09:ヒルデガルド・オーデンスとの再会
アリア達はハンナに案内され、ヒルデガルドが宿泊する宿へやってきた。
「うわー、ここ、絶対高いよね……」
アリアが周囲を物珍しそうにキョロキョロ見回す。
ヒルデガルドが宿泊している宿はこの町では貴族御用達の宿だ。
まず宿が石造りになっており、周囲には警備の人員が多く配置されている。
宿の中も貴族の邸宅と思わせるような調度品がセンス良く置かれていて、待合の休憩室にしても豪華なソファーが並んでおり、コンシェルジュを見ただけで五名も待機している。
「私はリアーナ・ベルンノットと言う者だ。済まないが、こちらに宿泊しているヒルデガルド・オーデンス殿と面会をお願い出来ないだろうか?」
リアーナは宿の受付の男性に尋ねる。
高級宿と言う事もあり受付の男性の所作が貴族に仕える執事の様だ。
「身分証の提示をお願い致します」
リアーナは受付にギルドカードを渡す。
「身分証の提示、有難うございます。確認をお取りしますので、少々お待ち下さい」
受付の男性は後ろに控える女性の従業員に指示を出し、女性従業員は足早に受付の後ろの扉から出て行く。
暫く待つと女性従業員が受付の男性に耳打ちをする。
受付の男性がカウンターへ戻ってくる。
「お待たせ致しました。オーデンス様より面会のご了承を頂きましたので、応接室に御案内します」
受付の男性はアリア達を応接室へ案内する。
貴族の使用頻度が高い宿の為、客室ではなく個別に応接室が用意されている。
応接室の前まで着くと受付の男性が扉をノックする。
「面会をご希望のリアーナ・ベルンノット様をお連れしました」
「どうそお入り下さい」
扉の向こうの了承の返事を聞き受付の男性が扉を開け、アリア達へ入室を促す。
部屋の中には黒髪の神官服に身を包んだ女性がソファーに座っていた。
「どうぞお座り下さい」
彼女に促されアリアとリアーナはソファーに腰を掛け、ハンナはリアーナの後に立つ。
受付の男性は一礼し、扉を閉めて退出する
「お久しぶりです。ヒルデガルド殿」
「こちらこそ久しいですね。リアーナ様」
お互いに座りながら軽く一礼する。
ヒルデガルドはリアーナの横に座るアリアが気になるのか、視線がアリアの方に向きがちになっている。
「こちらの町に来ておられると聞き、少し御挨拶に伺いました」
「それは有難うございます」
ヒルデガルドの手が少し震えている。
アリアもそれに気付いて少し申し訳なさそうな顔している。
「大変失礼で申し訳ないのですが、横におられるのはアリア様で宜しいですか?」
「あぁ」
「お久しぶり、ヒルダさん」
アリアは微笑みながらヒルデガルドに声を掛ける。
ヒルデガルドの震えが更に強まる。
「ア、アリア様……お久しぶりで御座います」
「そんなに畏まらなくても昔みたいな感じでいいよ」
「アリアちゃーん!!!」
アリアのその言葉を引き金にヒルデガルドは間にあるテーブルを気にせずにアリア飛びついて抱きしめた。
リアーナとハンナは驚いて口がポカンと開いている。
アリアは神殿にいた時から仲が良く、よくお茶を飲んで喋りあっていた。
さっきから震えていたから我慢の限界は予想しており、苦笑いを浮かべるしかなかった。
アリアに抱き付いている彼女は会えた事が余程嬉しかったのか、泣きながらアリアの頭を撫で続けている。
「ヒ、ヒルデガルド殿……」
流石のリアーナも困惑している。
だがアリアはこうなる事は分かっていた。
ヒルデガルドは教皇の娘であるが為に孤独だった。
母親である教皇アナスタシアから身の危険を案じて距離を置かれ、唯一友と呼べる存在がアリアだった。
そんな中、母親の死、その犯人が唯一の友であるアリアと言う事態だ。
相当、精神的に参っていたに違いない。
「ヒルダさん、一回離れようか?リアーナさんもハンナも困ってるし……」
アリアに宥められ彼女は乱れた服を直しながら元座っていたソファーに座りなおす。
「……すみません。取り乱してしまって……」
かなり泣いたので目許が真っ赤だ。
「あの失礼な質問かもしれないが、アリアはあなたの母親であるアナスタシア様の殺害の罪の身と言うのは御存知ですよね?」
ヒルデガルドは神官服の袖で涙を拭い、リアーナを真っ直ぐ見て応えた。
「存じております。だからと言って犯人がアリアちゃんとは思っておりません。彼女と母の仲は私自身がよく知っておりましたし、そんな事をする様な人物では無いと言う事も存じております」
