70:護身術と言う名の運動
ハンナが正式にアリア付きの侍女になってから二人はますます仲が良くなった。
良い意味でも悪い意味でも。
先日、マイリーンの特大の雷がアリアに落ちると言う事件があった。
実は虫が苦手なマイリーンに対して教科書の間に誰もが嫌いな黒い物体を挟んだのだ。
マイリーンは悲鳴を上げて腰を抜かし、二人でその姿を大笑いした所、リアーナやエマも駆け付ける事態になった。
その時のマイリーンの表情はリアーナでさえ引く程の怖い笑顔だった。
アリアが屋敷に来て初めてお尻叩きのお仕置きが実行された日となった。
流石のリアーナもこの悪戯は擁護し難い物だったので、躾の一環と思いマイリーンを止めなかった。
今日はアリアが護身術の授業を初めて受ける日だ。
身動きのしやすい格好に着替えて庭園の西側にある鍛錬場に来ていた。
一応、護身術に関してはハンナも一緒に授業を受ける事になっている。
ハンナはアリアを護衛する役割もあるので腕が鈍らない様にとリアーナから一緒に受ける様に指示を受けていた。
ハンナとしても鍛錬する時間が取れるのはありがたい事だった。
初回の護身術の授業と言う事で講師を務めるレミーラとトムの二人で来ていた。
ウェーブが掛かった金髪の長身のメイド服に身を包んだ女性がレミーラ、白のシャツに黒のパンツに黒のベストを着た黒髪の青年がトムだ。
基本は交代しながら授業を行うが、初回なのでアリアがどのぐらい動けるか確認する意味合いも兼ねている。
「アリア様、今日から護身術を教える事になりましたレミーラです。一応、こちらのトムと交代で講師を務めますのでよろしくお願いします」
レミーラとトムが頭を下げるとアリアも釣られて頭を下げる。
「アリア様、少しお聞きしたいのですが、リアーナ様から森でよく食料を調達していたと聞いておりますが、具体的にどの様な獲物を獲っていたのでしょうか?」
レミーラはリアーナから森に入って食料を調達していた事を聞いており、具体的にどの様な事をしていたのかを知りたかった。
「主に兎とメイルスパイダー、たまに鹿かな」
「え、メイルスパイダーですか?」
レミーラは思わず聞き返した。
まさかアリアが魔物を仕留めているとは思っていなかったのだ。
Eランクの魔物とは言え子供が相手するには非常に危険な相手だからだ。
「うん、美味しいよ」
「お、美味しい?」
横でトムが食べるのか、と言わんばかりに呟いた。
「えっと……どうやって獲物を仕留めましたか?」
レミーラは話を戻して仕留め方を確認する。
「メイルスパイダーは風の魔法で上手く引っ繰り返してお腹に大きめの石をぶつけてた。兎は走って追い駆けて鉈でスパンと」
アリアが身振り手振りで説明するのを見聞きしながらレミーラは本当に十歳の少女かと思った。
屋敷内でアリアが鬼ごっこしたりお転婆しているのは知っていたが、レミーラはタイミングが悪く現場を見た事が無かった。
それに十歳の少女が手馴れた手振りで鉈を振るう様には少し寒気がした。
「お、おい、護身術教える必要あるのか?」
トムは小声でレミーラに耳打ちした。
レミーラもトムと同じ事は思ったが口に出してはいけない。
ジッと視線を送るとトムは黙った。
「アリア様、因みに武器は使った事はありますか?」
「鉈しか使った事無いよ」
レミーラはどの様な事を教えるから頭で考える。
「運動がてらに木剣で振るってみましょうか」
レミーラがそう言って訓練用の木剣をアリアはと渡す。
「トムとハンナは見ていて下さい。アリア様、細かい事が考えずに私をそれでどうやったら倒せるか考えて戦ってみて下さい」
「うん。行くよ!」
アリアは適当に剣を腰溜めに構え、そのまま突進する。
レミーラは突き出された剣を軽く払おうとするとアリアは無理矢理横に跳んで距離を置く。
その動きは身軽な猿の様だ。
アリアはレミーラを警戒して距離を取りながらじりじり距離を詰める。
「アリア様、片手で持つと疲れませんか?」
対峙しているレミーラは木剣を片手で構えるアリアが不思議だった。
「両手だとよく分からないから。ちょっと重いけど、鉈と同じ感じに使えそうだから」
アリアが持っている木剣はショートソードで刃渡りが短い物なので刃渡りは鉈に近い。
レミーラは少し納得した。
真っ直ぐ突っ込んで切り掛かってくるアリアの剣を上手く捌く。
動き自体はかなり良く、素人の剣ではある物の魔物を倒していたのが頷ける動きだった。
体の身軽さを使って左右に撹乱しようとしたり頭を使った動きもしているのでレミーラは聖女なんて勿体無いと思った。
「それでは私が攻めますよ」
レミーラは一度距離を置いてから、一気にアリアに詰め寄る。
一応、手加減をして切り掛かるとアリアは両手でレミーラの剣を受け止める。
レミーラは防御に回るアリアを気にせず斬撃を放つ。
間を空けず隙が無い攻撃にアリアは防戦一方だ。
アリアに疲れが見え始めた時、レミーラの一撃で木剣がアリアの手から離れた。
「ここで一度、休憩にしましょうか。アリア様は私がお世話しますので、トムとハンナは適当に鍛錬していて下さい」
