58:盗賊の襲撃
サリーンがいなくなりアリアは子供達の世話で忙しかった。
この孤児院に大きい子供はアリアしかおらず、他の子供は三歳以下の子供しかいない。
子供達の世話はシスターと上手い具合に分担しながらアリアは森へ食料を獲りに行っていたが、サリーンがいない負担は大きく十歳になろうとするアリアは疲労の色が隠せない様になっていた。
それはシスターも同様で日々の運営だけでは無く村の人への援助の交渉だったり、領主への報告等やる事が多かった。
二ヶ月に一度は領主へ直接報告が必要な為、その時は二日以上孤児院を空けなければならず負担は大きい。
この日はシスターが子供達の世話をしてくれる事になったのでアリアは森へ食料を獲りに来ていた。
狙いは村では定番となってきたメイルスパイダーだ。
村ではメイルスパイダーを家畜に出来ないか研究し始める人が出てきた。
それは置いておいて今日も獲物を探して森を歩き回る。
最近は兎狙いで罠をいくつか仕掛けていた。
村でいらない資材を分けてもらって空いた時間に頑張って作ったのだ。
木製の罠なので耐久性は余り良くは無いが、兎を捕まえる分には充分だ。
一応、森に入った人が引っ掛からない様に目印は置いてある。
いくつかのポイントを回るが引っ掛かった獲物はいなかった。
この罠も毎回捕まる訳では無いが、少しでも多く食料を確保したい為だ。
最後のポイントに着くと罠に嵌った兎が一羽いた。
アリアはその場で手早く鉈で兎の血抜きをしてしまう。
すぐに血抜きをした方が肉が美味しい。
兎の解体は村の猟師に教わった。
鹿ぐらいなら一人で解体出来る様になっていた。
兎用の罠ではあるが、稀に鹿も掛かる時があるからだ。
鹿ぐらいになると罠が壊れる事もあるので一長一短ではあるが。
アリアは血抜きした兎を腰に下げた大きめの皮袋へ放り込む。
もう少し他の獲物を探そうと歩き出そうとしたその時、アリアの耳に遠くから何か入った気がした。
「?」
耳を澄まして音に集中すると鐘の音の様に聞こえた。
方角は村の方向で鐘のなる感覚から警報だった。
「村で何かあった?」
アリアは急いで踵を返し、村の方へと向う。
森を駆け抜け、徐々に村が見えてくる。
ちょうど森を抜けると村を一望出来る場所に出た。
村は火の手が上がり、喧騒が離れたここまで届いてくる。
孤児院は幸い村から離れていたので火の手は上がっていなかった。
アリアは急いで孤児院へ向った。
孤児院にはシスターと子供達がいる。
裏口から入ると子供達の姿が見当たらなかった。
アリアは孤児院の中を探し回るが見つからない。
ふと倉庫の地下を思い出した。
普段は物が置かれていて分からないが、地下室があるのだ。
アリアは物をどかして扉を開けると子供達が泣きながらそこにいた。
だがシスターの姿がそこには無かった。
「アリアおねえちゃん……」
「ミラ、シスターは?」
「わたしたちをここにいるように言ってから村へ行くって……」
アリアはミラを抱き締めた。
「私はシスターを探してくるからみんなの事をお願いしていい?必ず戻ってくるから」
「うん」
アリアはミラを放し、地下への扉を塞いで倉庫から出ようとしてふとサリーンが使っていた鉈が目に入った。
「一応、何かあったら困るから予備で持っていこうか」
アリアはもう一振りの鉈を腰に差した。
倉庫から出て村の方を見ると陽が大分傾いて暗くなっているにも関わらず明るかった。
先程より火の手が大きくなっていた。
シスターが村の方にいる。
そう思うと自然と村の方へ走り出していた。
村へ向う道を走っていると何人かの人影が見えた。
アリアは村人が孤児院へ避難してきたのかと思った。
だが直ぐにそれは違うと分かった。
人影がはっきり見えるとその者達は武装していた。
剣や斧、槍等の武器を持っていた。
明らかに村の人間とは違う。
アリアは思わず足を止めたが、向こうもアリアの存在に気が付いた。
