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悪魔となって復讐を誓う聖女  作者: 天野霧生
第二章:貶められた聖女
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55:厳しい食料事情

「ただいまー。食料獲って来たよ」


 アリアは台所のある裏口から入り帰宅を告げると黒一色の服に身を包んだくすんだ金髪の少しやつれた女性がアリアの所に走ってきた。


「アリア、お帰り。お魚釣れたの?」


「うん。シスター、五匹も釣れたんだよ。それとこれ食べれるっぽい」


 アリアはメイルスパイダーの脚を台所のテーブルの上に置いた。


「これは何?」


 シスターは訝しげな表情でメイルスパイダーの脚を見た。


「蜘蛛の魔物の脚だよ。焼いたら美味しかった」


 嬉しそうに語るアリアにシスターは頭が痛くなった。

 アリアに悪気が無いのは分かっていた。

 少しでもお腹を膨らませる為に必死になって森を探し回っていた結果なのだから。

 ただ魔物は場合によっては毒があったりする危険があるのだ。

 食べれるか分からない物を試した事実に頭が痛くなったのだ。


「アリア、ダメでしょ。魔物は毒がある事もあるんだから。お腹痛いとかは無い?」


 アリアはシスターが心配している事に少し心がチクッとした。


「……ごめんなさい。お腹痛いとかは無いよ」


「そう……それなら良かったわ。見た感じメイルスパイダーかな?あんまり食べるとは聞いた事は無いんだけど……」


 シスターは青い甲殻を持つ蜘蛛の脚が食料になるとは思えなかった。

 蜘蛛と聞いただけで食欲が無くなりそうだ。


「中は白くて綺麗で美味しいんだよ」


 アリアは甲殻の柔らかい部分を鉈で割って中を見せる。

 そこには繊維状の白い身が詰まっていた。


「確かに身は綺麗ね……」


 身は綺麗だが食べ物と見るのに抵抗感は拭えなかった。


「ちょっと焼いてみるから食べてみて」


「え!?」


 アリアは竈に火を起こして包丁で切り取った身の一部を油の引いたフライパンで焼く、と言うよりは炒めて軽く塩で味付けをした。

 出来た炒め物をシスターの前に置く。

 皿に盛ると見た目は白い繊維状の身しか無いので材料を見なければ美味しそうに見えた。


「本当に美味しいから」


「わ、分かったわ」


 シスターは観念して恐る恐る炒められたメイルスパイダーの身を口へと運ぶ。

 少し甲殻類特有の香ばしさを感じながらも若干の塩っけにより身が持つ甘みが感じられた。

 程よく弾力のある身は歯応えも良く、噛めば噛む程甘みが強く感じられる。


「ちょっと変わった食感だけど見た目を気にしなければ悪くない味ね……」


 シスターはこれは良い食料になると思った。

 素材の見た目は悪いが調理してしまえば分からないし、何よりたくさん噛むのでお腹が膨れると思ったのだ。


「美味しいでしょ?」


 アリアはシスターが認めてくれたのが嬉しかった。

 シスターはふと疑問に思った。


「アリア、どうやってこんな魔物を仕留めたの?」


 アリアはまだ九歳の子供だ。

 普通に考えれば魔物を狩れる様な年齢では無い。


「川で溺れそうになっている所に石をぶつけて倒した」


 シスターは溜息を吐いた。

 いくら弱っているとは言え魔物は危険だ。

 それを分かっているのか不安になった。

 シスターはアリアの頭に拳骨を落とした。


「あいたっ!?」


「魔物に襲われたらどうするの!?今回は偶々仕留められたから良かったけど、万が一襲われたら大変な事になるのよ!?」


 アリアは頭を押さえながらしゅんとなる。


「そんな無理して欲しいとは思わないわ。後二週間待てば領からの支援金も来るんだから」


 シスターの言った事は間違っていないが大切な事を言わなかった。

 支援金が来たとしても満足の行く食料を買う事が出来ない事を。

 この地域一体が不作の為、食料の値段が上昇しているからだ。

 通常時の三分の二程しか食料が買えないのだ。


「だって……だって……このままだとご飯が……」


 アリアもシスターの説明を鵜呑みにはしていなかった。

 と言うより支援金では食料が満足買えない事を分かっていたのだ。

 この孤児院にはアリアを含めて五人の孤児がいる。

 その内の三人はまだ三歳未満で病気にも罹り易いので手が掛かっているのだ。

 実際に先月、二歳の女の子が風邪になり、薬を手に入れるのにかなりのお金を使っていた。