トムとハンナは指示に従い、広いスペースで模擬戦を始めた。
「アリア様、あそこで休憩しましょう」
アリアはレミーラに案内されて鍛錬場の一角にある椅子に座り、レミーラも横に腰を下ろす。
「体を動かしてみた感じはどうでしたか?」
「あんまりああ言う風に戦った事が無かったから楽しかったかな」
「それは良かったです」
この鍛錬の本当の目的はアリアのストレス発散なので楽しいと言う言葉が聞けてレミーラは心の中でほっと息を吐いた。
「アリア様は運動神経が良いのですね?」
「そうかな?普通だと思うけど」
アリアの反射神経は眼を見張る物があった。
いくら手加減しているとは言え、普通は素人が武器を持って動けない。
「アリア様のお年であれだけ動ける方は珍しいですよ。明日からは模擬戦と少し護身術を教えますので」
「うん、頑張る」
アリアは体を目一杯動かせる事が楽しかった。
なので護身術の授業は良い息抜きになった。
ふと模擬戦をしているハンナとトムを見ると洗練された動きでやり合っている。
ハンナは両手に木製のダガーでトムはロングソード。
「ハンナも強いんだね」
「あの身軽さと状況に対する臨機応変さ、そして何より的確に急所への攻撃の正確さが彼女の特筆すべき所でしょうか」
レミーラは何度かハンナと手合わせした事がある上に素性も知っている。
そしてこの屋敷の使用人の中で二番目に強い。
一番は家令のベルナールだ。
彼は元々王都警護を担当する第二騎士隊の隊長を務めていた人物で妻に先立たれ引退後にやる事が無いとぼやいていた所をリアーナにスカウトされたのだ。
「一撃必殺って感じだね」
「正に仰る通りです。ただ長期戦には向いておりません。それでも年齢を考えれば充分強いと言えるので困った事があればハンナを頼ると良いと思います」
「そうだね。私、治癒魔法しか取柄が無いから」
アリア少し残念そうな顔をした。
「そんな事はありませんよ。人を癒せるのは大変な事です。それは誇って良いのです」
レミーラに言われ少し表情を暗くする。
アリアの中で盗賊と対峙した時の光景を思い出していた。
魔法を使った瞬間、自らが放出した黒い光によって盗賊が肉塊へと変わった光景を。
実はすぐに意識が途切れた訳では無かったのだ。
あの瞬間、少し意識が有り、肉塊へと変わる盗賊を見ていた。
意識を取り戻した後、周りの状況に混乱していたのとシスターを助ける事しか頭に無かった。
冷静になるに連れて状況を思い出していたのだ。
その事を誰にも話せてはいなかった。
アリアはその事を話して周囲から嫌われる事が怖かった。
「アリア様、お顔が悪そうですが、大丈夫ですか?」
レミーラは少し顔の青くなったアリアを怪訝な顔で覗き込んだ。
「大丈夫だよ!」
アリアは思い出した事を振り払う様に首を横に振った。
「もう少し体を動かしたいかも」
慌てて誤魔化す。
「それなら簡単に剣の振り方を教えましょうか?」
「うん!」
アリアはその後レミーラに剣の持ち方から構え、振り方をみっちり教わるのだった。
ヒルダ「アリアちゃんって、相当お転婆だったんですね」
アリア「いや~それ程でも」
ヒ「誉めてませんからね」
ア「何処と無くヒルダさんの視線が冷たい」
ヒ「あのお転婆振りを見れば誰もがそう思うと思いますよ。それに巻き込まれるマイリーン様が可愛そうです」
マイリーン「ヒルダ様、正にその通りです」
ア「マイリーンさん、いつの間に?」
マ「偶々、通り掛ったら私の話が聞こえましたので」
ヒ「マイリーン様はアリアちゃんの面白いエピソードとかありませんか?」
ア「え、ヒルダさん、いきなり何を聞いてるの!?」
マ「あー、実は屋敷に来て一度だけおね」
ア「わーわーわー!!何も無いんだよ!!本当に何も無いよ!!」
ヒ「アリアちゃん、隠し事はダメですよ。さ、マイリーンさん、どうぞ」
マ「それでは」
ア「わ-わーわー!!ダメだよ!!そんな事を言うと年齢」
マ「アリア様」
ガシッ(マイリーンのアイアンクローがアリアの顔にホールドされる)
ア「冗、談、だ、か、ら」
リアーナ「どうしたんだ?」
ヒ「アリアちゃんの恥ずかしい話を聞こうと思いまして」
リ「あぁ、私のベッドでおねしょをした事とかか?」
ア「あー!!何で言うの!!」
リ「ん、まぁ、子供の時だから仕方が無いだろう。それに朝から寝ている私に気付かれない様に必死にシーツを剥がそうとしているアリアも可愛かったしな」
ア「うわー!!寝ていると思っていたらちゃっかり見られてた!?」
ヒ「十歳でおねしょはちょっと無いですね」
マ「朝から大騒ぎでした」
リ「あのシーツはちゃんと未だに私の部屋に大切に保管されているから安心すると良い」
ア「過去の汚点が綺麗に保存されているとか嫌すぎる!!」
リ「後は木に登って降りようとしてドレスが引っ掛かって逆さまになって降りられなくなったとかか?」
マ「そんな事もありましたね」
ヒ「掘ればたくさん出そうですね」
ア「……もうやめて……私のHPは0だよ……」