「お、こんな所に子供がいるじゃねぇか?」
アリアは息を呑んだ。
逃げようと考えたがこの先には孤児院がある。
逃げれば孤児院に残してきた子供達が見つかる可能性があった。
かと言ってアリアが大人を相手にしてどうにか出来る訳ではない。
風貌からして盗賊の類である事はアリアでも簡単に分かった。
アリアは鉈を抜いた。
少しでもこっちへ来ない様に抵抗するしか思い付かなかった。
「何だ、子供の癖にやろうってのか?」
下卑た盗賊の男の言葉に恐怖で鉈を持つ手が震える。
盗賊の男が歩みを進めるとアリアは思わず後ずさる。
耐え切れなくなったアリアは鉈を振りかぶって盗賊へ立ち向かう。
「ああああぁぁぁぁ!!!」
盗賊の男は焦る事も無く、アリアへ蹴りを放つ。
その蹴りはアリアの腹に入り吹き飛び、地面に叩き付けられる。
アリアは一瞬、息が出来なくなり、地面に這い蹲り腹を押さえて呻く。
「うぅぅ……」
「子供が一丁前に向ってくるたぁ、生意気な子供だ」
余りの痛みで周りの事が分からなくなっていた。
盗賊の男はアリアの頭を踏みつけた。
「ぐぅぁぁ!」
「取敢えず売れば金にはなるだろう」
頭から足をどかすと盗賊の男はもう一度、アリアの腹を蹴り上げた。
ボールの様にアリアの体は高く上がり。またもや地面に叩き付けられた。
口の中は血の味で一杯になり、自分がどんな状態になっているか分からなかった。
アリアは回復魔法を使おうと思いポケットの中にある屑石を握り締めた。
痛みで集中出来ないから魔石に頼った方が確実だと考えたのだ。
「おい、そいつを連れていけ」
「はい!」
盗賊の男に指示され、下っ端の男はアリアを運ぼうと近寄ってくる。
アリアは痛みを和らげようと魔法を発動させようとする。
だがいつも違う感覚がした。
アリアの体の中を暴れ回る様に魔力が吹き出し始めたのだ。
その違うと言う感覚も痛みの余りアリアは感じる事が出来なかった。
盗賊の男達もアリアの異変に気が付いた。
「おい、何をしてやがるんだ!?とっとと黙らせて連れて来い!!」
盗賊の男は怒鳴って下っ端の男に指示を出す。
アリアは治癒魔法の発動の準備は整っていた。
「……治癒……」
アリアの体が淡く光に包まれた。
いつもなら綺麗な青白い光だったが、今回は黒い光に包まれた。
盗賊の男は思わずアリアから距離を取った。
が、アリアを包んでいた魔力は一気に周囲を飲み込んだ。
黒い光の柱が盗賊達を飲み込んだ。
盗賊の男達は黒い光が収まり倒れているアリアを見た。
アリアは身動きをしていないが、息はある様だった。
盗賊達はさっきの黒い光は一体なんだったのか、と思いながらも自分の身に何も起こっていなかったので安堵した。
「脅かしやがって……おい、そいつを連れて村の方へ行くぞ!!」
「はい!」
下っ端の男がアリアに近づこうとした瞬間、下っ端の男が転んで地面に転がった。
下っ端の男が立ち上がろうと地面に手を付こうとした瞬間、手が地面に転がった。
「?」
下っ端の男の体は崩れ落ちて本人は何も理解せぬまま肉塊へと化した。
その光景を目にした盗賊達を恐怖が包んだ。
盗賊達は恐怖の余り逃げようと走り出そうとした。
しかし、それが叶う事は無かった。
盗賊達は次々の体が崩れていく。
手足が崩れ、地面をのたうち回り肉塊へとなっていく。
盗賊の男は身動きをせず、自分の手を持ち上げると、そこには手が無かった。
地面に崩れ落ちた自分の手が転がっていた。
肉塊へと変わっていく仲間を見ながら自分の身に起こっている事に恐怖に震えた。
盗賊の男は原因は予想出来ていた。
目の前に倒れている少女が発した黒い光だ。
その男も成す術なく肉塊へと変わった。
孤児院へと続く道には盗賊達への肉塊が横たわっていた。
アリアは意識を取り戻した。
「痛みは……無い?」
自分の腹を押さえながら無事に魔法が発動した事に安堵した。
