79:教皇アナスタシアとの対話
アリアは翌日、屋敷の時と同じ様にハンナに支度をして貰うが召し物がドレスから神教の法衣に変わった。
青いラインが三本入った法衣で聖女は代々この法衣を纏う事になっていた。
この法衣を着てアリアはとうとう神殿に来てしまったのだと強く認識させられた。
「ハンナ、どう?」
アリアはその場でくるっと一周回ってハンナに自らの格好の全体を見せる。
「うーん……これならお転婆出来なさそうと言う感じですかね?」
「え、それは酷くない?」
アリアはハンナの感想にショックを受けた。
実際に神教の法衣は身動きが取りにくそうな程、布が多い。
特に位の高い法衣は。
「お転婆に付き合わされる身にもなって下さい」
「ぷー」
アリアは口を尖らせて抗議する。
「それでは朝食にしましょうか」
ハンナは手際良くテーブルに料理を並べていく。
「食事は自室で食べるの?」
「アリア様は食堂ではなくこちらで取られると言うご指示でしたので。恐らく、昨日の様な騒ぎを回避する為では無いでしょうか?」
アリアは昨日の馬車を降りた時の光景を思い出し納得した。
「ハンナは一緒に食べないの?」
「私は侍女なので一緒に食べません。そもそも主人と使用人が一緒に食べる事が普通では無いのを理解して下さい」
アリアはパンを齧りながら口を尖らす。
「ハンナは友達だもん」
「アリア様、そう言って頂けるのは非常に嬉しいのですが、ここは屋敷では無いので周りに見られれば何を言われるか分かりません。出来る限り誹りを受けない様な行動を心掛けないといけません」
ハンナはアリアの気持ちは嬉しいが、アリアを守らねばならない使命を持つハンナにとって迂闊な行動は出来なかった。
「一緒のベッドで寝るのもダメ?」
「それもダメです。何処に使用人と同じベッドで眠る主がいるのですか。あれはリアーナ様だから許可が頂けたのであって、普通はダメなのですよ」
アリアは腹いせにスープを皿ごと掴んで一気飲みする。
「アリア様、そんなはしたない真似はいけません」
「ぷはっ。スッキリした」
ハンナは慌ててアリアを止めに掛かるが既に遅かった。
口の周りにスープがたっぷり付いた顔で満足気にするアリアにハンナは懐からハンカチを取り出し、口周りを拭く。
「あんまりお転婆はしないで下さい。マイリーン様に見つかったら怒られますよ」
ハンナはこれから大丈夫だろうか、と先行きが不安になった。
朝からそんなやり取りをしながらも朝食を終えて一息吐いていると扉をノックする音が聞こえた。
『フィンラルです。教皇猊下の命によりお呼び参りました』
「今、行きます」
アリアは扉越しに返事をし、部屋を後にする。
フィンラルに案内されたのは教皇の執務室だった。
これからアリアは一対一で教皇と面会しなければならない。
フィンラルからはハンナの同席も認められていない。
「教皇猊下、聖女様をお連れしました」
フィンラルに促され扉を入るとアナスタシアは応接用のソファーに座る様に促され、アリアは大人しく座る。
ハンナとフィンラルが下がるとアナスタシアが向かいに腰を下ろした。
「昨日はごめんなさいね。あんな堅苦しくなっちゃって」
アナスタシアは昨日と打って変わって柔和な顔つきでアリアに話しかけた。
「は、はい……」
アリアはアナスタシアの雰囲気が昨日と違って少し困惑した。
「そんなに緊張しないで。私の事は親戚の叔母さん程度に思ってくれれば良いから」
「は、はぁ……」
突然、そう言われてもアリアはどう返答すれば良いか分からないので曖昧に相槌を打つしか出来なかった。
「単刀直入に聞くわね。あなたが何故、聖女に選ばれたか理解している?」
アナスタシアの質問にアリアは黙ってしまう。
暫く無言でいるとアナスタシアが口を開いた。
「そうだと思ったわ。教育係は教えなかったのね。そうでなければあの侍女を付ける事は無いわね」
アリアはアナスタシアの言っている意味が理解出来なかった。
「まず、ここであなたへ求める事は治癒の力で民を救う事です。聖女の役割やらは正直、どうでも良いので」
アリアはかなり投げやりなアナスタシアの物言いに間抜けな顔を晒す。
「あらあら可愛い顔ね。出来れば腹を割って話したいの。あなたは聖女になりたい?」
フランクに話しかけてくる教皇にアリアは少し正直に答えても良いかもしれないと思い、首を横に振った。
「それじゃあ何故、神殿に来たの?侯爵家を盾に断る事が出来たと思うけど」
