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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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68:魔法の適正と木登り

 あれから一週間が経ち、アリアは少しずつ生活に慣れようとしていた。

 夜は寂しいのでずっとリアーナと一緒のベッド寝ているが、そのお陰かアリアの口数が徐々に増えてきた。

 アリア自身、リアーナをまだ母親とは思えてはいないが、気を許していい人物と思える様になってきている。

 その点に関しては一緒にお風呂に入るメンバーであるマイリーン、エマ、レイチェルも親しくなっていた。

 レイチェルが何故、このメンバーに入っているかと言うと自分だけ除け者なのは嫌だ、と抗議したからだ。

 ここにハンナが加わるのはまだ先の話だ。


 何故レイチェルがこの屋敷にいるかと言うとアレクシアの一存だった。

 アリアと同い年の子がいた方が安心するからと言いレイチェルを当面、リアーナの屋敷に住まわせる事にしたのだ。

 かなり強引な所はあるが、リアーナもアリアに同い年の友達がいた方が良いとは思っていたので素直に了承した。

 抵抗した所で話が覆らないのもあったと言うのもある。


 アリアの教育はまだ始まっていない。

 それ以前にコミュニケーションをしっかり取って環境に慣れる事が最優先にするべきとマイリーンから提案があったからだ。

 生活面ではアリアはマイリーンを頼りにした。

 やはり同じ平民と言う事に安心感を覚えており、感覚的に共有出来る部分が多く相談しやすいからだ。

 今日はアリア、リアーナ、マイリーン、レイチェルの四人で庭の東屋でお茶をしていた。


「そう言えばアリアはどんな遊びをしていたの?」


 レイチェルはずっと令嬢として屋敷で大切に育てられた為、普通の子がどんな遊びをしているのか興味があった。


「子供達となら追いかけっこが多いかな」


「あんまり遊ばないの?」


 レイチェルはアリアの言葉に自分自身では遊ばないと聞こえたのだ。


「子供達の世話で一緒に遊ぶ事はあっても一人では無いかも。私と年が近い子がいなかったし、暇があればご飯を探して森を散策している事がほとんどだったから。後は廃石場で屑石を探したりかな」


 レイチェルは自分と余りに違う生活に驚きを隠せなかった。

 リアーナとマイリーンも予想以上に厳しい生活をしていた事を知り、表情が陰る。

 まだ十歳の少女が危険が多い森に入らなければいけない現実は重たい物があった。


「屑石って、何ですか?」


「買い取ってもらえないぐらい魔力が少ない魔石の事。これ」


 アリアはドレスのポケットから屑石を取り出してテーブルの上に置いた。


「これが魔石なんですか?何処にでもありそうな石ころにしか見えません」


 レイチェルは興味深そうに屑石を手に持って眺める。

 屑石は傍から見れば単なる石ころにしか見えない。

 レイチェルは魔法に関してはまだ教わっていないので魔力を感じる事が出来ていない。


「ほんの僅かでが魔力があるな」


「そうですね。これだけ含有魔力が少ないと使い道は無さそうですが」


 リアーナとマイリーンには屑石の魔力を感じ取る事が出来たが、使い道は無いと判断した。


「これをどう使うのですか?」


「私、治癒魔法以外はあんまり魔法が上手く発動しないから屑石の魔力を着火材みたいにして魔法を使ってた。普通に発動しない魔法も屑石を使うと発動するから」


 アリアの言葉にリアーナは驚愕を覚えた。

 リアーナは魔石は魔道具や杖等の魔力媒体として使うのは知っていたが、直接魔法の発動の鍵にする方法を初めて聞いたからだ。

 そして発動しない魔法と言うのは適正が無い魔法の事だと言うのも分かった。

 一番重要なのは発動しない魔法も魔石を鍵にすれば魔法が発動すると言う事実だ。

 これは魔法に対するアプローチとしては今までに無かった物だ。


「と言っても竈の火を点けたりにしか使わないんだけどね。一度、使うと屑石が使えなくなるから」


 リアーナは少し実験してみようと思った。


「アリア、一個貰っても良いか?」


「良いよ。そんなに大した物じゃないから」


 リアーナは屑石を手に取り、屑石に魔力を通す。

 東屋の外に向けて手を翳す。


水成(アクア)


 東屋の外の芝生に多量の水が生まれる。

 リアーナは何処か納得したようにうむ、と一人で頷いた。


「確かに屑石でこの効果なら悪くないな」


 リアーナは水の適正が無いので水成(アクア)を発動させてもこんなに水が生まれる事は無かった。

 適正者程では無いにしろ、いつもより効果が高い魔法が発動した。


「奥様、今のは?」


「いや、簡単に実験してみただけだ。いざと言う時の切り札に使えそうだと思ってな」


 屑石ではっきりと分かるぐらいの効果の差が出たのだ。

 これが普通の魔石だったらどうなるか?