立ち上がろうとすると目の前の惨状に尻餅を着いて後ずさる。
「な、何……これ!?……どうなってるの?」
アリアの目の前にバラバラの肉塊となった盗賊達の亡骸が無惨に転がっていた。
立ち上がろうとした瞬間、胃から逆流してくる物に逆らえず吐いた。
十歳の少女が見るには厳しい光景だ。
アリアは吐きながら惨状を見ない様に村へと歩みを進めた。
歩く足取りが覚束ない。
さっきの惨状に精神的にキツイ状態だった。
でもシスターが村にいるので必死になって歩みを進めた。
村に着くと既に火が収まっており、村の人が怪我人の手当てをしていた。
アリアが村へ入ると村の人が私の元へ駆け寄ってきた。
「アリアちゃん、大丈夫だったかい!?」
「はい。それよりシスターは?」
「酷い怪我で向こうの家で治療中だよ」
アリアはシスターが大怪我と聞いて真っ青になった。
村人に案内されてシスターのいる家に入るとうつ伏せで上半身裸で包帯を巻かれているシスターの姿があった。
包帯は巻かれているが血で真っ赤に滲んでおり背中を切られたのが一目で分かった。
血は止まっておらずこのままでは危ないのは火を見るより明らかだ。
「シスターは盗賊達を追い払うのに戦ってくれたんだ。それで盗賊に切られて……」
村の人は申し訳無さそうにアリアに説明した。
アリアはシスターへ駆け寄って手を翳した。
「アリアちゃん、何をするんだい!?」
アリアは魔力を高める。
いつも通りにやればシスターを救えるかもしれないと思った。
シスターをただ救いたい一心だった。
「治癒」
シスターの体が青白い光で包まれていく。
だが傷が塞がる気配見えない。
治癒は初級の治癒魔法で重症の傷には効果が無いのだ。
「治癒」
アリアは諦めず治癒魔法をシスターに掛ける。
村人も固唾を飲んでアリアの治癒魔法を見つめる。
この村に治癒魔法を使える人間はいない。
普通に治療をするより治癒魔法の方が確実なのは知っているのだ。
「治癒」
これで何度目だろうか。
繰り返し治癒魔法を掛け続けたアリアの額には大量の汗が浮かぶ。
その表情には焦りも見え始めていた。
恐らく、普通の治療ではシスターは助からない―――そうアリアは感じていた。
魔力を必死に集中させる。
包んでいた光が青白い光から柔らかい緑色の光へと変わっていき、発する光も強くなっていく。
光が収まるとシスターの呼吸は落ち着き、包帯から新たな血が滲んでくる事は無かった。
シスターの傷がアリアの治癒魔法で治癒出来たのだ。
アリアはペタンとその場に座り込む。
シスターの傷が塞がった事に安心して気が抜けてしまった。
村の医師―――とは言っても簡単な傷や病気を見て程度しか出来ないが、シスターの包帯を外して傷を確認するが、そこには傷の痕は無く、何も無い綺麗な肌だった。
「アリアちゃん、凄いよ。シスターの傷は完全に塞がっているよ」
村の医師も驚きを隠せない。
重症の傷を治すレベルの治癒魔法となると上位の神官で無いとまず無理だ。
街にいる神官でも高度な治癒魔法を使う事は出来ない。
村の医師はアリアの下へ行き、体を支える。
「アリアちゃん、大丈夫かい?」
「……はい」
シスターが助かって放心状態だったアリアは村の医師に声を掛けられ戻ってきた。
「アリアちゃん、まだ治癒魔法を使えるかい?あんまり無理はさせたくないが、出来れば怪我をした村の人を診てもらっても良いだろうか?」
アリアは頷いて立ち上がろうとするが医師は椅子へ座らせた。
「ありがとう。怪我人はここへ運ばせる様にするからアリアちゃんはここにいて欲しい。さっきのでかなり消耗しているはずだ」
アリアは大人しく村の医師の指示に従った。
実際、さっきの治癒魔法でかなり疲労しているのは事実だった。
村の医師は村人に指示を出して怪我人をアリアがいるこの家に運び込んだ。
アリアは片っ端から怪我人を治療していった。
怪我人の治療が終わる頃には既に夜は更けていた。




