77:築き上げた物
アリアはリアーナの元を離れて黙々と美味しいハンバーグを食べ進めていた。
普通のハンバーグにデミグラスソースが掛かった物、香り高い香草が練り込まれた塩で頂く物、フルーティーなブルーベリーソースが掛かった物等を順番に制覇していく。
使用人は栄養が偏らない様に付け合わせの野菜も少し盛るのを忘れない。
基本、貧乏人の子供なので食べ物を粗末にしないので出された物は残さず食べる。
「アリア、見つけました」
「ん?」
アリアはちょうどハンバーグを口に放り込んだ状態で声のする方を振り返るとレイチェルがいた。
「どふひはほ?」
口一杯にハンバーグを頬張っていた為、何を喋っているのか分からない状態になっていた。
「取り敢えず、ハンバーグを飲み込んで喋らないとはしたないですよ」
「んぐ……どうしたの?」
あんまり気にせずアリアはハンバーグを飲み込んで聞き返す。
「何処にもいないので探していたのですよ」
「ずっとここにいたよ」
アリアの答えに思わず溜息を吐くレイチェル。
「何でここにばかりいるんですか。全く……」
少し憤慨した様子のレイチェルにアリアは首を傾げる。
普通、主賓は食事コーナーにずっといる事は無いのだ。
「アリアちゃんがずっとハンバーグに夢中になっているから拗ねているのよ」
横から声を挟んで来たのはクラウディアだった。
横には王女のアイリスもいた。
「ク、クラウディアお姉様!?違います。そんなんじゃ!」
レイチェルは図星だった様で取り乱す。
「どちらも素直で可愛いですわね」
アイリスはコロコロと笑いながらアリアとレイチェルを見る。
「こんな可愛い子ならお母様に言って会わせてもらえば良かったわ。お母様もリアーナも過保護なのよ」
アイリスは拗ねた様な口調で言った。
実際はアリアの詳細が広まらない様にした為、アイリスにはアリアと出会う機会が意図的に無くなっていたのだった。
「アリアは神殿に行くのは寂しくない?」
「寂しいです。でもハンナが一緒に行くから頑張れると思います」
アイリスはアリアの言葉から本人が望んで神殿に行くのでは無い事を察した。
少し考えを巡らす。
「ねぇ、アリア、私の妹にならない?そうすればここにいれるわよ」
クラウディアはアイリスの言葉の意図が分かり眉が僅かに反応する。
アリアが突然の誘いに困惑してしまう。
「アイリス様、その言葉を仕舞う事をお薦めしますわ。これ以上続ける様でしたらお姉様に報告しますが」
クラウディアはアイリスに対して牽制する。
「そんなに怖い顔で睨まないで欲しいわ。ほんの冗談じゃない……」
アイリスは大人しく引き下がる。
あわよくばアリアをヴィクトルの婚約者にと考えていたのだ。
それは国王も王妃も当然、望んでいる事だから。
「アイリス様のは冗談では無いでしょう?私はお姉様が本気になったら誰も止められませんよ」
クラウディアにとってアリアは妹の様な存在ではあるが、それ以上に敬愛する姉のリアーナが大切にする存在なのでリアーナの意向は絶対だ。
ベルンノットの者は王族が是でも否を唱える珍しい家だ。
それは圧倒的な才によって齎せる物で、ルドルフは財政、リアーナは武と言った形で王国で必要不可欠な存在なのだ。
リアーナの祖父も宰相として辣腕を振るった。
「だから過保護だって言っているのよ」
因みに王妃や側室がアリアに過保護なのでは無く、リアーナに対して過保護なのだ。
これに関しては過去の事件の負い目による物だがアイリスはこの事を知らない。
「私のお母さんはリアーナさんなので王女様の妹になれませんよ?」
アリアはアイリスの事など全く気にも留めず言った。
「この目で見られると弱いのです」
何故か悶えながら言うアイリスにアリアは訳が分からないと言う顔をする。
