閑話16:ハンナの日常と鬼ごっこ
私はリアーナ様に仕えるメイドのハンナです。
元々は王都のスラムを拠点に活動する闇ギルドの暗殺者でした。
任務に失敗して路地裏で倒れている所をリアーナ様に拾われてこの屋敷でメイドをしています。
私はアリア様の侍女となるべく先輩のエマさんに教育を受けています。
アリア様はリアーナ様の義理の娘になる方で、初めてお会いした時は非常に暗い感じの少女でした。
ですが様子を見ている内にこの屋敷の生活に慣れていない事による物だと気が付きました。
底辺の平民である私達にとってここでの生活は雲の上の世界なのです。
住む世界が違い過ぎて辛いのです。
そう言う境遇から私とアリア様は他の方よりも早く打ち解ける事が出来ました。
最終的にアリア様の侍女となるので今の内から仲が良い方が良いでしょう。
最初はエマさんがしていたアリア様の身の回りのお世話ですが、最近は私がよく担当してます。
アリア様も私だと気兼ねしなくて良いのか笑顔を向けてくれます。
とある日の昼下がり、私はアリア様の部屋でアリア様と二人でした。
その日はリアーナ様の妹君であるレイチェル様が所用で実家へ戻られ、リアーナ様も王宮への呼び出しがあり、アリア様は暇されておりました。
「ハンナ、暇だね」
「そうですね。今日の授業も終わりましたから」
アリア様は椅子に座りながら所無さげに足をぶらつかせます。
「そうだ!私と鬼ごっこしよう?」
「鬼ごっこでございますか?」
突然のアリア様の提案に私は間抜けな顔で聞き返しました。
「うん。ハンナが鬼だから」
唖然としている私を気にも留めず、アリア様は椅子から立ち上げり、走り去って行きました。
私は我に返りました。
このままではエマさんに大目玉です。
私は急いで走り出してアリア様を追い駆けます。
まだ十歳なので余裕で追い付けるでしょう。
そう思いエントランスの中央階段を下りようとしているアリア様を発見しました。
「アリア様、お待ち下さい!!」
「鬼さん、こっちだよ!」
アリア様は一瞬、立ち止まり私に対して居場所をアピールしてきます。
距離を詰めて何としても捕まえなければ行けません。
アリア様は踵を返したと思った瞬間、私の想像を超える行動に出ました。
なんと階段の手摺を乗り越えて二階へ飛んで下りたのです。
「は?」
つい間の抜けて声が出てしまいました。
階段に着いた私は手摺から乗り出す様に階下を凝視しました。
アリア様はその要領であっと言う間に一階まで下りてしまったのです。
はっきり言って運動神経良すぎです。
本当は私も同じ事をして下りようと思ったのですが、万が一、その光景をエマさんに見つかれば叱られるのは間違いありません。
そんな訳で私は真面目に階段を下りていきます。
一階へ着くとアリア様は中庭に出る扉の前でにいました。
私が下りてくるのを待っていた様です。
「アリア様、部屋に戻りましょう!」
アリア様は私の言葉をスルーして中庭へ走っていきます。
私は必死にアリア様を追い駆けます。
しかし、アリア様との距離が一向に縮まりません。
暗殺者として鍛えられた私の足が十歳の少女に追い付けないなんて有り得ません。
アリア様は中庭を抜けて庭園の方へ抜けて行きます。
東屋にはマイリーン様がエマさんと一緒にお茶をしていました。
これは絶対怒られるフラグです。
「アリア様、いい加減にして下さい!部屋へ戻って下さい!」
私は大声で叫ぶと東屋にいるマイリーン様とエマさんも私とアリア様の存在に気付きました。
そしてアリア様は私を恨みがましそうな視線で見ておられますがそれは無視です。
何としてでもアリア様を止めなければ行けません。
アリア様は東屋にマイリーン様達がいるので突如方向転換して鍛錬場の方へ走って行きます。
正直、アリア様に追い付けないのが精神的に凹みます。
結局、屋敷をの周りを一周した所で待ち伏せしていたマイリーン様とエマさんにアリア様は捕まっておりました。
ここの屋敷はかなり大きいので十歳の少女が全力疾走して体力が持つ事に驚きです。
「ハァハァ……アリア様……これ以上は……」
そんな全力疾走に付き合えばいくら鍛えた私でも息が切れます。
アリア様はマイリーン様にお叱りを受けていました。
そして険しい表情でエマさんが私の方へやってきます。
「すみませんでした!」
私は息を急いで整えて頭を下げるとエマさんは私の目の前に立ち、拳を握りました。
エマさんは割りと鉄建制裁が多いのです。
私は思わず目を瞑り体を固くしました。
しかし、一向に頭に痛みは来ません。
恐る恐る目を開けるとエマさんは優しい顔をして私を見ていました。
「今回はあなたを叱る事はしません。アリア様に巻き込まれたの不運だったと言う事なのでしょうね」
少し呆れ気味にアリア様を見ながら言った。
「私やマイリーン様がいる時じゃなくて良かったわ。私だったら絶対に見失うから」
リアーナ様を除くと無尽蔵の体力を持つアリア様に追い付ける使用人は私と先輩メイドのレミーラさんか馬の管理をやっているトムさんぐらいだと思います。
それにアリア様はあれだけ走って息一つ切らしていません。
「今日は見失わない様によく着いて行きました。ちょっとはしたない所はありましたが、今回は多めに見ましょう」
そう言ってエマさんは私の肩にポンと手を置きました。
「これからお転婆で大変な主だと思うけど頑張りなさい」
「はい!」
私は返事をしてマイリーン様に叱られてしょんぼりしているアリア様の下へと歩み寄る。
「マイリーン様、よろしいでしょうか?」
「えぇ、ハンナも大変ですね」
「手が掛かる子が可愛いと言うじゃないですか。私は楽しいですよ」
アリア様は私が言った手の掛かる子、と言う言葉に反応して顔を膨らませる。
マイリーン様は言葉の意味を理解している様で優しい笑顔をされました。
「アリア様をお願いしますね」
「はい!」
暫くしてから私は正式にアリア様付きの侍女となる事が決まりました。
お転婆で悪戯好きなですが、これから精一杯頑張りたいと思います。




