76:アリアとハンバーグ
一応、活動報告にも書きましたが、投稿感覚が月、水、金と週三回になりますのでご了承下さい。
「リアーナにアリア、今日はゆっくり楽しませてもらうぞ」
「本日は我が屋敷までご足労頂き誠にありがとうございます」
リアーナにしては珍しく淑女の礼を取る。
今日のリアーナは未婚ではあるが夫人としての立場なのだ。
その意外な光景に国王の後ろに控える王族は驚きの表情を露にした。
ここ数年リアーナは騎士の礼しかしていない。
特に王族は騎士隊の隊長であるリアーナと言葉を交わす機会が多いが、こう言う姿を見せる事はほとんど無いのだ。
そしてその姿に思わず涙した人物がいた。
「リアーナ、今日はありがとう」
「マグダレーナ様、そんな顔をしないで下さい!さ、涙をこれで」
リアーナは涙するマグダレーナに化粧が崩れない様にそっと目許をハンカチで押さえる様に拭く。
「あなたが昔に戻ったみたいでつい……」
マグダレーナは事件前のリアーナをよく知る人物で思い出したら涙が出て来てしまったのだ。
「ルクレツィアよ。すまんが先にマグダレーナを連れて先に行くが良い」
「畏まりました。リアーナ、ごめんなさいね。マグダレーナ、行きましょう」
「アレク、二人を頼む」
マグダレーナはルクレツィアに介添われてアレクが奥へと連れて行った。
「まぁ。気持ちは分からんでも無いがな」
国王は聞こえるか聞こえない様な声で呟いた。
彼も当時のリアーナを知っているだけにマグダレーナの気持ちは理解出来た。
「陛下、何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。アリアに余の息子と娘を紹介しようと思ってな」
「皆様、私はリアーナ・ベルンノットの娘のアリア・ベルンノットです。本日は私めの為に来て頂きありがとうございます」
アリアの自己紹介が終わるとヴィクトルが前に出る。
アリアはその美しさに思わず息を呑む
「カーネラル王国王太子のヴィクトル・カーネラルだ。君のお義母さんとは公私共々仲良くさせてもらっている、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
「こっちが娘のアイリスだ」
国王に促されて前に出てきた少女はルクレツィアをそのまま若くした様だった。
「王女のアイリス・カーネラルです。いつもクラウディアからお話を聞いておりました。可愛い妹が出来たと自慢げに話しておりましたのでお会いできて嬉しいですわ」
「こ、こちらこそお会い出来てこ、光栄です」
アリアは緊張と誉められた恥ずかしさが混じって言葉が上手く出なかった。
「えぇ、母共々よろしくね」
「アイリス殿下もアリアの為にありがとうございます」
「もしかしたら将来、妹になるかもしれないではありませんか」
アイリスの言葉にリアーナは国王に殺気立った視線を送る。
「リ、リアーナ、そんな事は考えて無いぞ!アイリスも憶測でそんな事は言う物では無い」
国王は慌てて取り繕うが余り効果は無い。
その慌てようから恐らくそれに類する話をしていたと見ていた。
当のアリアは妹にしたいぐらい可愛いと言われた程度にしか思っていなかった。
「その意図があるなら私の取るべき行動がお分かりになりますよね、陛下?」
リアーナの本気の脅しにアイリスが慌ててフォローに入る。
「リアーナ、そんな意図は無いのよ!そんなに怖い顔をしないで!」
実際、国王とルクレツィアはアリアがヴィクトルの婚約者が良いと言う話をしていたのを聞いていたアイリスだったが、リアーナがここまで反応するとは思わなかったのだ。
カーネラル王国内で最も怒らせてはいけない人物になっているリアーナが明らかに殺気立っているのだ。
国王でもリアーナを恐れている。
それ程までに彼女は強い。
「今回の主役がアリアなのでここまでにしておきましょう」
リアーナの言葉をアリアは理解出来ていないのでキョトンとしてこの状況を見ていた。
「さ、陛下が最後ですのでホールへ参りましょう」
国王一向はリアーナが案内し、ホールへと向かう。
ホールは既に招待客が全員入っており料理を摘んだり、酒を飲みながら歓談したりしている。
国王一行がホールへ入ると場に緊張感が走る。
「皆の者、今日は公式の物では無いから我々の事は気にせず過ごして欲しい」
国王の言葉の後にリアーナとアリアが前に出る。
「今日はアリアが神殿に行く前に寂しくならない様にパーティーを開かせてもらった。アリアはこれからヴェニスの神殿に入り聖女となる。だが聖女になったからと言って変わる訳では無くこの場にいる者はアリアが好きで集まっている者達だ。笑顔で盛大にアリアを送り出して欲しいと思う。アリア、何かあれば頼って欲しい。ここにいる者はアリアの味方だ」
アリアは思わず涙しそうになった。
この一年間リアーナ邸で過ごしてきたが、自分の為にこんなにたくさんの人が来てくれた事が嬉しかった。
「それではアリアの新たな道に幸があらん事を!乾杯!!」
リアーナの言葉を合図に一斉に乾杯の言葉と杯が交わされる。
「お母さん、ありがとう……」