「アリアちゃん、アイリス様の事は気にしなくて良いのよ。かなり変なお方だから」
「ちょ、ちょっと、クラウディア!その言い方は酷いですわ」
クラウディアの言葉に抗議するアイリス。
「事実では無いですか。それなら王妃様に過去の所業を報告しましょうか?」
「そ、それは勘弁して下さいまし……」
アイリスは王妃に知られると怒られる事案がたくさんあった。
それがバレていないのはクラウディアが隠蔽しているからだ。
「それではこの場では何も無かったと言う事でよろしいかしら?」
「……はい」
アイリスは大人しく頷くしかなかった。
当のアリアは美味しそうな匂いに釣られてその場から移動していた。
そしてレイチェルは王女と姉のやり取りを眺める事しか出来ず、またアリアを見失うのであった。
アリアが次に狙っていたのはグラタンだった。
ハンバーグは全種類食べ終わったので他の料理に興味が移っていた。
ちょうどグラタンがある所にはマイリーンがいた。
アリアはしまった、と言わんばかりに踵を返そうとするが既に遅かった。
「アリア様」
向こうから声を掛けられてしまった。
パーティー会場なので走って逃げる訳にも行かず、大人しく捕まる事にした。
「口に食べかすが付いてますよ」
マイリーンはハンカチでそっと口を拭く。
てっきりはしたなくて叱られると思っていたので、少し安心した。
「もしかしてグラタンが食べたかったのですか?」
マイリーンもアリアの好みはしっかり把握済みだ。
アリアは食べ物に弱いので食べ物を餌に勉強を頑張らせる事も多いのだ。
「……うん」
「そのお皿は変えましょうか。すみません、新しいお皿に少なめにグラタンを盛って頂けますか?」
マイリーンはアリアの使用済みの皿を使用人へ渡し、グラタンを少量取る様にお願いする。
アリアは体に似合わずよく食べるが色んな食事を食べたいと言うのが分かっているので敢えて少なめにお願いしていたのだ。
「料理は逃げませんからゆっくり食べて下さい」
「マイリーンさん、ありがとう」
アリアはグラタンが盛られた皿を受け取る。
「それにしてもアリア様が来てもう一年なんですね」
物憂げな表情で何処か遠くを見る様なマイリーン。
「あっと言う間だったかな」
「今は楽しいですか?」
「うん」
アリアは力強く答えた。
「最初は結構、心配だったんですよ。凄く暗かったので」
「ごめんなさい……」
アリアは昔の自分の行動を思い出し申し訳無い気持ちで一杯だった。
環境が変わり過ぎて混乱していたので、改めて思い出すとなんて事していたんだろうと思った。
「いいえ、アリア様が謝る必要はありませんよ。こうやって笑いあえる様になったのは良かったです。もう少しお転婆は控えて頂けたらもっと嬉しかったですが……」
マイリーンは少し遠い目をする。
アリアのお転婆の一番の被害者はマイリーンだった。
大変であっても嫌では無かった。
「うー……」
アリアはどんどん居た堪れない気持ちになってきた。
「でも色んな意味でアリア様と一緒にいられたのは楽しかったですよ」
「私もマイリーンさんと一緒で楽しかった」
アリアはマイリーンによく叱られてはいたが、それが自分の為に言ってくれている事は理解していた。
それに困った時はかならず相談に乗ってくれる。
ある意味、アリアにとってリアーナよりも母親らしい存在だった。
「ここを離れてもアリア様は一人ではありません。皆アリア様の事を大切に思っておられます。そして帰ってくる場所もあります」
「そうだね。ここが私の家だもんね」
マイリーンは満足気にアリアの言葉を受け止める。
「その通りです。寂しくなったら帰ってきたら良いんです」
「うん」
アリアはマイリーンの言葉に大きな安心を覚えていた。
付き合いはまだ一年だがそこには大きな信頼関係が築き上げられていた。