面と向って言われて少し気恥ずかしいアリアだった。
それに親友であるヒルデガルドが犯人では無い事を信じていてくれた事がとても嬉しかった。
「だからこそリアーナ様もハンナ様もこうしてアリアちゃんを守る為にと国外にいらっしゃると思いましたが、違いますか?」
リアーナもアリア同様にアリアの無実を理解している人物がいる事に安堵を覚えた。
「えぇ、その通りです」
「それを聞いて安心しました。それで本日はどの様なご用件で?」
落ち着いて話しているヒルデガルドだが、チラチラとアリアに視線を移しており気になって仕方が無いようだ。
リアーナもそれに気付いている。
「ヒルデガルド殿、もしアリアと話したい事があれば先にそちらを済ませて頂いても構いませんよ」
「いえいえ、折角来て頂いてそんな事は……」
ヒルデガルドは首を横に振る。
「神殿におられた時はアリアと非常に懇意にして頂いていた様ですので」
彼女はアリアの方を見る。
アリアは仕方が無いと思い彼女に頷く。
「それではお言葉に甘えて。アリアちゃん」
そう言って手招きをしてアリアを呼び、自らの膝の上をポンポンと叩く。
アリアは溜息は吐きながらヒルデガルドの膝の上に座る。
そしてヒルデガルドはアリアをぎゅっと抱きしめる。
彼女の表情は完全に緩みきっており人前に見せる様な顔に成していない。
「アリア、ヒルデガルド殿はいつもこんな感じなのか?」
「普段はこうじゃないんだけど、二人だけの時はこうなるかな」
アリアは少し恥ずかしそうに言った。
普段は公の立場でしか会う機会が無かったリアーナは凛としてしっかりとした女性のイメージだったので驚きを隠せない。
「ヒルダさん、お話進めてもいい?ダメなら向こうのソファーに戻るけど」
ハッ、となったヒルデガルドは緩めた顔を少し引き締める。
体勢は変えずに。
「大丈夫ですよ。一年以上アリアちゃん分を補給出来ていなかったので、暫くこのままにしてもらえるなら」
「私達が来たのはヒルダさんがこの街に来ているから純粋に会いたかったんだよね。色々、心配を掛けたし……」
本当はヒルデガルドに会いたかったアリアだが、封印を抜け出してカーネラルに留まる訳にはいかなかった。
「そう言ってもらえると嬉しいです。でも心配したのですよ」
「ごめんなさい」
アリアは素直に謝った。
「良いんです。こうしてまた会えたのですから。でもその眼帯は……」
尋ねるヒルデガルドの表情が曇る。
「これ?尋問された時にね……。封印の中だと治癒魔法が使えなくて……」
それを聞いたヒルデガルドは怒りを露にする。
「母を亡き者にするだけでは飽き足らず、アリアちゃんにまでこんな傷を残すなんて!あの方達は何処まで人を貶めれば気が済むのですか!」
こんな風に怒ってくれる事に有難い友人を持ったと思うアリアだった。
唯一残念なのはアリアを膝の上に乗せて抱きしめていて怒っている雰囲気が台無しな事だろう。
リアーナとハンナもヒルデガルドと同じ思い抱いていた。
彼女達もアリアをここまで怒って心配している友人がいる事が嬉しかった。
「やっぱ犯人は分かっているの?」
アリア達は犯人は分かっているが神教内の状況は分からない。
「ええ。反前教皇派の筆頭で現教皇のボーデン・カナリスと踏んでます。アリアちゃんが封印から逃げた事は公にはされていませんが、上層部内では報告に上がっています。因みに公にはアリアちゃんが病で臥せっている事になってます」
「そうすると教皇殺害の犯人はどうなる?」
リアーナは疑問を呈した。
それは当然である。
教皇殺害の犯人はアリアと言う事で封印されたのだから。
「公に聖女が教皇を殺害したとなると神教の外聞が悪くなり、信仰に影響が出ると思ったのでしょうね。母を殺した犯人は前教皇派の神官になっており、発見された時には毒を飲んで自害しておりました」
「チッ、身代わりか」
忌めしいかの様に舌打ちをした。
「ただ聖女がずっと臥せっている訳にはいかないのでアリアちゃんに似た容姿の治癒魔法使いを代理に立てる予定の様です。実際に神殿で見掛けましたがあの様な似ても似つかない少女を代理にするなんて……」
話している口調とこの抱きしめている姿にアリアはただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。