66:親子の対話
目が真っ赤になるまで泣き腫らしたアリアはリアーナとアレクシアに付き添われながらマイリーンの部屋にいた。
「母上は何でこんな早くに来られたのですか?」
まだ昼には少し早い。
昨日の連絡では昼食に間に合う様に来ると言伝だった為、後一時間後だと思っていたからだ。
「母親の予感みたいな物かしら?早く来た方が良い予感がしたのよ」
「私にはまだ分かりません。ただレイチェルに見つかると拗ねますよ」
「大丈夫よ。あの子はこのぐらいじゃ拗ねたりしないわ。アリアちゃん、聞いて。この子ったらね、私がお布団で一緒に寝よう、って言ったら私を布団から追い出すのよ」
アリアは思わず苦笑いしか出来なかった。
それにこの場所に座っている事にも抵抗があった。
アリアが今座っているのはアレクシアの膝の上だ。
「母上、もう二十四になる娘にそれは無いでしょう。アリアと同じぐらいの年ならまだあれですが……」
リアーナもアレクシアの言い分に苦笑いをせざるを得なかった。
独身を拗らせたリアーナに物凄く甘いのだ。
「あら、私にとってはいくつになってもあなたは私の娘に変わらないじゃない。だから良いのよ」
正直、リアーナはアレクシアの行動は鬱陶しいと思う反面、それが愛情から来る物と分かってもいるので邪険にはし辛かった。
リアーナにはあの事件以降ずっとアレクシアに心配を掛けていると言う負い目もあった。
「でもアリアちゃんが来ると決まってからこの子がドレスを着てくれるのは嬉しい変化ね」
「そうなの?」
「そうなのよ。この子ったら女の子なのにずっと男物の服しか着ないのよ」
アレクシアはリアーナにもっと女性らしくして欲しいと願っていた。
半分は諦めかけてはいたが、完全には諦められなかった。
それがアリアが養子に決まってからマイリーンの進言でドレスを着る様になったのだ。
これにアレクシアは大喜びした。
「良いでは無いですか。私は騎士なのだから」
少し拗ねた様に口を尖らせるリアーナ。
「いいえ、よくありません。結婚に関しては諦めましたが女を捨てる様な行為はダメです」
アレクシアがしつこく言うには理由がある。
リアーナの結婚は諦めたが、結婚して欲しくない訳では無い。
出来れば結婚して欲しいのだ。
せめて女性らしさが残っていれば可愛い娘にも過去の事を受け止めてくれる人が出てくるのではとささやかな期待があった。
「家ではドレスを着る様にするから安心してくれ」
「言葉遣いも戻ると嬉しいんだけどねぇ……」
アレクシアはリアーナが自分からドレスを毎日着ると言った事は大きな一歩だったので高望みは出来ないが、男っぽい口調は直して欲しかった。
実はリアーナが女性らしい言葉遣いをしなくなった原因は自分の息子にある事を知らなかった。
長男のパトリックが側室のマグダレーナとのお茶会の帰りに周りの人間に気を遣って女性らしい言葉遣いをしていたのだが、帰りの馬車で姉上の令嬢言葉は気持ち悪い、と言ったのが原因だった。
それからリアーナは女性らしい言葉遣いを一切しなくなった。
この事が万が一、アレクシアに発覚したら長男とは言えパトリックはアレクシアだけでは無く、父親のルドルフからも厳しいお叱りを受けるのは確実だ。
何度かリアーナはアレクシアに女性らしい言葉遣いをやめた理由を聞かれて誤魔化して答えていた。
本当の事を言えばパトリックが大目玉を食らう事が分かりきっていたからだ。
「流石にそれは無いな。母上、そろそろアリアを下ろさないか?」
「何でかしら?」
アレクシアは首を傾げる。
「その役目は私の役目だ」
「あらあら、リアーナったら真面目な顔をしてそんな事を言うなんて妬けるわ」
「まぁ、アリアと一緒にいると少し母上の気持ちも分かる様になったが……」
「そうなの?それならもっと女性らしくなって欲しいわ」
「それは無理」
リアーナは言葉遣いを改める気は更々無い。
