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授業の終わりのチャイムが流れ、帰りのホームルームが始まる。それが終わると部活に所属していない俺は家に帰るため教室を足早に出る。7時限目が終わる頃には校舎全体がオレンジ一色に染まる。他の教室から聞こえてくる賑やかな声に「この子はクラスで目立つ人だろう。」なんて考えつつ階段を下り、1階に着き自分の名前の下駄箱を開ける。全くもっと高校生らしいことをすればいいのにと我ながら思う。思わず鼻でふっと笑ってしまった。靴箱に着き自分のところを開ける。
そこには一枚の白い紙が入っていた。またも鼻で笑ってしまった。趣味の悪いいたずらだぜ。
落ち着け、俺。まず俺はクラスでは全く目立たない生徒のはずだ。勉強、スポーツ、顔どれをとっても平均に近い。友達こそ少ないがいないというわけでもない。話しかけられればきちんとした対応もとれて相手も傷つけないようにしている。考え方も少し変だがそれは表には出てないだろう。クラスメイトからしてもただの「クラスメイト君」程度の存在なはず。休み時間は読書か寝ると、少し暗い部分があるがまあ問題ない程度だろう。名前は神倉とあまりない名前だがそこまで目立つほどでもないと思う。ならばなぜこのようなものがここにあるのか。入れ間違いの可能性は扉に名前が書いてあるからありえない。いや待て、俺が今すべきことはこの状況からの離脱。となるとすぐにこの手紙を取り、鞄に入れ、撤退。よし、早速ミッションスタート。
結局緊張しすぎていつもの倍近く時間がかかった。ちょっと格好つけたのに。ミッションインポッシブルのテーマ頭に流れてたのに。
恥ずかしさ一色に染まった俺の心を家族に悟られたくなかった。なるべく平常を装い家の扉を開けた。
「ただいま。」
「なんか顔赤いよ。大丈夫?」
近いよ。
「だ、大丈夫だから。少し暑いだけだから。」
「妹に興奮する兄ってどうかとおもうよ?」
妹の優しさ痛み入ります。ですが贅沢を言わせてもらえばあまり触れないのでほしいのです。兄貴は黙ってろ。妹に血なまぐさいのを見せたくないんだよ。
平常心を装うことは失敗したが手紙だけは家族には見せたくなかった。特にこの兄貴には。
「ちょっと俺勉強するから部屋に入らないでもらえる?」
「勉強を自ら進んでやるなんてえらいねー。」
「テスト期間でもないのに勉強なんかするわけないよね~。部屋にこもって何する気かな~。」
とび膝蹴り。倒れたところに馬乗りをし殴る。これは俺は悪くない。純粋な妹を守るための善行である。鼻血が飛び散る。この後の掃除が面倒だ。妹を見るとひどく怯えた目をしていた。よほど兄のゲスな顔が怖かったのだろう。
掃除も終わりゴミもまとめ捨てた後、いつの間にか消えた妹を不思議に思いながらもようやく部屋に着いた。例の手紙を取り出す。差出人の名前はなく裏に小さく「神倉さんへ」と書いてある。それでは御開帳。
高鳴る鼓動を抑えつつ内容を確認。内容はシンプル。
「助けて」
その日の夕食はハンバーグだった。母と妹が作ったらしく、兄貴が食卓に並べていた。一口かじると中になにやら白いものがあったので兄貴に食べてもらった。すると兄貴は疲れていたのか、食事中なのに寝てしまった。仕方ないので兄貴には食卓を外してもらい、父も含め4人で食事をした。俺は早くに食べ終わると風呂に入り、明日も学校だからと早めに部屋に戻った。
部屋に入ると流さまいと必死に堪えてた涙があふれ出てきた。思い出したくなんかなかった。違うと信じたかった。ラブレターとかだと信じたかった。でも本当は手紙を見た時からどこかで分かっていた。
「助けて。」
俺は昔この手紙を受け取った。そしてその子を助けることができなかった。