 薬は食料より遥かに高価でありお金が足りなくなった要因の一つでもある。


 更にシスターは毎日食事を取っていない。

 この一ヶ月でかなり痩せている。

 自らの食料も子供達へと回しているのだ。

 日に日に痩せていくシスターにアリアは気付いていた。


「シスター最近、ご飯食べてない……」


 シスターはアリアの言葉に心が締め付けられる様な思いになった。

 子供達に少しでも食事を与えたいと思い、自分の食べる分を分け与えていた。

 だがそれがアリアに知られていた事に少なからずショックを受けた。


「私は大丈夫」


「大丈夫じゃない!」


 アリアは落ち着かせようとしたシスターの言葉を遮り、大きい声で否定した。


「シスター、アリアの言う通りです」


 台所の入口から落ち着いた声でアリアを肯定する声が発せられた。

 アリアより少し年上の落ち着いた物腰の黒髪の少女がいた。


「サリーン……」


「この一月でシスター凄く痩せて、やつれていく姿が分からないと思ったのですか?アリアだってそんな姿のシスターを見ていて平気な訳ありません」


 静かな口調の中にシスターへの怒りと悲しみを滲ませる。


「シスターは私達にとって母親と同等の存在なんです。シスターが無理をする姿を見ているのは……正直、辛いです……」


 良かれと思い取っていた行動が子供達を苦しめる結果になっていた事にシスターはどんどん心苦しくなっていった。


「……ごめんなさい」


 シスターは過去に貧しさで犯罪に手を染めた自分の二の舞にならない様に必死だった。

 飢えれば子供達がそう言う方向に走る事もあるとよく知っているからだ。

 実際に街のスラムでは犯罪で生計を立てている子供は珍しくない。


「もう少し自分を大切にして下さい。アリア、それは何?」


 サリーンは台所のテーブルに置かれている皿に目が行った。


「今日、森で獲って来た食材の試食。素材の見た目はあれだけど美味しいよ」


 見た目があれな食材?と首を傾げながら台所のテーブルに乗った虫の脚らしき物を見て顔を歪めた。


「これって、あれなの?」


「でも美味しいよ。シスターもさっき食べてもらったけど味は悪くないし、毒も無いから食料が少ない今には捨て難い食材だと思うよ」


 サリーンはアリアの意見を否定出来なかった。

 見た目はあれだが食料になる物を見過ごす事が出来なかった。

 彼女も食料事情の厳しさは充分理解している。


「この皿に乗ってるのが調理した物?」


「うん。油で火を通して塩で味付けしただけなんだけど」


 サリーンは思い切って食べてみる事にした。

 目の前にある量を考えると二日はしっかり食べれると思ったからだ。

 背に腹は代えられない。

 調理後は見た目は悪くないので調理前の素材さえ気にしなければ食べれるかもと思った。

 意を決して口へ運ぶ。


「もぐもぐもぐ……確かに悪くないです。独特の歯応えですが、食べ応えがあって良いですね……」


 サリーンは思いの外、美味しくてついつい手を伸ばして皿に乗っている身を食べ進めた。

 彼女も空腹に耐える日々を送っているのには代わりは無いのだから。


「そうでしょ?」


「これなら今日と明日はみんなご飯をしっかりと食べさせられます。二日は麦を無しでこれにしましょう」


 サリーンは見た目の悪さを気にしない事にした。

 今の厳しい食料事情でこの獲物の価値は大きい。


「でも無理したらダメですよ」


「……ごめん」


 サリーンも何かと無茶しがちなアリアが心配だった。


「シスターはこれから私達と一緒にごはんを食べて下さい」


「分かったわ。心配を掛けてごめんなさい」


 サリーンはシスターへも注意を促す。

 これ以上無理して欲しく無かった。

 自分達には親がいない。

 その代わりシスターやアリアや子供達がいる。

 それはサリーンにとって家族だった。


「アリア、夕飯の支度をお願いして良い?私は子供達の面倒を見ておくから」


「分かったよ。シスターはサリーンさんと一緒で」


「分かりました。シスターこっちを手伝って下さい」


 孤児院の実権の半分はしっかり物のサリーンが半分握っていた。

 無利しがちなシスターと暴走しがちなアリアを上手くコントロールしているのがサリーンだ。

 二人は厨房から出て子供達がいる部屋へ行った。

 アリアは久しぶりの麦粥以外の料理なので張り切って準備に取り掛かった。




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