69:アリア専属侍女ハンナ
予約投稿が昨日までなのをうっかり忘れていました。
アリアが王都へ来て一ヶ月が経つ頃、リアーナ邸は以前に比べて非常に賑やかになった。
お転婆なアリアとそれを追いかけるマイリーンの図が定番となり、使用人達も見慣れた光景につい笑顔になってしまう。
アリアは勉強が余り得意では無い所為でマイリーンの授業中によく居眠りしてしまう事もしばしば。
その度にマイリーンに優しく起こされる。
本来マイリーンならアリアを叱るのだが、勉強を受ける姿勢は真剣なのと、屋敷に来た時は暗かったアリアが明るくなり、叱りにくくなっていた。
アリアは珍しくリアーナの執務室へ呼び出された。
用事がある時はリアーナがアリアの部屋に来るのでアリアは何があったのか、と思いながらリアーナの執務室へ向っていた。
実質、隣りの部屋なので直ぐに着く。
リアーナの執務室の扉をノックする。
「アリアです」
「入れ」
リアーナの入室許可が出たので扉を開くとエマが部屋で出迎えた。
部屋にはリアーナとエマだけでは無くマイリーンとハンナもいた。
アリアは入室を促されリアーナの執務机の前に立つ。
「マナーも身に着いてきている様だな」
リアーナの用事としてはアリアの部屋で問題無かったのだが、マイリーンからマナーが大丈夫か確認する意味も込めて執務室へ呼んだのだ。
「そっちに座ってくれ」
アリアはリアーナと対面する形で執務室の脇にある応接用の椅子に座った。
「エマ、お茶を出してくれ」
エマはさっと下がりお茶を準備し、リアーナは呼び出した要件を切り出した。
「今日、呼んだのはアリアに侍女を一人付ける事にしたからだ」
「侍女?」
「あぁ、アリア専属の身の回りを世話をする人間の事だ。私の休暇が来週で終わるから日中は私がいない事も増える。何かあれば二、三日屋敷を空ける事もあるだろう。そんな時に身近に頼れる人間がいた方が良いと思ってな」
リアーナがずっと屋敷にいたのは長期休暇中だっただけなので、基本は王宮で騎士としての仕事がある。
「アリア付きの侍女になるのはアリアもよく知っているとは思うが、メイドのハンナが担当する。ハンナ、こっちに」
ハンナはリアーナの横へ立つ。
「ハンナは神殿に行ってもアリアと一緒に同行させる。そうすれば寂しく無いだろう」
リアーナはハンナを付ける最大の目的はアリアに伝えなかった。
余計な不安を与えたくは無かった。
ハンナが受けたのは何があろうとアリアを守ると言う命だ。
「でもハンナは良いの?」
アリアは自分に侍女が付くのには抵抗があり、ハンナに聞く。
「アリア様、私としては大変光栄なお話だと思っております」
ハンナは迷わず答えた。
「今回はアリアが嫌と言ってもハンナを付けるつもりだ。私がいない時が不安なんだ。これは私の我儘だが諦めてくれ」
アリアはリアーナに強くこう言われてしまうと断れなかった。
リアーナがアリアを大切にしてくれている事は一緒に生活しているとよく分かる。
それに少しでも応える為に眠くなる勉強も必死になって頑張っているのだ。
「うん。ハンナ、これからよろしくね」
「はい、アリア様」
ハンナはアリアより三つ上だが屋敷内では年齢が近い事とスラム出身で感覚が近いので中が良かった。
元々ハンナはアリアが屋敷に来る前に偶然、応援任務で街の警邏に出ている時に拾った元暗殺者だ。
十歳の獣人の少女を拾ったリアーナは育てればアリアの護衛に出来るのではと思い、侍女になるか誘ったのだ。
リアーナの思惑以上にハンナとアリアは仲良くなったのは好都合だった。
メイドとしての基礎的な教育が終わったと言う事でアリア付きにしたのだ。
リアーナはハンナが裏切らない様に一番、最初に教育的指導を徹底的に行っている。
ハンナ自身、純粋に暗殺者稼業から足を洗えて普通の生活が出来る事に感謝しており、今までと違う生活に希望を見出しているので裏切るなんて事は全く考えていない。
「後、受け取ったシスターへの手紙は送っておいたぞ。返信は早くても一月ぐらい掛かるとは思うが……」
アリアはこっちに来て暫くしてからシスターへ元気にやっている旨の手紙を出したのだ。