心の深い部分で女性としての自分を否定していた。
「それなら戦勝記念のパーティーはドレスで良いわよね?」
「母上のお願いを聞いてあげたいのは山々なのだが、招待状に騎士の正装と指定があったので無理なので別の機会で。レイチェルの誕生日が近いからその時はドレスで行こうか?」
「うーん、レイチェルはあなたの騎士の正装が気に入っているから悩ましいわね」
リアーナの妹のクラウディアとレイチェルはドレスより騎士の正装の方が喜ぶのだ。
これはリアーナが小さい頃から兄より男らしく格好良かった事もあり、憧れの王子様を見る様な視線でリアーナを見る様になってしまっていた。
妹には令嬢らしい付き合いをして来なかったリアーナが悪い。
「王宮から招待されるパーティーはどうしても護衛がメインになるからドレスは難しいし、個人で私をパーティーに呼ぶ人間なんていないからな」
リアーナが所属する第五騎士隊は女性の王族、要人の警護が主な任務で、騎士隊長であるリアーナは王妃、側室、王女の護衛に就く事がほとんどでパーティーに参加していてもその役割は変わらない。
それに加えて王国トップクラスの実力を持っている事から王族の信頼も厚い。
リアーナをパーティーに呼びたいと思っている貴族は少なくない。
特に戦争が終わり、カーネラルの戦乙女と名高い英雄であれば尚の事。
ただリアーナはパーティーに出る度に令嬢に付き纏われる為、出席義務が無いパーティーは全て断っているのだ。
リアーナは凛として佇まいに圧倒的な強さと美貌を持っているので同姓のファンが非常に多いのだ。
ダンスの誘いのほとんどが同姓と言う本人にとては非常に不愉快な結果となってしまう。
本人はパーティーに自分を呼ぶ人間はいないと言っているが、決してパーティーの誘いが無い訳では無い。
ただ本人が出ても良いと思える人からの招待が無いだけだ。
基本的にリアーナが目を通す価値の無い招待状は全てベルナールが処理してしまい、リアーナの目に留まる事が無い。
ベルナールが持ってきた招待状でも余程懇意にしている人間で無ければリアーナは断ってしまう。
未婚の上流貴族の女性であれば必ずエスコートする男性を伴って出席するのだが、リアーナ自分より弱い人間にエスコートされたくないと言ってエスコートを全て断っている。
因みにリアーナのエスコートをどうしてもしたいと思っていたとある貴族が懇意の王族にお願いして無理矢理エスコート役の座を取った事があったが悲惨な結果に終わった。
嫌がるリアーナに無理矢理付けられたので終始機嫌の悪いリアーナの放つ殺気に当てられて途中で倒れてしまったのだ。
それ以来無理矢理リアーナをエスコートをしては行けないと言うのが慣例として定着してしまった。
本人は変な虫が寄ってこないからちょうど良いとしか思っていない。
「あ、私がパーティーを開けば良いのよね。そうしたらアリアちゃんと一緒に出られるし」
「私が出るのは構わないがアリアをあんな欲に染まった奴らの前に出す事はしない」
リアーナはアリアをパーティーに出席させるつもりは無かった。
当のアリアは話に付いていけず寝ない様に必死に耐えていた。
「それにアリアはここに慣れていないし無理はさせたくない。それなら母上が遊びに来れば良いだけの話」
「そうね。ちょっと短慮だったわ。折角、それを避けるのにあなたの子にしたのに……。でもレイチェルの誕生日パーティーは出て欲しいわ」
アレクシアは少し考えが及んでいなかった事を反省した。
ついアリアが可愛くてドレスアップした姿を見たいと思ったのだ。
「それはこの後次第だな」
リアーナとして参加して欲しいとは思っていはいるが無理をさせてまで参加させるつもりは無い。
それから暫くするとベルンノット侯爵一行が到着した旨の連絡があり、アリアとリアーナ、アレクシアは玄関先へと向う事にした。




