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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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60:領主と神官の訪問

 あれから一ヶ月が経ち、領主と神官が孤児院に来る日がやってきた。

 アリアは普段より小奇麗な服に身を包んでいた。

 この日の為にシスターが町まで行って服を買ってきたのだ。

 アリアは態々そこまでしなくても良いと思ってはいたが、いつもより可愛い綺麗な服に心を躍らせた。

 普段、貧しい生活をしているとは言え、アリアも年頃の女の子なのだ。

 貧しくて手が出ないので普段は口には出さないが、お洒落に興味が無い訳では無い。


 昼を過ぎた頃、孤児院の前に豪華な馬車が停まった。

 シスターとアリアは急いで孤児院の入口へと向う。

 馬車から降りてきたのは貴族服の男と護衛らしき二人の男、そして神教の法衣を着た男だ。


「息災かね、シスター?」


「はい、ディートリヒ様。それではこちらへ」


 シスターは孤児院内の応接室へと領主一行を案内した。


「この度は当院まで足を運んで頂き誠にちがとうございます」


 シスターはディートリヒに礼を述べた。


「気にしなくいい。こちらこそ無理を言ったのだからな。あの事件があった後だから気になっていたのだよ」


「ご心配頂きありがとうございます。幸い被害も少なく平常通り過ごす事が出来ております」


「それは良かった。今日はこちらの方を紹介しようと思って来たのだ」


 ディートリヒの言葉に合わせて法衣の男は軽く胸に手を当てた。


「アルスメリア神教の神官をしておりますレディック・ノイマンです。ディートの街の教会を束ねる任を務めております」


「私はこの孤児院を任されておりますミナと申します。今後とも宜しくお願いします」


 シスターは挨拶をしながら懐に忍ばせた手紙を意識した。

 今回の切り札とも言える手紙だった。


「そちらにいるのが治癒魔法が使えるお嬢さんかな?」


 ディートリヒがシスターの横に座るアリアへと目を向ける。


「はい。アリア、ご挨拶しなさい」


 アリアは椅子から立ち上がり礼をする。


「アリアと申します」


 アリアは自己紹介と言っても何を喋って良いか分からなかったので名前を名乗り席に着いた。


「私はソージャック領を治めるディートリヒ・ソージャックだ。君の治癒魔法を見せてもらえたりしないだろうか?」


「あ、はい……でも……」


 アリアは緊張しながら誰をと思いながら目が泳いだ。


「こっちにいる私の護衛のレオンなんだが、任務中に怪我を負っていてな。結構、深手で街の神官では治せなかったのだ。この者に治癒魔法を掛けてみてはもらえないだろうか?」


 シスターの眉が僅かに動く。

 予想通りの展開だったが、口を挟む事は出来ない。


「分かりました」


 アリアは立ち上がりレオンの傍まで近づく。


「すみません。怪我している部分とは何処でしょうか?」


「あぁ、左肩の部分だ」


 レオンはアリアより身長が高かったのでアリアの座っていた椅子に座らせ、レオンの肩に手を添えた。

 アリアは魔力を集中させる。


治癒(ヒーリング)