手紙の配達は乗合馬車を運営する商会が行っており、王都からアリアの住むディートまでは約二週間掛かるのでどんなに早くても返信が届くには一ヶ月程掛かってしまう。
「リアーナさん、ありがとう。シスター、元気かな?」
「今、エルマーが修繕の立会いに向こうにいるから帰ってきたらアリアにも状況を教えるよ」
エルマーはこの屋敷で働く執事の一人だ。
約束である孤児院の修繕の手配関係を任せてある。
それに加えて孤児院の運営状況の改善も任されている。
「ありがとう。シスターが一人だと無理しそうだから……」
「どうしても手が足りない様ならエルマーには村人を雇う様に言ってある」
「村の人?」
「あぁ、その方が馴染みやすいし、村も助かるだろう」
少しでも孤児院と馴染みがある人間、それに村にお金を落とす様にした方が孤児院の環境改善に繋がると考えていた。
帰り際、領主であるディートリヒとも会いリアーナが孤児院に関して釘を刺してある。
ディートリヒは野心家ではあるが、引き際を知らない程愚かでは無かった。
領主はリアーナとのパイプが出来たと言う事で割り切ったのだ。
先日、王宮で行われた戦勝記念パーティーにはディートリヒも来ており、リアーナと懇意に話していると周囲の貴族にアピール出来ている事に満足していた。
その日の主賓のリアーナと繋がりを持つと言うのは社交界では一番の狙い目だった。
リアーナは社交嫌いとして社交界では有名な為、非常に扱い辛い人間と貴族には思われている。
実際の所は貴族的な付き合いが面倒なリアーナが仏頂面で素っ気無い態度を態と取り、そう思われる様に仕向けている。
リアーナは立場上、女性王族と仲が良い為、敵に回すと女性王族も敵に回る可能性が高く、迂闊に手が出しにくい存在でもあった。
「うん」
孤児院から離れてもアリアは心配だった。
こうしてリアーナが色々してくれる事はとても嬉しかった。
「じっと屋敷に篭っているのは辛いだろう?屋敷の敷地外に出るのは厳しいが、体を動かすなら護身術でも学ぶか?」
リアーナはお転婆なアリアにじっと屋敷で勉強だけさせるのは無理があると考えていた。
マイリーンにもその点を相談していたのだが、何処かでアリアのストレスを発散させた方が良いとの結論に達したのだ。
マイリーンの場合はストレスが溜まったアリアを追い掛け回すのが非常に大変なのもあった。
普段から森で動き回っていたアリアを捕まえるのはデスクワーク寄りのマイリーンには厳しいのだ。
お陰で体重が減った事に密かにラッキーと思っていたマイリーンだった。
アリアの運動神経はかなり良く、屋敷の二階の窓ぐらいの高さであれば平気で外へ飛び降りる。
これにはマイリーンだけでは無く屋敷の人間が皆驚いていた。
そして足も非常に速く元暗殺者だったハンナでさえ後を追うので手一杯になるぐらい速いのだ。
因みにレイチェルはアリアの運動神経に着いて行けず、その点にかんしては早々に諦めていた。
レイチェルは純粋な令嬢なのでそう言う事には当然向いてない。
結論としてはアリアを目の届く場所で体を動かせようと言うのが最大の目的だ。
「うん、やってみたい!」
アリアはじっとしているのが好きでは無かったので体を動かせる事に喜んだ。
「基本的な指導はレミーラとトムにやってもらう形になるからな。でも無理はするんじゃないぞ」
アリアは首を大きく縦に振った。
レミーラとトムは屋敷で働いている使用人の中でも元冒険者なのでいざと言う時に護衛も兼ねている面子だ。
特にエルフで冒険者歴の長いレミーラの実力はかなり高い。
「マイリーン殿は授業時間をレミーラと調整してくれ。一応、主要講師はレミーラに任せる形にしてある」
「畏まりました」
マイリーンは内心、アリアと鬼ごっこをせずに済むと思い安堵していた。
体力的にアリアに勝てない。
「この後は来客があるからハンナ、アリアの事は頼んだぞ」
「はい」
アリアはハンナと一緒にリアーナの執務室を退出し、自室へ戻った。
こうしてアリアとハンナは生涯共に歩む事となるとは二人は思いもしないのであった。