「それだとリアーナさんに迷惑が掛かるから」
アナスタシアはアリアの答えに内心、感心していた。
「あなたは義理の母親の為に聖女になると言うの?」
「はい」
アリアは迷わず答えた。
聖女になりたい訳では無いが、断る事によってリアーナ、引いては自分を大切してくれたベルンノット家に迷惑を掛ける様な真似をしたくは無かった。
「あなたは前の聖女がどの様にして亡くなったか知っていますか?」
「はい。私のいた孤児院のある町では有名な話だったので」
アナスタシアはアリアがディートにある孤児院の出身だと言うのを思い出した。
「それでも聖女になっても構わないと思っていると言う事ですか?」
「はい」
「あなたは人の為に自らを危険に身を晒そうとしている事は自覚していますか?」
「それは分かっています。それよりもリアーナさんが大事なんです」
アリアは事前に聖女がどれだけ危険かをリアーナから教えられていた。
リアーナはそれでアリアが行きたくないと言えば神殿に行かせないつもりだった。
「ある意味、聖女としての性質がありそうですね……」
アナスタシアはアリアに聞こえないぐらいの小声で漏らした。
自己犠牲を平気で口にする事に悲しく思ったのだ。
聖女として必要な要素ではあるが、アリアに関しては度が過ぎている様な気がしたのだ。
「なるほど……分かりました。後は人間至上主義についてはどう思いますか?率直に述べてもらって構いません」
アナスタシアが一番、聞きたかった事だ。
「私はハンナを友達の様に大切に思ってます。だからその考えは無理です」
アリアははっきりと拒絶した。
アナスタシアは迷い無く拒絶する答えを出したアリアに喜びと吃驚した。
種族融和を推進したいアナスタシアにとっては非常に都合が良かった。
驚いたのは侍女が獣人だからと言うだけで拒絶したのだ。
「今の言葉が場合によってはあなたに牙を向く事が分かって言っていますか」
アナスタシアは険しい表情で問う。
「それでも私にハンナを排斥するのは無理です。そんな教えなら無い方が良いと思います」
アリアは話し始めたら言葉にオブラートを包まず話していた。
半分やけっぱちだった。
怒られるなら怒られるで良いと思っていた。
アナスタシアはと言うとアリアの歪さにどうすべきかと頭を抱えそうになった。
「私は色んな種族が手を取り合って欲しいと思っているわ。でも覚えておいて。この神殿にはこの考えを否定する派閥が多数を占めていると言う事を」
悩むのを後にして伝える事を言う事にした。
「あなたの侍女に対してやっかみがあるかもしれないけど、覚悟しておいて」
アリアはアナスタシアがリアーナと同じ事を言っていると思った。
これと同じ事をリアーナから言われていたのだ。
「ある程度なら力になれるから。教皇と言っても意外と不自由なのよね……」
少し自嘲気味にアナスタシアは言った。
現実、神教の半数以上は人間至上主義の者が占めており、種族融和推進のアナスタシアは身動きが取り辛くなっていた。
「まぁ、良いわ。ここにくればお菓子もあるから偶に来なさい。頑張って頂戴」
アリアは結局、何を話したいのか分からず教皇の執務室を後にした。
アナスタシアはアリアが去った後も応接ソファーにもたれ掛かりながらアリアの事を考えていた。
「取り敢えず、ボーデンの考えに染まる事は無さそうで良かったわ……」
その事についてはアナスタシアは安心出来た。
万が一、聖女が人間至上主義の旗頭になろう物なら神教は大きな過ちを犯す事になりかねないと考えていたからだ。
とは言っても現状が上手く行っている訳では無い。
獣人の国であるバンガ共和国と十年以上布教の交渉をしているが、進んでいない。
バンガ共和国ではアルスメリア神教は禁教扱いとなっている。
これは神教の人間至上主義を掲げている国がバンガ共和国に攻め込んできた事が幾度もあるからだ。
バンガ共和国自体、創世の女神であるアルスメリアを崇め奉っている。
同じ神を崇めているにも関わらず反目しあっているのだ。
ただアリアに不安が無い訳では無かった。
考え方が身近な人間を守る事に執着し過ぎている事だ。
アリア自身、信仰を持っていないのだ。
これから教育を施していくが根っこにある物は強く、下手をすれば神教の考えを否定する可能性があるからだ。
本当に聖女として迎え入れて良いのか迷う所はあるが、信者への不安を取り除く為にもアリアを受け入れるしかなかった。
教皇は重たい腰を上げて執務へと向かった。