 リアーナはそれを考えていたのだ。

 大きい魔石を用いれば普段使えない等級が高い魔法も使える可能性が高い事を。

 それは戦場で大きな切り札と成り得る事も。


「アリア、この事は誰も言ってはいけない。自分で魔法を使う時は問題無いが、出来れば控えて欲しい。これは少し危ない」


 アリアは素直に首を縦に振った。

 マイリーンは何となくリアーナが言いたい事が分かった。

 魔法に詳しい訳では無いが、それが戦争等の戦の場面で非常に有用な使い方が出来る事に。

 そしてアリアの身を危うくする可能性がある事も。


「レイチェルは魔法を習うのか?」


「一応、闇属性の適正があるみたいなんですけど、どうしようか迷ってます」


 闇属性は一般的にイメージが悪く。あんまり好まれない属性だ。

 傷を悪化させたり、相手を呪ったり、恐怖を与えたりと効果が人に好まれない物が多いからだ。

 ただ闇属性の適正は人には余りいないので研究者からは重宝される。


「結婚を考えるなら闇属性なら使えない事にした方が良いかもしれんな」


 リアーナがそう言うのには訳があった。

 過去に闇属性持ちの貴族夫人が闇魔法を用いて浮気性の夫を呪い殺したと言う逸話があるからだ。

 実話なのかは分からないが、その話はかなり有名で貴族の中では闇魔法が使えると分かると婚約を破棄するなんて事もあるぐらいなのだ。


「そうですね。そこはお母様とまた相談してみるつもりです。そう言えばアリアの適正は何ですか?」


 レイチェルは既に魔法が使えるアリアの適正が気になった。

 リアーナもマイリーンも治癒魔法が使える事は知っていたがどの適正があるかは知らなかった。


「治癒魔法が使えるだけかな。他はよく分からない。適正を調べた事が無いから」


 マイリーンはあ、と声を上げた。

 平民は魔法の適正を調べる機会が少ない事を失念していた。

 神殿に入る者や冒険者になる者、学院に入学する者等は適正を見るがそれ以外の職種では適正を見る事は無い。

 魔法の適正を計る魔道具は限られた場所にしか無いので平民はそうそう出会う機会が無い。


「奥様、何処か折を見て確認した方が良いかもしれません」


「そうだな。知っておくに越した事は無いだろう。後で手配しておこう」


 そんな話をしていると執事の一人が東屋に入ってきた。


「奥様、失礼します」


「どうしたアレク?」


「奥様へお客様です」


 アレクは僅かにアリアを見て来客の名前を伏せた。

 リアーナはそれを察して椅子から立ち上がった。


「アリア、急な来客の対応をしなければいけないからゆっくりお茶を飲んでいてくれ。マイリーン殿とハンナ、私は席を外すので頼んだぞ。エマ、行くぞ」


 リアーナはエマを連れて屋敷へ戻って行った。


「リアーナさんは忙しいんだね」


「奥様は今は戦明けの長期休暇中ですが、騎士隊の隊長を務められている方なのでやる事は多いと思いますよ」


 今回の来客は仕事とは関係の無い神教の関係者からだ。

 実はアリアには伝えてはいないが、神教の関係者がアリアの顔を見たいと何度かこの屋敷を訪れていた。

 神教の内情は父親のルドルフから聞いていたリアーナは神教関係者、それも派閥争いに熱心な輩の訪問は悉く追い返している。

 マイリーンへの面会もアリアの教育中と言う事で全て断っている。

 神教関係者も相手がリアーナだけに強く出れない事も有り、全敗中だ。

 そう考えるとシスターの判断は正しかった。


「でもお姉様がいないのでどうしましょうか?」


「うーん、遊ぼうにも外での遊びしか知らないからなぁ……」


 何をして遊ぶか悩む二人を見ていると何処かほっこりとするマイリーン。


「あ、だったら木登りをしてみたいです」


「良いよ。じゃあ、そこの木にする?」


 二人は頷いて木の方へ走っていく。

 ハンナは止めようとする間もなく二人が走っていってしまい、急いで追いかける。


「お二人ともお待ち下さい!ドレスではお止め下さい」


 ほっこりとしてぼーっとしていたマイリーンはハンナの声にハッと我に帰る。

 気が付けば目の前にアリアとレイチェル、傍に控えていたハンナがいなかった。


「アリア様!お止め下さい」


 ハンナの声がする方を見るとドレス姿で木によじ登るアリアの姿が眼に入り、マイリーンは急いでアリアの方へ走る。

 レイチェルはハンナが阻止したので問題は無かったが、アリアは以外と素早く、ドレスにも関わらずあっと言う間に木の上まで登ってしまった。