 レオンの体が緑色の光に包まれる。

 村の人を治療していく内にアリアは魔力の込め方により治癒魔法の光が変わる事に気が付いた。

 簡単な癒しであれば青色、強い癒しであれば緑色といった具合だ。

 暫くすると治癒魔法の光が収まる。


「レオン、どうだ?」


「少し体を動かしてみても宜しいでしょうか?」


「構わん」


 ディートリヒの了承を得たレオンは席から離れた所で護身術の型を取ったりしながら動きを確かめる。


「傷で全然、回らなかった肩が以前と同じ様に動きます。動かした時の痛みや違和感もありません」


「それは素晴らしい!」


 神官のレディックは手を叩いて喜んだ。

 孤児院に来る前にレディックとディートリヒ立会いの下で神官の治癒魔法でレオンの傷が治るか確認していたのだ。

 その時は効果が無く、アリアの治癒魔法で完治した。

 レディックは素晴らしい人材を見つけた喜びでつい心が躍ったのだった。


「本当に素晴らしいな。これ程の治癒魔法の使い手はそうおらん」


 シスターの表情が固くなる。


「私がアリアの後見人となり、アルスメリア神教の聖女として推したい」


 シスターは昨日、アリアに聖女の事を話していた。

 そのお陰でアリアも動揺はしなかった。


「アルスメリア神教としてはこれだけ強い治癒の力を持った使い手は是非とも保護したいと思っております」


「アリアを私の養子に貰えないだろうか?」


 シスターは来た、と思った。

 この話の流れは予想が出来ていた。

 そしてシスターは切り札を切る事にした。


「ディートリヒ様、非常にありがたいお話を頂き嬉しいのですが、先日、この様なお手紙を頂きまして……」


 シスターは切り札の手紙をディートリヒに渡す。

 封筒の紋章を見てディートリヒは眉を顰めた。


「これは私が読んで良いのかな?」


「はい。私も突然、その様な手紙を頂きまして正直、困惑しておりまして……」


 ディートリヒは封筒を開き、手紙に目を通していく。

 徐々に表情が険しくなっていく。

 レディックはディートリヒの表情が険しくなっていくのを見て訝しげな表情を浮かべた。


「どうされましたか、ディートリヒ様?」


「……読めば分かる」


 そう言ってディートリヒはレディックに手紙を渡す。

 レディックは手紙を読み、表情がディートリヒと同様に険しくなった。


「これは!?」


「王家からの正式な内容だ。陛下の印璽まである」


 この手紙はカーネラル王の印璽が押された正式な物だ。


「アリアの後見人はリアーナ・ベルンノット卿にする旨が書かれているのだが、シスターは面識があるのか?」


「いいえ、御座いません。突然のお手紙にどうしたら良いか困ってしまいまして……」


 ディートリヒは苦虫を噛み潰した様な気分だった。

 アリアの後見人となり、聖女として推挙し自分の地位を上げる目論見が全て崩れてしまったのだから。

 リアーナ・ベルンノットはベルンノット侯爵家の長女であり、若くして第五騎士隊長を務め、ランデールとの戦ではカーネラル王国に勝利を齎した英雄だ。

 この裏に侯爵がいる可能性が高く、伯爵位のディートリヒには分が悪い相手だ。

 当主のルドルフ・ベルンノット侯爵は財務大臣として王国内の影響力は非常に高く、決して敵に回したくない相手だった。

 更に後見人に関しては国王の指示の為、ディートリヒが抗議しようが覆る事が無い事は明らかだ。


「……この手紙を読む限りリアーナ卿に後見してもらうのが良いだろう」


 ディートリヒには手の打ち様が無かった。

 下手な行動を取れば自分の首を絞めかねない。

 レディックも諦めざるを得なかった。

 シスターは表情を崩さなかったが内心、安堵した。


「今日は貴重な物を見せて頂きありがとうございました」


 レディックは切り上げるべく礼を言った。


「シスター、また定例報告の時に会おう」


 ディートリヒもこれ以上用が無いと言わんばかりに切り上げた。


「畏まりました。本日は誠にありがとうざいました」


 シスターは恭しく礼を述べ、領主達は足早と去っていった。

 孤児院の前で領主一行の乗った馬車が見えなくなるとシスターは息を吐いた。


 シスターが手紙を送った相手はルドルフ・ベルンノット―――リアーナ・ベルンノットの父でありベルンノット侯爵家当主だ。

 シスターの本名はミナリア・バートン、ルドルフの弟のライノール・バートンの妾腹の娘だった。

 一度だけライノールが亡くなった際にルドルフが孤児院を尋ねてきた事があったのだ。

 ミナリアは父親を知らず、母も幼い頃に亡くし、この孤児院に引き取られた。

 ライノールはずっとミナリアの行方を捜していたが、亡くなった時に遺言でミナリアを頼まれたルドルフがミナリアを見つけたのだ。

 ミナリアはルドルフが引き取る旨の話を持ち掛けられたが孤児院から離れるつもりは更々無く断った。

 それからはルドルフとミナリアは会う事は無かった。


 シスターはルドルフに聖女の件を説明し、アリアを保護して欲しい旨の手紙を書いたのだ。

 そして領主が来る二日前に王宮からの手紙が届いたのだ。

 シスターも王宮から手紙が来るとは思っておらず驚いたが、内容を見て頼って良かったと心の底から思い、ルドルフに感謝した。


 ベルンノット家の後見については領主がどの様に出てくるか分からなかったのでアリアには伏せていた。

 シスターは応接室へ戻るとアリアが座って待っていた。

 今後の説明をする為にアリアを応接室に待たせていたのだ。


「アリア、辛い思いをさせる事になってごめんなさい。あなたはここを離れなければ行けないの」


 シスターは重い口を開き、アリアは真っ直ぐシスターを見た。


「アルスメリア神教の聖女なんてなる物じゃないと思っているけど、私にはそれを防ぐ手立ては無いの。でも少しでも頼れる後ろ盾を付けて上げる事は出来るわ」


「それがさっき出てきた人?」


「そうよ。侯爵家の長女でこの国の英雄と呼ばれている人。きっとアリアの味方になってくれるから」


 シスターはリアーナとの面識は無かったが、ルドルフの事は信用していたので、ルドルフが指名した人物であれば問題無いと考えた。


「私がいなくなったら子供達はどうするの?」


 アリアは自分がいなくなる事で子供達をどうするのかが心配だった。

 今でもアリアとシスターでも人手が足りない状況でどうするのかと。


「大丈夫よ。そこは村の人に手伝ってもらうから」


「またここに遊びに来ても良い?」


「当然。いつでも来なさい」


 シスターはそっとアリアを抱き締めるとアリアは堰を切ったかの様に泣き始めた。

 急に訪れた話にアリアは耐えられなかった。

 家族と思っていたシスターから離れなければいけないのが辛かった。

 アリアはずっと孤児院で子供達の世話をしたいと願っていた。

 シスターはアリアの夢だった。

 でもシスターに迷惑を掛けたくない。

 決断するには十歳と言う若さでは無理だった。



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