「ほらほら、泣いていたら折角の化粧が崩れてしまうぞ」
リアーナはアリアの涙を手に持ったハンカチでそっと押し当てる様にして拭う。
その様子を周りで見ている者達はリアーナの初めて見る母親としての姿に驚いていた。
甲斐甲斐しくアリアの世話を焼くリアーナの姿を見る機会は屋敷にいる者しかいない。
この中でよく知っているのは一時的に屋敷に住んでいるレイチェルぐらいだ。
その様子にまた涙をしてしまうマグダレーナ、リアーナの母であるアレクシアも涙を必死に堪えていた。
リアーナの過去をよく知る人物からするととても喜ばしい光景だった。
「そうだ。今日はダントが色々とアリアの為に料理を作っているから楽しみだろう?」
「うん」
アリアは満面の笑顔を浮かべる。
これを見てチョロイと思った者はいたが、声に出せばリアーナに睨まれるのが分かっているので心の中で呟くのに留まった。
アリアはリアーナに連れられて料理が並ぶテーブルに来た。
そこには色んな料理が所狭しと並べられていた。
「ハンバーグから食べるか?」
アリアは頷く。
それを見た使用人はさっと三種類のハンバーグを手早く皿に盛り、リアーナに渡す。
この屋敷で働く使用人はアリアの好みは熟知しているので、アリアがハンバーグが好きなのは当然、知っているし、どう言うハンバーグが好きなのかも知っている。
リアーナはさっと一口大に切り分けハンバーグをフォーク刺してアリアの口元に差し出す。
アリアはそのままパクッとハンバーグを食べ満面の笑みを浮かべる。
このハンバーグはアリアが一番好きなハンバーグの中にチーズが入っており、トマトソースで味付けしたハンバーグの中で一番好きな物だ。
ただこれを見ている者は雛鳥に餌をやる親鳥に見えるだろう。
「本当に母親みたいだな。ちょっと意外で驚いたよ」
そこに現れたのは王太子のヴィクトルだった。
「まぁ、言わん事は分からなくも無い。自分でもこうなるとは思っていなかったからな」
リアーナとヴィクトルはよく知る仲なので公式行事以外では敬語は使わない。
普通なら失礼だが、ヴィクトル相手では気にも留めない。
「それにしても神殿にアリアを送り出して良いのかい?」
「ん、どう言う意味だ?」
「寂しくて辛くなるだろう?意外と寂しがり屋だからアリア嬢がいなくなったら不機嫌を振りまきそうでな」
その言葉にアリアは思わず吹き出した。
「リアーナさんならありそうかも」
「アリア、私はそんな大人気なくは無いぞ」
リアーナは少し拗ねた様な顔でアリアの言葉に抗議するが、ヴィクトルはそれを聞いて思わず笑った。
「ハハハ、こんなリアーナは初めて見たよ。鬼隊長と呼ばれているのが、これでは台無しだな」
「リアーナさん、鬼じゃないですよ」
アリアは少し口を尖らせてヴェクトルに抗議する。
「王宮の中では訓練の厳しさからそう言う輩もいるんだ」
「殿下、アリアに余計な事を吹き込まないで頂きたい」
「おっと、つい口が滑ってしまったな」
態とらしい感じで言うヴィクトルにリアーナは思わずイラッとしたが、こう言う性格なので余り気にしない様にしていた。
アリアはヴィクトルよりリアーナが手に持つ皿の上に載ったハンバーグの方が気になっていた。
折角の美味しい料理が冷めてしまうのだ。
リアーナはアリアの視線がハンバーグに集中している事に気が付いた。
「すまない。殿下に邪魔をされてな」
そう言って差し出されるハンバーグを美味しそうに頬張る。
二口で食べきれる大きさなのでアリアは全種類のハンバーグを食べるつもりでいた。
「何となくリアーナの気持ちが分かったかもしれん。この顔を見ると堪らないな」
満面の笑みを浮かべるアリアがとても可愛かったのだ。
「そうだろう。アリアを神殿に送らなければいけない私の気持ちが分かるだろう?」
「これは辛いな。何だろうな。こう純粋な裏の無い笑みに癒される気分だ」
二人は意気投合をし始め、ニコニコの笑顔でアリアの満足気な顔を眺める。
そんなだらしない顔をしている二人を置いてアリアはハンバーグのお代わりを取りに行くのだった。
ヒルダ「アリアちゃんって、ハンバーグが好きだったんですね」
アリア「そうだよ」
ヒ「初めて知りました」
ア「ヒルダさんとあんまりご飯を食べる機会は無かったもんね」
ヒ「それにしても使用人の皆さん、アリアちゃんの事を甘やかし過ぎな気がしますが」
ア「そんな事無いと思うけど」
ヒ「それにしても私の出番がありませんね」
ア「まだ神殿に行く前だからね」
ヒ「私より殿下の方が先に出てくるとは……」
ア「でもあんまり接点は無いよ。実際にあった回数なんてニ、三回程度しか無いし」
ヒ「そうなんですか?」
ア「そうだよ。どっちかと言う王妃様やマグダレーナ様と会う機会が多かったかな」
ヒ「因みに脈有りですか?」
ア「ある筈ないよ。私が王妃になったら国が傾くよ。あ、でも美味しいお菓子はたくさん食べられそう」
ヒ「脈が一瞬でもありそうと思った私が愚かでした」
ア「え、何で?」
ヒ「まぁ、気にする程の事も無いですよ」
ア「そう言われると凄く気になるんだけど」