「ハンナ、放してよ。私も登ってみたいです」


「ダメです、レイチェル様。こんな事がアレクシア様のお耳に入ったら大変です!」


 ハンナは木に登りたがるレイチェルを必死に説得する。


「アリアだけ狡いわ」


 アリアは木の上で何故、木登りがダメなのか分からず首を傾げていた。


「はぁはぁ……、お二人ともドレスで木登りなんて止めて下さい。と言うかアリア様は木の上ですか……」


 走ってきたのでマイリーンは息を切らしていたが、今の状況に頭が痛くなった。

 ちょっと目を離した隙にこんな事態になるとは思っていなかったのだ。

 そしてアリアの運動神経の良さに驚きより呆れが勝った。

 これからどうした物かと頭を抱えた。


「マイリーンさん、どうしたの?」


 アリアはマイリーンの苦労なぞ知る由も無い。


「アリア様、危ないですからそこから下りてきて下さい!」


「大丈夫だよ。この木はしっかりしているから」


 マイリーンの心配はアリアの妙な自信により全く伝わなかった。

 アリアは森のもっと細い木に登る事も多く、今登っている様な木ならまず不安は無かった。


「どうしましょう、マイリーン様……?」


 困った顔で尋ねるハンナにマイリーンも困った顔するしか無かった。


「レイチェルは来ないの?」


「ハンナが登らせてくれないのです」


 そんな二人を余所にアリアとレイチェルは気楽に木登りの話をしており、どうやってアリアを下ろそうか悩んでいるマイリーンは木の下でハンナと一緒にレイチェルの木登りだけは阻止していた。

 それを遠くから見て気付いていた人間が一人いた。

 この屋敷で庭師をしているナダルだ。

 ナダルはマイリーンとハンナではどうにもならなさそうなので手を貸す事にした。

 ゆっくり木の方へ歩いてくるナダルにマイリーンが気付いた。


「ナダルさん……」


「マイリーン殿か……中々お転婆な子で大変だな」


「はい……」


 ナダルはマイリーンの肩にポンと手を置いて木の下からアリアを見上げる。


「アリアちゃんや木の上は危ないから下りてきな」


「危なくないよ。このぐらいの木に登れないと食べ物採れないから」


 ナダルはアリアが予想以上の野生児だと思った。

 アリアにとっては木登りは日常的な行いなのだ。


「だけど万が一があるかもしれないし、そしたらリアーナ様が悲しむだろ?」


 リアーナが心配すると聞いてアリアは僅かに表情が曇る。

 ナダルはそれを見逃さなかった。


「ほら、良い子だから下りておいで」


 アリアは座っている枝からひょいっと飛び降りる。

 高さは大人の手を伸ばしても届かない高さだが、アリアは臆する事も無く飛び降り、普通に地面に着地する。

 それを見ていたマイリーンは慌てふためいた。


「よしよし良い子だ」


 ナダルは下りてきたナダルを優しく頭を撫でた。

 アリアが下りてきた事でマイリーンはほっと胸を撫で下ろした。

 だが木登りが出来なかったレイチェルは頬を膨らませて少し拗ねていた。

 隙を見て木登りをしようにもハンナが傍で待機しており、無理そうだった。


「アリア様、心配させないで下さい」


「木登りなんて普通にするのに何で?」


 アリアとマイリーンの普通にかなりの齟齬があった。


「アリア様、普通は木登りしませんよ」


「だって木の実を採ろうと思ったら登らないと採れないよ」


 マイリーンはまず一般的な常識を教える所から始めないといけないと思った。

 本当は危ない事をしたので叱ろうと考えていたのだ。

 しかし自給自足で生活してきたアリアと街で育ったマイリーンでは同じ平民でも環境が違い過ぎた。


「アリアちゃん、ここの木は俺達が庭を綺麗に見せる為に手入れをしているから出来ればやめてもらって良いかい?」


 アリアはその事を全く意識しておらず、ナダルに頭を下げた。


「ごめんなさい」


「ま、分かってくれれば良いんだ。マイリーン殿、後は頼んだよ」


「ナダルさん、ありがとうございます」


「大した事はしてないさ」


 ナダルは庭の隅にある倉庫へと戻って行った。

 四人は大人しく東屋へ戻ってお茶をする事にした。

 その後、妙に疲れたマイリーンに戻ってきたリアーナは首を傾げていた。




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