言っていたような感じではないのですが...」なんて聞こえた。まあ確かに昔はちょっと変わってたからしょうがないけれども。
「実は最近こいつにも理性が芽生えてきたんだ。」
「何と!」
「海雪君、妹さんに俺の事なんて教えたの?理性ならずっと持ちあわせてますよ?」
昨日初めて会った時のビクつき具合からして嫌な予感しかしないが。
「三大欲求で動き憚るものは全て力で黙らせ人類の禁忌も平然と犯す悪鬼羅刹のような男。」
「そんなのと結婚させようとかお前の方が遥かに鬼に近いと思うがな。......いや妹さん。俺は普通の男子高校生だから。ブサイクと普通を足して2で割ればできるようなものだから。」
んー、まだ目を合わせての会話は難しかったかな?
「折角ゲインロス効果?でサポートしてやったのに......」
「印象下げすぎなんだよなぁ。こんなん多少印象良くしたからって評価上がんねえよ。」
いや別に上げたいとか思わないけどね。
そんなかんやでオセのいるところへ到着、時刻は10時30頃。妹さんを車に残し2人で収容所の奥へ向かった。
「今更何の用ですか、先生?」
「はははっ、懐かしい顔を見れば何か思う事もあると思ったが何も思わないもんだな。」
「帰りますよ?」
「そうかっかすんなや。お前さん、伸紘をむしょにぶち込んだんやろ?それ聞いて話そう思うてな。」
ここは新聞とかテレビとかはなさそうだし差し詰めここに働く人を懐柔したのだろう。ほんと変わらないな。
「そうさな、手始めに君が施設を出た後の話でもしようか。そないな顔すんなや。ほんますぐ終わるさかい。」
ゴウンと夜一が乗ったエレベーターが音を立て動いた。勿論あれを止めることも出来たがここで敢えて行かせるのもまた一興。先生として最後にできるのはそんな生徒の門出を祝うこと。そう、花火のような祝砲を。
「ポチッとな」
あの人数差で負けるような雑魚共なんかいらないさ。
戦う前に持たせておいた爆弾が元気よく破裂する。その威力も大したものできっとあの2人もただではすまないだろう。死んだかな?まあどっちでもいいか。ここももういらないしてきとーに学園燃やして有耶無耶にしてしまうのが吉かな。新天地はどこにしようかな。
「そんな感じで旅立とうとした私がこんなところにいるのは君の仕業かな?夜一君?」
「だったらどうした。生きてるだけ感謝しろよ。お前が手にかけた連中はもう戻ってこないんだから。だけどな......なんでもない。」
「?お前が自ら望んで地獄に来たくせに」と楽しそうに笑う。「そうだな。」と冷たく返す。別に興味がないとかいうわけではない。寧ろ同感する。
「あ、そうそう。この前ちょっと施設の時の思い出話しててさ、やっとわかったよ。初めての心の安らぎ?とかいったっけ?その時『ヒントはくらいはあげるよ。困ったらいつでも頼ってね。夜一君。』て言ったよな。」
ポケットから写真を出す。前に見つけた俺の出産を祝った写真。その寄せ書きの一つに全く同じ文章があった。
「多分この人だろうが最早別人だな。名前は......まあいいや。これで伸紘とも関わりがあったわけだ。納得納得。」
写真を牢の隙間から投げ入れる。写真は滑るように飛びオセの足元で止まった。
「......で?用件はもういいのか。こっちもお前も駄弁ってるほど暇じゃないんだよ。」
「んー。そうだね。ここを出てまた新たに始めようと思って、そのリーダー役を君に任せようとしたんだけどもういいや。なんかもう弱弱しいし。じゃねー。」
先ほどの写真を踏みつけ器用に足で破いていく。みんなの笑顔が一つ、また一つと破られる。
「......海雪、トイレ、行きたくないか?」
「......はぁ、そうだな、ちょっと行ってくる。」
ガチャンと扉が閉まる音がした。僅かな静寂の後軽快にオセが嗤う。俺はその声を無視して扉に近づく。このくらいの鍵ならどうとでもなるな。
「感謝するよ。お前が悪で居続けてくれる限り、それと敵対する俺は必然的に正義で居られる。」
扉を出て少し歩くと丁度トイレから出てきた海雪と合流しそのままそこを後にした。途中誰かの悲鳴のようなものが聞こえたが、誰かが血だらけで発見でもされたのだろうか。
「世の中物騒ですなー。」
「そうですな。」
海雪が珍しく乗ってくれた。




